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2018年5月 6日 (日)

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の四  㐂三二

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の四  㐂三二

 

 

藍が白く抜けた袢纏を脱ぎながらこの春三十路をむかえた銅壺職人の末吉「コウおめえこんやからおいらのこたァ松月ッて呼びな」女良(じよろう)きち「なんだいそのシヨウなんとかつてのハ。だつておまさんハ松ッつあんぢやないかひ」末「シヨウぢやねへ松に月でしようげつだ」きち「だからなんなんだようそれハ」末「わからねえ女良だなァおめえは。表徳(ひようとく)だ」きち「やだよふ。またわかんねえこと言ふヨこんやの松ッつあんは。ヒヨウなんとかッてなんなンだよう」末「俳句ゥつくるときの名めえヨ」きち「オヤ松ッつあん俳句なんかはじめたンかひ。向島のご隠居がつくるトきいたよ」末「おめえンとこにそんな気が利いたお客が来るンか」きち「馬鹿だねえこんな岡場所に来るもんかねえ。中の話ヨ」末「吉原だらふ。それよ。その吉原も総籬(そうまがき)ヨ。そこォ往つてみねえな」きち「また馬鹿なこと言ふよこの人は、あたいら女ァ大門(おほもん)くゞれないのォ」末「だからようその総籬ィあがる(登楼)やふな通の旦那や息子株なンかは本名なんて俗ッぽいンはつかわねえンだ。なんせ総籬はこの世の極楽ッてよばれる吉原ンなかでもごうてきな極楽ヨ。そこで稼業にまみれた生臭い俗名なンぞ野暮だッてえわけヨ」きち「そいぢやァ松ッつあんは野暮かひ、あたいはいなせだとおもふヨ」末「ありがとヨ、おきちおめえはいゝ女良だぜ」きち「松ッつあんその女良ッてのは二人ンときは勘弁しておくんナあたいはおまさンのおかみさんの気持なんだヨ」末「泣かすゼおめえハ」きち「だらふ」末「でヨ、これからおめえンとこ来たらあつしをショウゲツッて呼びナ。松に月ヨ」きち「へえ松に月でかひ。おまさんの名ハ末に吉で松吉ッて云つてたよネ」末「馬鹿やろうそれェ云ふねえな。ねたがわれらァ」きち「あはゝちがひないねえ」末「デこの松月様が吉原の総籬ィあがつたと思ひねえ」「えッ、吉原いあがつたンかひこの浮気ものこのあたいッて者がゐるのになんてえ人だらふネだから男は信じらンないンだ」末「コウおめえ早とちりすンねえたとえばの話ヨ」きち「ほんにかひ」末「そうヨおめえがらいねん年(ねん)が明けたらおいらンとこ来るッて約束ぢァねえか」きち「だからあつちァ気をもんでんぢやァないかい」末「なんでヨ」きち「だつてそうぢやないか。十年の年が明けたらあたいは廿七の大年増だよ。おまさんに嫌われンぢやないかと。おかみさんにしてもらふンはうれしいがそれを思ふとしんぱいで心配で。そふなつたらわっちァもふ玄人ぢやないんだおまサのおかみさんで素人だよ。そうなるまえに肝心のおまさがほかの女に血道をあげて長屋に引き入れてたらあつちァどふしたらいゝんだか、あゝ気がもめる」末「やだねえおめえハ先ばしつて。吉原ッてのはあつしら職人のやふな袢纏もんが往つても大籬みてえな大店(おほだな)ァあいてにやしてくんねえ。伎夫(ぎゆう)は手ェみたりオッ旦那ッてこつちの手ェ握ンのヨ」きち「おまさんに気があるンかひ」末「馬鹿やろう、ちがわァ手ェさぐるンヨ。あつしら職人が羽折(はおり)着て日本橋の大店の息子のふりしたつてごつごつした手ェにぎられりやァ一辺でばれらァ」きち「松ッつあんみたいないゝ男あげないんだ、くやしいねえ」末「向ふにとッちやァ小判がうなつてねえのはいゝ男ぢやねへのヨ」きち「小判なんか見たことないヨわつちは」末「あつしもヨおいら職人はもらふもはらふも銭だからナ」きち「あァくやしいねえ」末「もふいゝぢやねへか」きち「くやしいで思ひだした。松ッつあんぢやない松月ッつあん、おまさ長火鉢買つたッて。これから所帯もとふッてえお人がなんであんな場所とるもん買ふンだい。おまさンとこは九尺二間だろふ」末「オウよ、立派な四畳半一間(ひとま)御殿ヨ」きち「アァ馬鹿ばかしい。どうしてこんな人ンとこに年が明けたら往くなンて云つたンだらふ。長火鉢なんかあつてどうしておまさとわちきの二人分の蒲団(ふとん)しくンだい。あァもふやだおまさァあたいのことなどなンも考えてくンないんだ。くやしい」末「おめえいゝかげんにしねえ」きち「だつてそふぢやねへか」遠く時の鐘三ツ。末「おッ捨て鐘だ四ツだゼ、あしたァ帳場ァ遠いンだあつしァ先に寝るゼ」きち「あァつらいなァ」ト女良きち襦袢を脱いで行灯にかける。四ツの鐘打ち出す。

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の三  㐂三二

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の三  㐂三二

 

京橋白魚屋敷を通りこし柿渋染の暖簾(のうれん)から首ィつッこンだ日本橋本町裏の葛籠(つづら)職人吉三「空いてるかひ 女将「吉三さんおいでなさいやしおたえが首ィ見越し入道で待つてるヨ 女良(じよろう)たえ「あらァ吉ッつあん待つてたのよォ 吉「よくいふゼおたえおめえハこのめえは振りやがつたくせに た「しようがないンだようすぐ吉ッつあんの床ィひっかえしたらもふおまさん帰ッちまつたあとでサほんにおまさんハ短気なんだからどうしていゝ男はこうも気が短ひのかねえわつちはつらひわト袖で目元をぬぐふ 吉「おたえ泣くねえこうして来たぢやァねへかト云ひふところから手拭につゝんだ朱塗の櫛をだしたえゑさしだす た「アレッくれるンかひありがたふうれしいねえほんにおまさんはやしいねえ 吉「へ、上げたり下げたり忙しいやおめえハ文(ふみ)ィくれたがおめえハ達者な文ィ書くねえ た「よんでおくれかひ吉ッつあんに会いたくてさあこつちからァいけない身だからねつらいンだよ待つ身ハこないだァ怒つてかえつちまつたからもふ来てくンないンぢやないかと思ふと切なくて切なくてトまた泪をぬぐふ 吉「もふ泣くねえこふして来たぢやァねへかそれにしてもおめえいゝ字ィ書くぢやねえかどこで習つたンでェ手習指南所か た「わつちの身でそんな立派なとこにやァいけなひヨ吉ッつあんこそ手習指南所だらふ た「わッちや佐野の在ヨ江戸の町ッ子ぢやねへから町にあるやふな手習指南所は村にやねへンで寺の和尚さまンとこで読み書きおせえてもらつてナ親父がいかしてくれてヨおめえは次男で田ァ分けてやれねえだから江戸ゑ出て一人で生きていかにやァなんねえ読み書きはおめえにさずける田畑だとおもつてひつしに学ばァなんねえッてわけヨおなごでいやァ嫁入り道具とおンなじサこれやッからけえッてくんなッてことヨ た「つらいねえ 吉「仕方ァねえゼ次男に生まれたンが身の不運ッてえかこうして江戸で職人になつてみりやァ在で親父の田ンぼついで土まみれになつてんが仕合せがゝか江戸でこざっぱりしたもん着ておめえンとこに通える身が仕合せかそこんとァわかんねえゼ た「うれしいねえ吉ッつあんそふおもつてくれるンかひやつぱりあつちの吉ッつあんだヨ 吉「このやらふ調子がいひゼそうそうおたみ一本つけてくんねえナ た「あいよト階下の帳場へ行く やがて徳利がとゞく た「サ,吉ッつあんおあがりよト盃をすゝめる 吉「おッ注いでくんねえト一杯ほして盃をたえゑさしだし注いでやる た「あァおいしいやつぱり好きなお人と呑むンは味がちがふねえ吉ッつあんはあたいのゑびすさまだよ。吉「なんでえそりやァ た「福の神ッてえことだよ 障子の外から女将の声「おたえさん鳥渡(ちよいと)た「アイなト部屋外へ 残された吉三「けッ、なンでえ、今夜も清元の喜撰かよ。世辞でまろめて浮気でこねてか。馬鹿にしやがつてト床へ寝転がる。石町の時の鐘ぼォォン。

 

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいっすんばなし) 其の二 喜三二

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいっすんばなし) 其の二 喜三二

軽子(かるこ)吉蔵、汗ェふきふき神楽坂ァ突ッ切り赤城神社の御灯明をわきにみて路地ゑへえる空にやァまだ明るさが残るが路地は宵の闇に沈んでゐてその暗さン中に屋号もなんも書かれてゐねえ軒行灯がぽつんと灯つてゐる。岡場所お約束の柿渋染の赤土色の暖簾(のうれん)威勢よくはねあげ、吉「コウおひさァ空いてッけえ」長火鉢の向こうで黒漆の羅宇(らう)喜世留(きせる)で多葉粉(たばこ)のんでた女将「オヤおいでなさいやし吉蔵さまは運がようござんすヨおひさァハいまァ湯ゥからもどつたとこでございますよ」身をよじり奥の間に「おひさァ吉さまがお見えだよ」女郎おひさ「あらァ吉ッつあん、来てくれたンだ」吉「オウヨォ元気ケ」おひ「待つてたのよゥ。季節かわッちゃうよ」吉「よくいふゼてめえハ」女将に一本たのんで二人で階段ォ上がる。おひ「吉ッつあんなんかけふは様子がいゝヨいゝことあッたンかい」吉「えへゝわかるかひ。お祝儀もらつてヨ。」おひ「アレいゝねえ」吉「コウおひさ、しぼつてきてくんねえ」ト首にかけてた藍がさめた手ぬぐいをわたす。おひ「オヤ、どうしたえ」「すつかり汗ヨ。そろそろ暮六ツけふァしめえだなとおもつてたら神楽河岸ィ舟へつてヨ。箪笥の荷ヨ。そいつゥ棹とおして相棒の梅公とかついでそこの箪笥町のお武家ンとこまで運んでナ」おひ「オヤお武家ンちゑお引越しかひ」吉「なァに言ひやがるあそこのお武家ァ代々お納戸役だからァ箪笥の手直しはお家芸ヨ」おひ「へえ、そいで箪笥の職人さんになつたの」吉「ばか野郎れつきとしたお幕臣ヨ。箪笥の直しァお内職ヨ」おひ「アレまあ、お幕臣がお内職かひ。デお稼ぎは公方様のお納所(なつしよ)へお納めするんかねえ」吉「おひさおめえはつくづく馬鹿だねえ。公方様がお納所やるか」おひ「アレ気前がいゝねえ」下から女将「おひさァ燗がついたヨ」おひ「鳥渡(ちよいと)まつてゝネ」ト吉蔵の汚れ手拭をもつて降り塗りのはげた盆に益子の徳利と杯それに皿をのせてもどる。おひ「サア吉ッつあん」ト徳利をさしだす。吉「ありがてえ。うどの酢味噌和えぢやァねえかひ」おひ「そうさネ。後の月にきてくれたときそろそろうどの時季だなァッて言つてたらふ。」吉「おめえおぼえてゝくれたンけ」おひ「そりやァおぼえてるよゥ吉ッつあんのことだもん。けさァおかあさんが振売の八百屋がうどォもつてきたッてたンでネあつちのおごりだよ。」吉「こいつァありがた山、さつそくごちになるぜサおめえもいっぺえやんねえ」おひ「ありがと」吉「おめえいくつになつた」おひ「やだようきかねえでおくれヨもふ大年増だよう」吉「廿七か」おひ「春がきたら年が明けンのよ」吉「そうかァ。つれえなァ。どうすんでえ」おひ「やなこと思ひださせないでおくれよ。どつか住みかえしなきやァ」吉「引いてくれるやふなお人ァゐねのけェ。おいらに甲斐性がありやァなァ」おひ「いゝンだよ吉ッつあん住みかえたらまた馴染みになつておくれよあつちァおまさん好きなんだよう」吉「わかつてるゼすまねえ。おひさおめえもくにゝやァけえれねえしナ」おひ「そふだよねえ穀つぶしだからねえ。兄さァ娵(よめ)とつて田ンぼついでッからけえッたらとも倒れサ」吉「おいらもおンなじヨ江戸にくるやつァみんなくにゝやァゐられねえ穀つぶしだもンなァ」おひ「やだやだせつかくきてくれたンに湿ッぽいヨ。さあ呑んでサゆつくりしておくれヨ」おひさは吉蔵が脱ぎすてた袢纏を衣紋掛にかけ袖と襟を手のひらでスッとなで下しゝわをとる。路地をぬけていく駒下駄の音。遠くで夜五ツの時の鐘ゴウンゴウン。

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