【番外】腰必殺鍼師牛庵(よわりごしひッさつはりしぎゅうあん)
三四日にいっぺんの牛込詣。去年のいまの冬ッ比(ころ)、永の山住に別れを告げ、ふるさとお江戸へけえったハいゝが、そンとき痛めた腰が夏の冷房で冷えに冷え、すっかりいまぢァ座骨神経痛の長患い。あっちの揉み療治で五へん十ぺん、こっちの整体で八ぺん九へん。通い詰めちァみたものゝ、いっときよくてもすぐ次ン日にァまた元の木阿弥、立ち居も儘(まま)にならぬ体たらく。腹の具合も並ぢァなく、通じも艱難辛苦の冴えねへ態(ざま)。気圧療法士で鍼灸師、牛込の兄哥(あにィ)にもいっぺんおすがりすべえとの通い詰め。思ひかえしァもう十年、断腸の激痛で危篤になり、割腹手術でどうとりとめたかこの命、そンときつないだ腸が寸たらず。そいつが腹を内からひっぱるか、とっても取れぬ痛みの病。かてゝくわえて弱った腹筋。腸の重みで腹の底にァ疝気の痛み。ずっと抱えて来たこいつらが、座骨神経痛でひとつにまとまり、仕上げの腰痛になったぢァねえかと素人ながらも患者の我が身。お医者もおよばぬ内からの思案。押して気を送りこむ気圧の療法、兄哥もなんべんやってもすぐにぶりけえすあっしの痛みに、こいつァやっぱり鍼がよござんしょト打った鍼が十本十五本。腰骨と大腿骨の間を深くさぐって響きを目ッけ、腰のまわりも押してやわらげ打ち込む数本。ずしりと響く重い刺激、これが鍼の真骨頂。こいつを三四ッかにいッぺんツ繰りけえし、やっとどうやら楽になりそうな先が目えてきたけふこの比(ごろ)。やっぱ兄哥は合気道の達人、人の躰の気の流れェ、よッく知っておいでヨ。なんとか元の歩ける躰にたちかえり、来る正月迎えてえもの。気ィぬかずモ少しの辛抱の牛込通い。腰の痛みィみごと消してもらいやしょう。行きがけの駄賃がわりのだばし(飯田橋)の蛤きしめん。こいつの昼も楽しみのひとつ。思やァ悪くねへ詣三昧サ。
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