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2013年4月 9日 (火)

満月縁團子(もちづきゆかりのだんご)

 たのまれてた原稿を送つたついでに車椅子になつた顛末をむかし馴染みの編集さんに電子文(でんしふみ)デつたえたらそいつァお困りでやしよう何なりとおつしやつておくんなさいと深切なお詞ァ頂戴いたしやしたが助ッ人(へるぱー)さんが買いもんや飯炊きにきてくれてンで取りあえずァ間にあつておりやすからと返し文をとしたとこでハタと思ひだしたンは羽二重團子ヨ。めえにあつしが八ツのお山で隠遁してたとき訪ねてきてくれたときの手みやげがその團子。焦げた生醤油の香りに思わず腹が鳴りやしたナ。それからッてものお江戸へもどつていの一番に往つたのが侘び住まい根岸の里の羽二重團子屋ヨ。なんども通つたその見世もいまぢやァおのれの足ぢやァ往けねえ体たらく。こゝは一番お詞に甘えさせてもらいてえッてンで團子をトおねげえした次第ヨ。
 谷中の崖から芋坂ァくだるとその角にお店(たな)ァ張るのが羽二重團子。文政二年の始まりでいまァ六代目。見世の奥にやァ火山の岩ァ積み上げた築山がありやすがありやァ江戸で流行つた富士講の思ひ入れぢやァありやせんかねえ。池にやァ緋鯉真鯉がゆつたりと泳ぎ池畔にすえた床几の上にやァ煙草盆がそえてあるッて趣向ヨ。喜世留(きせる)で一服なンて洒落りやァ気分は一気にさかのぼつてお江戸。たまりやせんなァ。昼めえの八ツ時分どんどんときて團子が届きやしたヨ。ありがたやありがたや。見世ぢやァいまどき猫も杓子もの取寄せなど日持ちがきかねえンでやつておりやせん。これは編集女史さんがわざわざ早飛脚にたくしてくだすつた心ごもりの逸品。拝むやふにして包みを開けりやァぷんと香る濃口の芳ばしさ。濃口醤油ァ江戸の自慢ヨ。上方のお下がりの生ッちろい薄口なんかもう目ぢやァねえンだ。塩の薄口なんかで舌の先ごまかされるお哥(あにィ)さんとお哥さんがちがうンだ。ざまァみあがれッてのヨ。他ンちの倍も杵でついて人一倍なめらかに仕立てた團子をへのッとつぶし竹串を縫ふやうに挿し濃口醤油を付焼きにしてンだ。これぞ江戸ッ子の気風。みたらしみてえにあめえとこなんぞこれッぱかしもねへ。その代わりッていつちやァなンだが、渋抜きした漉し餡でくるんだ團子がもう一種。これも小洒落たとこがなくてすつきりしてらァ。生醤油のを喰ひ漉し餡のを喰ふそいでまた生醤油のをッてやつておりやすときりがござんせんゼ。合間に鳥渡(ちよいと)渋茶で喉をうるおしッて按配でその日は昼夜羽二重團子三昧をさしてもらひやした。ありがた山ありがた山。編集さんと羽二重團子の方にやァ足ィ向けて寝られやせんゼ。

  咄ァ芋坂にもどりやすがてつぺんに句碑がたつておりやして。芋坂も團子も月のゆかりかな。芋も團子も月のよふに円いと言つておりやす。詠ンだハ正岡子規でやすが子規さんは江戸のお方ぢやァござんせん。伊予松山のお人だそうですナ。デ芋坂の芋ァ里芋と早とちりなすつたやうでして。里芋は崖ぢやァつくれやせん。山芋が採れたとこなンで。こいつァひよろりと細長い。月となんのゆかりもござんせん。子規さんも詠みちがへたり跡(後)の月。

2012年11月21日 (水)

汐似甲駅天麩羅(しおらしやしんじゆくてんぷら)

 四谷新宿馬糞の中にあやめ咲くとはしおらしやッて都々逸がございやすナ。潮来節のもじりでやすがいまァ四谷新宿は探したつて馬糞なんか落ちゝやァおりやせん。これァ江戸ッ比(ころ)の咄ヨ。五街道を江戸幕府がお決めになつたはなの比(ころ)ァ甲州街道のしよッぱなの駅ァたしか府中でやしたが、江戸の出口の四谷の大木戸からァ鳥渡(ちよいと)遠すぎる。旅のはじめァ足がなじんでおりやせんので近くに一番目の宿場ァおかなきやァ旅人が難儀するってンで高遠藩主内藤さまの下屋敷の一角分けてつくつたンがこゝ。新しい宿駅なンで新宿。はなッ比は内藤新宿とよんでおりやしたし甲州街道の第一の駅なんで甲駅とも言ひやすのサ。南畝(なんぽ)が書いた甲駅新話なんて洒落本がありやすナ。吉原品川なんかで遊び馴れたンが鳥渡鄙びてゝ能(いゝ)なんてンでしようかねえわざわざ足ィのばしたり堀の内のお祖(そ)ッさまの信心にかこつけてひッかゝつたりしたンですナ。そんな田舎びた甲駅もいまぢやァ押しも押されもしねえ副都心だつてえから畏れ入谷。都庁があろうッてえにぎわいヨ。江戸前の汐の香もとゞかねえ甲州街道追分の先、元の越後屋三越の裏手に網八かと思いきや綱八と招聘(かんばん。看板)あげ人に知られた天麩羅屋がありやしてけふはどうした風の吹きまわしか暖簾(のうれん)くゞつって鳥渡昼の腹ァつくつてめえりやしたッてわけヨ。天麩羅とくりや油ァ胡麻だネ。胡麻油ッてのはなんですッてネ。注ぎ足し注ぎ足しで能そふで油がへたらねえッてえからすごいヨ。からッと揚がつたあつあつァ胸にもたれなくッてよござんすなァ。職人さんがじゆうじゆう揚げてるとッつきに席〆、まずは才巻海老二本の天麩羅に薄切り南瓜の精進揚げ。このあつあつを下ろしをたつぷり放りこんだ天つゆにひたしてすぐ口に運ぶ。天麩羅ァ熱いが命ヨ。おなじもンをつゞけて喰ッちやァ舌が馬鹿になりやすンで二番手は南瓜。揚げたンで甘みがまして結構御の字。三番手ァ二尾目の才巻。やつぱり海老は胡麻油で揚げると旨さが活きやすナ。つぎは白身魚。むかしの江戸めえならぎんぽでやしようがいまそんな贅沢ァいえねえ、なんせ江戸めえの海にゐなくなつちまつたンだからどふにもなンねえ。きすかめごちか板さんの声が届きやせんでねェ。えいッ聞きなおしやァよかつたゼ。なんか身巾の広い白身で鳥渡薄気味がよくねえ。五番手ァ精進揚げでピーマンときやしたヨ。洋物が堂々と出てくるのもしようがねえか。西洋かぶれの御維新政府に東都(ゑど)が乗つ取られて早百うン十年。毛唐物が珍しくもなく江戸の天麩羅になじんでおりやすナ。ヘイこれで一巡でございますト〆に出てきたンは芝海老くれえの小海老の掻き揚げ。いまぢやァ芝の浜でとれる芝海老なんぞは夢のまた夢。どこの天麩羅屋でも掻き揚げは尻にお出ましヨ。てえことはこれが〆。寄席で言やァ取りをとる真打。天麩羅ンなかでいつちむずかしいのがこの掻き揚げなンかもしれやせんなァ。そこんとこかんげえながら喰やァ味わいも一入。天麩羅職人の腕ァ掻き揚げでわかるッてことになりやすかねえ。

2011年1月26日 (水)

牡蠣胡椒煎【江戸料理】

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お江戸で貝ッてえば蛤浅蜊しじみが相場、磯のあわびは片想ひさゞえは悋気で角ばかり、舌だし馬鹿貝青柳ッてとこが馴染みで牡蠣ッてのハあんまり聞かねへ。そいでも江戸めえの海にときによつちやァ牡蠣の洲ができるし、日本橋牡蠣殻町なんて町もあるくれえだからまんざら無縁ぢやァねへンだらふが、あつしの餓鬼じぶん包丁もつてくれてたばあ(祖母)さんやおッかさんがつくる飯に牡蠣なんぞおでましになつたこたァいつぺんもねへ。いつぺんもねえのに貝らしくねへ定まンねへ形だと知つてるのが奇妙な咄だが、あの不確かな姿形があやしくて手ェだす気にやァなりやせんでしたし、鯖ぢやァねへが生き腐りみてえでおぞましいお姿なんですつきり真ッつぐが好きな江戸ッ子ァお見限りト思つておりやしたら、福田浩旦那と松下幸子師匠がお書きなすつた江戸の肴惣菜百品料理いろは包丁ッて今出来の柴田書店の指南書に牡蠣胡椒煎ッてのが載つておりやすのヨ。こいつァしめ子のうさぎ。さつそく試したッてェわけヨ。こいつァかんたん夕飯の菜だッてのに朝飯めえッてやつサ。剥身の牡蠣買つて来やしよう。そいつを立塩の水で二へんよく洗ひやす。牡蠣ッてのはなんだネ。けつこう身をよごしておりやすナ。身ぎれいな蛤たァ大違ひ。水の汚れやふ見ると喰う気がひけるヨ。鍋に酒五の醤油一ィいれて沸かしやす。江戸で醤油ッてへば戀口、おット字ィ間違へた濃口だ。この醤油ァ江戸のほまれヨ。上方の薄口みてへななまッちろいンたァ出来がちがうンだ。坂東の勇みの色ヨ。おぼえておきァがれッてのサ。こいつ煮たてといてそこへ牡蠣の野郎ぶちこンで煎りつけるッて算段ヨ。マ言つてみりやァしぐれ煮みてえなもんだナ。酒つたぷりに濃口おごつてるから金気くせへ牡蠣の臭みが消えやすナ。だめ押しに山椒の実の挽き立てをふりかけて出来上がりッて趣向サ。これを喰つてみて合点したネ。お江戸の衆は牡蠣臭さァやつぱりおきらいだつたとネ。あの嫌味が消えて旨味ばかりが立つてきやいたゼ。いゝ晩飯でござんしたヨ。附(つけたり)に申しあげりやァ飯は生姜飯、おみおつけは大根の千切。言ふこタねへヤ。

2010年10月26日 (火)

藪美家古江戸前梯子(そばとにぎりえどまえはしご)

 三ツ日とあけずに養生所[1]に昼寝にいくンだが、そこの待合でヘイお床のご用意ができやしたッて声がかゝるまでの間お顔馴染さんと世間話しておりやして鮨のことになりやしたのサ。さい(左様)ですなァこの夏のあンまりの暑さについ出無精になッちまいやしてすつかりごぶさたッてんで、ご一緒ゐたしやしようかトこんなわけで、つい先比(ごろ)のこと浅草の雷門めえで落ち合つて弁天山の美家古へくりこんだしでえサ。はやる見世はどこでもさふだが時分どき[2]に往くッてえと落ち着かなくッていけねえ。そいで九ツ半[3]をまわつてひと段落ついた比に格子戸明けたら、案の上狙いたがわず客はあつしらふたりッきり。大将のまんめえの付台[4]の席。鮨ァまとめて握られてしずしずと運ばれ遠くで喰つちやァ旨くァねへ。一ツぐひづくり[5]で握つてもらつてヘイお待ちト目の前の下駄[6]におかれたンを間髪いれずに口ィ放り込むのがいつち[7]うめえッてもんヨ。だからなんだヨ。先客に付台めえをとられてッとまたくらァッてことになッちまうわけヨ。

 まずは女将からお飲物はとくるがあつしァ鮨ンときは酒は食べやせん[8]。お茶でよござんすよト愛想のねへ返事で相済まねへが茶をもらいやしたネ。鮨ッてのはなんですゼ。大将と客との真剣勝負ヨ。ほかの喰いもンとはわけがちがわァ。だされる一ツ\/魚もしたごしらえも違う。酒ェ食べたら舌がにぶつて味の見わけがつかなくなりやすのヨ。そのうえ鮨職人は何十年の修業してその日の魚えらんで下ごしらえして一人一人の客に供しておりやす。酒ェ呑みながら連(つれ)としやべくる肴に鮨ィしちまっちァ魚にも職人さんにも無礼ッてもんでござりやしよう。

 平目の昆布〆をご用意させていたゞきましたトこッからけふの握りがはじまりやすナ。こいつを人差指と中指ではさみ上から親指でおさえ手をけえして一口に入れる。あつさりな平目に昆布の旨味と煮切[9]の香りと旨さが加わつて厚みがでる。いつもあゝ美家古にきてよかつたと思ふねえ。裏切りやせんヨ、こゝの仕事は。二ツ目は鯛。三ツ目は才巻海老だつたかなァ。順番まちがつたらごめんなさいだが。淡白な海老ァ下にそぼろを仕込んで旨味をだしておりやすヨ。つぎは戻りかつを(鰹)。春のさわやかさに対していまッ比ァこくですナ。みつしりとした旨味がたまりやせんゼ。そして赤貝。噛みしめるときのあのしゃき\/ッとした歯ざわりがなんともこたえられやせん。いかは煮いかでつめ[10]を塗つてだされやすが、煮て旨味をましたいかとつめの甘みがまざりあつて味の奥が深くなりやすナ。穴子のさわ煮。これもつめ。ふんわりと煮たあなごを口に入れやすいようにしの字にひねつて握りッてある気づかいがうれしいネ。穴子の一匹握りなんてでかけりやァいゝだらふなんてこけおどかしで客を小馬鹿にしてる見世もありやすし、それを喜ぶ手合いもゐるやふだが、そんなンは喰いもんをもちや[11]にする罰あたりぢやァありやせんかねえ。それからこはだ。酢の〆加減がいいから味わいの最後にほんのりとしたそれがきいてゝよござんしたねえ。赤身のづけ[12]。こつァいつつまんでも旨いなァ。脂ッ気を上手に落としてまぐろの赤身の旨味をだしておいでだ。軽い渋みと重みのあるこく。これがまぐろだねえ。さいごの〆は玉(ぎよく)。たまご焼き。なんだたまご焼きかァなんて馬鹿にするやつァお江戸ぢや田舎もんあつかいされるゼ。たまごも砂糖もお江戸のむかしは贅沢品ヨ。だから玉の握りがとり[13]をとつてる。洋食ぢやァねへンだ、食後のお菓子ぢやァありやせんゼ。

これで十貫。お名残り惜しさに赤貝をもいつぺん握つてもらい歯ざわりの心地よさァに酔いしれて見世をでやして、腹ごなしに観音さまから弁天さまとまわりふじ屋で新柄のてぬぐい一本買つて、並木の藪へへえつたのは八ツ時分。いつもの伝で炭火仕込みの小箱の焼海苔あてに正宗の樽酒ぬる燗一本。仕舞にざる一枚たぐつてけふの〆といたしやした次第サ。

【附(つけたり)】

[1]養生所=クリニックを洒落た。

[2]時分どき=丁度よいとき。主に飯どき、をさす。江戸・東京語。歌舞伎・五大力恋縅「ハテ、後は後の事、時分(ジブン)どきに物を食はぬと、体の毒でござる」

[3] 九ツ半=午後約一時。

[4]付台=俗にカウンターと呼ぶ。

[5]ぐひづくり=ぐひ、は急ぎの意。ぐい呑みなど。江戸・通人用語。通人三国師「二三ばひぐひとやり」

[6]下駄=鮨職人言葉。客一人に一枚ずつ、前に置いて握った鮨を置く木製の小台。下に二本の歯を埋め込んで足としたその形が下駄と似ているところから。

[7]いつち=読み「いっち」。一の促音化した呼び方。一番。江戸語。柳多留「かんにんのいつちしまいに肌をいれ」

[7]酒は食べやせん=江戸期、酒を食べると言った。

[8]煮切=煮切醤油の略。生醤油よりまろやかになる。これを握った鮨種の上は刷毛で塗る。

[9]つめ=煮詰め醤油の略。いかや穴子を煮た煮汁を調味して煮詰めたもの。煮いかや煮穴子に刷毛で塗る。

[10] もちや=読み「もちゃ」。おもちゃ。玩具。

[11]づけ=調味した醤油に漬けたもの。

[12]とり=仕舞をとる。落語の寄席などでその日の最後を受け持つ役。大立役。

2010年8月24日 (火)

秋宵蜩衣漢(あきのよいあかしちぢみのをとこだて)

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 蜩(ひぐらし)の羽のかるさよ明石縮ッて殺し文句にころりとまいり、勝虫(かちむし)印傳合切袋のけつゥひっくりけえして叩いてだした虎の子の十と六両。生まれついての暑がり坊主三ツ子のたましい百まではまだ三十の余もあるが、此の歳になつても暑さァあつしの天敵、麻の長襦袢に越後上布小千谷ちぢみでしのいできた永の歳月、夏と秋とのあわいの陽気にその殺し文句を涼しげに着せてもらおうかとの算段。なんせ危篤大病二度三度四遍までかずえた死にぞこないもう世間も鎌○ぬ(かまわぬ)の大年寄り。御免蒙とめこぼしねがつてしつけ糸ひき抜きはおりやァ色は鳥の子に鼠(ねず)の大名縞だか目ェ寄せてみりやァ縞に小波を打たせた立湧縞。あわせる帯は細身仕立ての銀鼠。その腰にやァいつもの白地に黒の釘貫柄印傳誂え小箱を杖突ぢぢい写し身彫の根付でぶらさげ、左の脇にやァ黄楊の喜世留(きせる)筒にお馴染漆絵蟹づくしの革多葉粉入れ並べて扇子さし、麻の白足袋鼠の鼻緒の桐正隅切りなしの細身の馬木履(こまげた)でからりからりと花の銀座は三丁目の一本裏手、けふの昼のねらいはきだの手打ち。カツレツて評判とつてる煉瓦亭の並び。小体も小体、小々体(しょうこてい)の店(たな)だ。ごめんよとへえりやァすつと涼しい仕掛けの風。日照りつづきの温気に蒸された体にやァありがた山ヨ。誂えは言ふまでもなく冷やしすだちのぶつかけ蕎麦が狙い。残暑ものともせずにでてきたのはこれがゞためヨ。芳ばしい蕎麦茶でのどをしめらしまてばヘイお待ちトほどよい丼が目のめえに。これよこれこれ。冷やしたつゆ張つた丼の蕎麦をかくすほどに覆つたすだちの薄輪切り。いゝ香りぢやァござんせんかい。これが喰いたくて暑さをものともせずに明石縮で出ばつたッてわけヨ。塗りの木杓子でつゆを一口二口。ひんやり冷たいその中にかつを(鰹)の出汁のうまみがきいてゝなんとも言へやせんゼ。輪切りのすだちァ明石縮の向ふはつて蜩の羽のやふに透き通つていやがるから、板さんの包丁と腕がわかろうッてもんヨ。蕎麦たぐりやァ丁度いゝあんばいの腰のありやう。こいつァ夏の蕎麦だねえ。そろそろ夏も尾張町ヨ。どうしてもつとはやく何遍もこなかつたかねえ。くやまれるゼ。ごッそうさんと勘定払つて銀座通り。鳩居堂で防虫香、くのやで麻絽の半襟二めえ。足ィのばしたとらやの二階へはいあがつて暑気払いの宇治茶のかき氷しらたま三ケ散らして喰えば通りをからりからりと歩いてかいた汗もどこえやら。やつぱりとらやヨ。かき氷も伊達ぢやァねえや。和三盆の甘みァいやみがござんせんなァ。菊水で喜世留素見(すけん)しぶらぶらもどりやァ暑いたァいえ秋の日ァはすつかいになり夕の時分どき。模型屋うらの鰻屋へ飛び込んでうざくで麦酒。きりきりに冷やした麦酒が喉ォかけくだる爽快なんぞ生きてゝよかつたッてやつヨ。〆はうな丼。兄さん飯は少なめにしツくんナ。

2010年6月12日 (土)

上々大吉夏幕明(とんとんびょうしなつのまくあき)

 もうだいぶ日がたつちまつたんだが、卯月(四月)二日、衣更の翌ンち、きのふから夏ッて二日目ヨ。耶蘇教の暦で言う5月15ンちダ。朝ッから滅法界天気がいゝンでこねえだ書いた江戸蕎麦たぐりにぶくろ(池袋)の百貨店の惣菜売場へでかけやしてさつそく誂えやしたヨ。蕎麦ァまァなんだぜ結構ふつうにあるもんと思ひねえ。肝腎なのはつゆヨ。これがふたいろ(二色)でてくるんだ。並の醤油味のと売りの味噌味。このつゆヨ。こいつでざるを手繰りたくッてわざわざ来たつてことヨ。蕎麦ちょこの中ァのぞきやァどつちもちよつぴり。これがいゝンだゼ。だつぷりへえッてりやァ蕎麦がおぼれらァ。薬味皿にやァ大根おろしわさびおろし葱はふたいろ根深と葉葱の刻みほかに蕎麦の実少々。その蕎麦の実ィつゆに入れて召し上がつてみておくんなさいト若旦那風の板さん。人のすすめにやァのつてみろッてのがあつしの身上。それではずれりやァ二度とこなきやァいゝッてネ。味噌味のつゆはめえに銀座三河屋のとこで書いた煮抜き汁だね。江戸が野田で醤油ができるようになるまでハかつを(鰹)出汁に味噌を溶いたこのつゆで江戸ッ子ァ蕎麦ァ手繰ってゐたッてェ復刻蕎麦だゼ。この旨さァそつくりおなじぢやァねえが信州高遠の町ぢやァ名物にしておりやして、一辺喰って跡(後)ォ惹いてどうにもなンなかった風味のあるつゆヨ。此処でまたお目文字できるたァ果報だゼ。おすすめ通り蕎麦の実ぱらりとまいた味噌味のつゆンなかに箸でつまみあげた蕎麦の尻ィ鳥渡(ちよいと)着けズズズッと手繰つて二口三口かめば歯の間でぷちぷちと弾ける蕎麦の実の歯ごたえのよさ。江戸の連中は旨いもん食つてたンだねえ。百貨店の中ァ風情がねえンでこいだけのもん喰わせる見世なら本店で落ち着いて喰いてへのが人情。どこだいト聞きやァなんと向島の料亭すみ多ときましたヨ。こいつァまいつたネ。いくら旨いからッても料亭ぢやァどゞッとなだれこんでざるゥいちめえぐいずくりで茹でゝくんなッて頼んだら八百善の茶漬ヨ。法外な高直(こうじき)だゼ。ご馳になつたゼまた來らァと演芸場。中へゝえると丁度幕が開くとこ。なんて間がいゝンでしようッてやつヨ。番組表をみてまたまたついてるネ。贔屓の正蔵が仲入りめえ、その跡(後)がまたまた贔屓の橘屋文左衛門だゼ。正蔵と文左の咄、一緒に聴けるなんて上々大吉ヨ。ふだんの行いがいゝからねえ、あつしァ。正蔵は鼓ケ滝。でうぶ板についてきたね。真打のでだしンときァ照れてる感じが初々しくてあれはあれでよかつたネ。文左の咄ァなくて七癖ッて題かな。あいかわらず意気がいゝや。はねて出りやァ日は傾いて時分どき。ちょい先の鰻屋う奈鐡でぬる燗一本を青柳のぬた和えでゆつくりたのしんでから、これまた時季のそら豆のあつ\/。〆は蒲焼。此処ンちハ宵から呑屋みてえになッちまうンだが蒲焼は絶品。焦目ひとつつけずにふんわりと焼き上げる名人芸ヨ。巷だからッてあなどれねへもんヨ。腕のいゝ職人さんがゐなさるンだねえ。ま、こんなわけでこの日ァいちンちとんとん拍子の上々大吉ッて果報サ。

2010年5月23日 (日)

鮨極美家古(にぎりのきわみ)

 銀座ィ往くゥ用があつたんだがなんか急に彌助ェつまみたくなつてそいつゥ跡(後)まわしにして浅草へまわつて弁天山美家古の暖簾(のうれん)くゞつて附台(つけだい)のめえに席ィきめ握り十貫の浅茅を大将に頼む。飲み物は例によつて茶の一点張りヨ。ハイお待ちのはなハ昆布〆の平目と真鯛。この登場はお決まりみてへなもんだが、どうもいけねへ。平目と鯛ぢやァ歯ごたえも味わいもちがふはずなんだが、こつちの舌が飢えてるからはつきり差を味わう間もなく喉を滑りおちて胃の腑へいつちまう。こんどもそうヨ。たしかに真鯛はすこし歯ァ押し返すやふな弾力がありやすがネ。それも呑みこんぢまつた跡で思ふこと。喰つてる当座ァ喰う気一方ヨ。我ながら卑しいネ。まいどのことだが、落ち着きを取り戻すのは三ツ目ヨ。けふは赤貝。こいつァ肉に厚みがあつてしゃき\/とした歯触りがたまんねえネ。四ツ目はかつを。時季だねえ。身がみつしりしていてうまいねえ。こういうもんつまむと此処ンちの握りァよくわかりやすナ。ねたとしやりとの兼合がとれておりやすから口ン中で同時にこなれてくれる。ねたをでつかくすりや客がよろこぶと悪媚(わるこび)してる見世ァしやりィまたいだやふな大ねたのつけて売りもんにしてるのがあるがねたァ冬の掛け布団ぢやァねへンだ。比(ころ)合うッてもんがあるッてもんよ。そこォ間違えねえのが此処の鮨だと思ひやすヨ。五ツ目はこはだ。これにも煮切りを塗つてくれてるから酢がつんとくることがねえ。酢は隠し味ッて感じだね。六ツ目は才巻海老。海老なんてもんは淡白なもんだがそれェおぎなう仕掛けがしてあるから口ン中にほのかな甘みがひろがつてたまらねへ旨味ヨ。七ツ目は煮いか。いかのたつぷりとした身の厚みと煮詰めの甘みがない交ぜになつて旨いねえ。八ツ目はさわ煮の穴子。穴子は長くてそのまんま握つたンぢや食べにくいと半ひねりしてのせてくれてゐる。こふした気遣いがうれしいねえ。一匹だらりとのせてどうだうちのはでけえだらふなんて自慢するような田舎くせえこたァしねえのが此処ンちの流儀ヨ。大きなものを小さく見せる。一歩ひいて遠慮するが江戸ッ子ヨ。九ツ目は赤身の漬(づけ)。まぐろは赤身だねえ。ほのかな渋みがまぐろの身上ヨ。脂ッ気ェ漬で落とした旨味の跡味に醤油のかおりがふわッときて、あゝ江戸の握りだぜッて気分ヨ。仕上げは玉(ぎょく)。此処の玉は大将が見世で焼いておりやすからねえ、ほんもんだヨ。むかしから玉喰つてみりやァその見世の鮨職人の腕ェわかるッて言ひやすナ。さて跡を惹いたは赤貝。それと蝦蛄(しゃこ)を追加で握つてもらいやしたンだが、蝦蛄は子持ち。いゝ香りがゐたしやしたなァ。いつ往つても弁天山美家古ハ裏切りやせんナ。佳き昼でございやした。ごッつォさん。

2010年5月11日 (火)

謎江戸蕎麦(あやしのゑどそば)

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 夕部(ゆんべ)のうちから夜が明けたら江戸蕎麦を喰いに往つてやらふと目論んでゐたのに雨ヨ。天が邪魔ァしやがる。どうするか覚えてろッたッて天に唾する阿呆ッてやつでどうにもなんねへ。でだ、たぐるかわりにかんげへることにしたッてわけヨ。ちか比(ころ)江戸蕎麦ッて招聘(かんばん)で謳つてる見世がありやすよナ。あつしも二度ばかしそうした蕎麦やの暖簾(のうれん)をくゞりやしたンだが、なんだぜ。なんか奇妙だ。蕎麦なんてもんハ暖簾天窓(あたま)でかき分けてなだれこんだその勢いでざるゥいちめへぐい造りでこせへてくんなッて帳場ィ一声かけてできあがったら運も寸もいわせねへでずゞッと手繰つてコウごッつォさん銭ァ此処に置くぜッて韋駄天で仕舞つけるのが江戸ッ子の蕎麦ぢやァねへのかい。あつしァそんなふうに合点(がてん)してたんだが往つた二軒とも調子がちがうねえ。どつちも小料理があつてネ。肝腎の蕎麦のめへにあれだこれだとでてきてそいで酒ェたべさせやがッて舌ァにぶつた比(ころ)にお待ちかねの蕎麦ヨ。調子狂うぜ。蕎麦屋ァ小料理屋ぢやァねへンだ。蕎麦のめへに酒呑むのを蕎麦まえとかいうンだそうだ。どなたさんだか忘れたがこの詞ァ杉浦の日向子師匠が始まりだとか書いておりやしたナ。たしかにヨ。日国

[1]だの江戸語辞典[2]だの大辞典[3]だの繰つたッてのつちやァゐねへし洒落本や滑稽本めくつてもでちやァこねへ。どうせおめへの勉強なんぞたかゞしれてらァと言はれりやァそれまでだが、江戸出来(でき)の書ででッ喰わしたことがねへとこからみりやァやつぱり今出来(いまでき)の詞らしい。そいでだ。いまさらながらわざ\/江戸蕎麦トなのるッてのはなんなんだろうねえ。つなぎが二分蕎麦粉が八分の二八蕎麦だからッてのか、まさか平成のこの御代にお代が十六文ッてへわけでなし。奇妙ぢやァござんせんか。つなぎ二分の蕎麦粉八分の蕎麦なんて広いこの世に掃いて捨てるほどありやしよう。それだけのことで仰々しく江戸蕎麦なんてなのるのはおこがましい。そんな謎がずつと天窓(あたま)にしッかゝつて(ひっかって)おりやしたンだが、こないだあるとこの出歯近眼(でぱちか)でその場で喰わせる蕎麦屋が暖簾はつてやがつて脇に高札だして講釈をたれていやがる。粋好みの江戸ッ子はあく抜き蕎麦を煮抜き汁で喰つてたッてんだ。そいつを復刻いたしやしたッてのヨ。あく抜き蕎麦ッてのは言はずと知れた蕎麦殻を抜いた白い蕎麦。煮抜き汁ッてのはあつしでもご存じヨ。醤油がいきわたるめへは味噌味の汁だつたんだ。信州高遠で喰わせる蕎麦ァいまでもてえげへこれヨ。古いものは遠くに残るッてネ。汁の旨味が濃いねえ。こいつを舌でたしかめに往こふとたくらんだのに天メ、雨ェ降らしやァがつて。覚えてゐやがれ能(いい)天気の日に雷(らい)の鳴るやふな音ォたてゝすゝつてやッから。

2010年4月15日 (木)

【番外】くうやくはずにけつこうといふ勿れ

 ついこねえだ能(ゐい)天気だつたンで雪駄ひきずつて銀座へのしたと思し召せ。ねらいは八丁目の三河屋のたくあん。一丁目振り出しにとぼとぼ歩(あゆ)んで往きやしたのヨ。此処ンとこなんだかわからねへが、やけにたくあんが喰いてへ。それもどこのでもいゝッて節操のねへもんぢやァねへ。どふしても三河屋ぢやなきァ夜も日も明けねえのヨ。あすこンちのは妙な混ぜもん仕掛もんがねへンだ。真ッちようじき(正直)なたくあんだトあつしァ思つておりやす。干だいこんを塩と昆布唐辛子渋柿の皮ァいれた糠に半とし漬けこんでンの仕上。鳥渡(ちよいと)酸つぱみがあつて、干してあつから歯ごたえがいゝンだ。繊切にして水で鳥渡塩だしゝて。そいつゥつまみにぬる燗で一杯やるのも乙粋ッてもでげすゼ。でもけふハその咄ぢやァねへンだ。最中の咄ヨ。三河屋さんから一本ひつ下げて帰り、往きとおんなじ表通りぢやァ芸がねへかえら裏通り。まず蕎麦屋の外飼猫からかつてやろふと吉田屋に寄つたら店先に女の長襦袢にてへな柄の猫小屋こせえてもらつてゐて猫兵衛は中でお昼寝うたゝねの最中ときたヨ。そつからたどつたら路地奥の裏店(うらだな)におでんの三文字。なんと湯島聖堂だかの方のひようたん形の鍋が売りのあのこなから(小半)が出見世だしておりやした。知りやせんでしたなァ。そつからまたふらふらたくあん下げて並木通りヨ。暮六ツにでもなりやァきれい処が褄ァとつてのいそぎ足だが昼ッさがりのこの時分人かげまばらのこの通りなんの変化(へんげ)か四五ッたりの人の列。近くばよつてのうれん(暖簾)見りやァ最中の空也ぢやァござんせんかい。覗けばひと坪あるかなしかの見世ンなかにも四ッたりほどの人影。予約があたりきッて聞く空也の最中、そいつがあわよく手にいるか。格子戸にいま手をかけやふとする山の手風婆さん客に問へば、予約はしておりませんが買えればと思ひトのこと。おォあつしもそのつもり。だめでもとつこ出たとこ勝負、並んで試してみやしようト列のしり。ずつしり重いひようたん形の最中拾個詰。野口の大先生お一方にお出ましねがい小銭ちやらちやら釣銭いたゞき、ねぐらへしけこんで頬張ッてみりやァやつぱり名うての品ある旨さ。初(はな)に喰つたハ死にそこないの大病のとき。見舞にもらつたが口が変はつてゝ旨くもなけりやァ不味くもねへ。いらい予約とはご大層なの勘ざわりも手伝つての喰はずきらい。喰はずに結構と言ふなかれだねえ。

2010年4月 8日 (木)

薫風江戸巡(かぜかほるまちめぐり)

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 如月廿四日のけふ、世間なじみの西洋歴4月8日、光るひざしに誘われてくりだす先は柳ばし。大川の汐の香もうれしい春気ひとつにとけいる神田川その岸脇のご存じ大黒屋。目のめえで揚げて供してくれる天丼のいつもの決まりにちょいおごり、時季のはまぐり先に別誂え。揚げたてあつあつに小塩ふり頬張りやァじんわりしみだす旨さの甘み。やつぱりはこゝンちのは吟味されてゝまちがいねェ。続いてお定まりの天丼ハ添えの精進揚が旬のそらまめ楊枝に串刺し。気のきいた趣向ですヨ。跡(後)は才巻海老が二本小柱れんこんのかき揚。色紙に切った豆腐となめこの赤だしにみつばを散らした小椀と三種のお香々(おこうこ)。ごちそうさんでお向かいのこれもいつもの伝の小松屋でいまが時季の手むきあさりの佃煮にきゃらぶきの佃煮。こゝンちのを喰つたらよそンちのァ喰えねへ。跡(後)味に甘つたるさァなくて切れ味が江戸ッ子よ、すつきりしてらァ。あばよまたくらァで風に吹かれて人形町。三日月座の二階に腰ィ落ち着けて特急珈琲すゝつてると窓の外のぞめき。なにごとト二階から見下ろせば新しくはじまるテレビドラマの役者連のおねり。大通りとめて緋もうせん延々と敷き詰め阿部寛黒木メイサ主役脇役ぞろりぞろりの顔見世あいさつ。そいつゥ戯作者監督お役者溜りの三日月座から見下ろす果報は運がいゝ。秋の旦那がお預けくだすつてゐたお戯作とその舞台収めた録画円盤を脚本連の大将からうけとつて、こんどは馴染みの浅草履物長谷川へ。取り寄せねがつた足駄に金茶の鼻緒をえらんですげてもらう。この色なりやァ紺足袋白足袋足袋ィえらばねへだらふとの安魂胆。雷門めえの岩美屋でのし餅を。こゝンちの餅ィ喰ったらよそのは口にできねェ。とって返して雷門ずいとくぐつて仲見世をたどつて瓢たんや。象牙細工のこの見世で倅の嫁の誕生祝に根付の瓢箪。

胴をあけりやァ手のひら清めの香粉入になつてゐるッてェ仕掛物。また無事に一年過ごしてくんナのこゝろ入。鳥渡(ちよいと)亀屋によつて人形焼に胡麻せんべい。どつちも此処のォ喰つたらよそンちのは喰えねへ。風に吹かれて舌ッ先で巡つた江戸の町。けふもいゝいちンち過ごさせていただきやした。ありがたふおざりィやす。

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