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2009年2月 8日 (日)

【番外】切られ與三手切金(きられよそうてぎれのかね)

 けふは右腕ェ一寸の余も切られちまいやして。縫った針かず、五針六針。縫った黒糸色気ェねえが、しっか止めて血のおさえ。
 明六ツまぢァ早くねえが、あっしとしちァ覚悟の早起き、夜の闇がまだちったァ薄まって残ってるような時刻に、目覚ましの煎茶に梅干の果肉のすっぺえとこで無理やり目ェ明けさせ、朝の町ィくりだし、いの一番で手術室へ行ったッてわけヨ。着替えの部屋で、看護師の若衆(わかいし)さんがついて面倒見てくだすったンだが、いつもの伝の着物姿のあっしィ見て、「わたしも着物着たいンですよなんてとこから、茶道やってるッてえ咄がでやしてネ。まだ一年ほどなんだがッてえんで、いっち楽しい比(頃)でやすねえなんて咄ィはずみやしてネ。あっしァかれこれ十年してたんだが、長年の透析のためかだん\/足腰背中の筋肉が落ちて、釜や水指の上げ下げどころか、正座してるだけで背骨のつながりが痛んで横にならなきァいらンねえ始末。これぢァ茶にならねえトあきらめ振った茶筅の別れ[※1]。こんな茶咄ィ手術室でゞきるなんてのも、けっこう乙でいゝもんぢァありやせんかい。
 去年の春三月ッ比にも右手ァ手首に刃物入れてるンだが、その跡(後)、血管がつぶれちまって二遍細い針金ェ血管中に入れてちッさな風船ふくらませて、血管をむりやり広げるなんて痛い芸当をやったンだが、またすぐにへたッちまッたンで、今度の切り裂きッて仕儀ヨ。
 左手にァもうやり場のねえほど刃物がへえっておりやして、かずえて見ると、なんと大小合わせて六个(こ[※2])。楊枝ッくれえのぶッとい針ィ毎週\/最低でも六本ハ刺しておりやして、そんな芸当をかれこれ十五年。おぎァと生れた赤ん坊もいまぢァ生意気ざかりの高校生になろうッて歳月(としつき)、こんな刃物針三昧の修羅の日々。そんなこんなで針の跡となめれねえほどのいっぱし跡だらけ。いつもおんなじ辺りィ刺しつゞけンでそれががつながり、切られの傷のように見えるッて寸法サ。
 人さまの目にふれることのねえ腹にァ、大層な向ひ傷が数ゥありやしてネ。まず下ッぱらの右にァ自慢にもなんねえ小さなちょン傷。こいつァまだ高校の二才のときに盲腸になっての手術跡。てえしたもんぢァありやせん。真ん中、胃の腑の下から臍ォよけて真ッつぐその下めいっぺえまで、すっぱりと割腹のメスの跡。こいつァある朝、急に大腸に孔ァ開いて腹膜炎起こしてのたうち回り、危篤の宣告。孔あいちまった大腸切り取り、左のどてッぱらに一寸径ぐれえの風穴あけて外に出し。そのまンまで六ヶ月。待ってまた割腹。切り離した大腸をチタンのホチキスでパチ\/ッて止め、また腹ン中に放り込んだンてわけヨ。そんな騒動のときだろう。右ッぱらにもちっせえ切傷がありやすねえ。跡ァ目だネ。左目、こいつも刃物傷ヨ、ちょんと切ってそッからレンズ入れておりやすンだが、この傷ハてめえでも見えやせんナ。なんだかんだもぜんぶひッくるめりァ十と四(し)箇所。與三郎にァおよびもつかねえが、いっぱしの向こう疵のぢゞいッ二ツ名になりそうだゼ。そいでけふの手切りの手術代ヨ。帳場の姐さんに、お代はおいくらお支払いさせていたゞきやしたらよろしいンでトお訊ねすりァ、喜三二さんハ華の身障第一級、透析の御身、お代はいりやせんヨのお情けあるお詞。こいつァ春から縁起がいゝゼ。ありがた山(やま)の賽のふり目。めぐる月日になんか特別でっけえいゝことが待ち受けてゐるかもしれやせんなァ。こないだの観音さまの拾い福豆がもう効いたか。上々大吉。幾久しュお頼み申しやすゼ、観音さんよォ。

【附(つけた)り】
[※1]振った茶筅の別れ。振ったと茶筅は縁語。振ったと別れは縁語。
[※2]六个(こ)。个の字の草書体がヶ。个は音読みで、か、または、こと読む。そこから草書体のヶを書いてコ(個)と読み、さらに個の字を当てるようになんた。一カ月のカも、かつてはヶと表記してカと読んだものが、そのままカの字を当てるものとなった。

2009年1月28日 (水)

【番外】かちかち山

 けさッて言っても午(ひる)に近い時ぶんだが、出かけようと玄関を出たら、向ひの家のめえにうずくまってた白猫が妙な面ァして天窓(あたま)ァ低くしてンのヨ。おやッて思った途端、茶の毛色がまだらになったちゅうッくれえの犬みてえのが、二三歩家の角曲がって来て、あっしと目が合ったらすくんだように立ち止まった。コヲ、たぬちゃんぢァねえかい。ッて声かけたら、やっこ慌てゝきびすゥけえして走り去っちまった。ゐるンだねェ。いまのお江戸たってあっしの塒(ねぐら)ァ、ほんの江戸の昔ァご府外もご府外、たゞの田舎ッてとこでやすからねェ。ゐたっておかしかァねえんだが、あっしァなんだかてめえ独りで笑ッちまったゼ。ついこないだッて言ったッて、足掛け三年になるがそれまぢァ八つのお山で隠遁してたんだが、そんときァうちの庵の庭たッて林のまんまだがヨ、その庵の戸を夜になると狸が躰ぶつけて叩くし、氷雨が降るような夕暮れにァしょぼくれた痩せ狐がうなだれて通ったり、貂(てん)の野郎が書庫の庇の下に巣ゥ造ってたりサ。ドでけえ離れ雄猿が飛び石の上にちょこなんト座って眼下の村の家々を眺めて思案してたり、野兎が通り抜けたり、栗鼠が山桜に巣ゥかけたりして、雉も盛りになりァ鋭い声で啼くし、雌は雛を一列に連れて灌木の下をほじくって歩いていたりしてゐたわけサ。そんな山暮らしにおさらばして、生れふるさとお江戸の隅ッこに舞い戻ってみりァお狸さまのおいでト来たネ。狸ァ縁起がいゝらしいネ。他抜きッてネ。落語の小さんが色紙にいっぺえ書いてンね。手拭にも染めてるそうぢァねえかい。色紙が見たかったら、目白の駅出て、そのまんま左の落合の方へ商店街あるッて行くと、地下に小体な鮨屋があってサ。小さんが贔屓にしてたとかッてんで、他抜きの色紙がなんめえも飾ってあるゼ。もっともこりァ十五六めえの咄だがナ。ぢァあばよ。

2008年6月 1日 (日)

【番外】お天気腰痛

 こゝンとこ何ヶ月もみし\/痛くてしょうがなく、この四五ンちなぞは腰から背中まで湿布のべた貼りでなんとかしのいでいた腰の痛みが、きのふの晩ヨ。ふと気づいたら消えてるぢァねへかい。あっしァピンときたネ。空の野郎、晴れやがったなねッてネ。こゝンとこの湿った陽気のせいヨ。まるでこれぢァ神経痛か疝気だゼ。そいつが、啌(うそ)のやふに消えちまってンのサ。しめた、あしたァ晴だッてネ。
 そいでけふは昼に蕎麦手繰りにわざ\/半里もあるとこの見世ァえらんでせっせと早足で行ってきやしたのサ。往ッて返って一里ヨ。あっしにしちァえれえネ。褒めてつかわすッてもんサ。
 けえって来てからがまた大仕事ヨ。箪笥を隣部屋へ移し替えして、着物をぜんぶ季節に合わせて入れ換えてすっかり片づけちまったのサ。だから見ねえナ。そんなことするから、予報ぢァあすの夜からまた雨だとヨ。馴染みの腰の痛みがすぐにお戻りになるッて寸法サ。世の中甘くァねへゼ。

 喜ンの字 

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