風流寿多喜虫聴(ふうりゆうすだきのむしきゝ) 喜三二
ことしの夏ァ暑ふございやしたなァ。年ごとに暑くなンだかこつちが歳とるから暑さがこたえンだか。マその両方なんでやしようがけふ8月23日は太陰太陽暦の文月七月廿八日で処暑。廿四節気の一ツだそうでして。よござんしたなァ暑さもこれでおさまりやしよう。文月なンてえと西洋こよみになれたいまァ七月は夏のよふに思ひやすが日本のこよみぢやァ秋なンでございやして。ことしァなんでやすヨ。秋が四月(よつき)ありやす。これもうれしいですナ。今月の文月に葉月八月、長月九月、そして閏(うるう)長月。九月がまるまるひと月足算されるッて十露盤(そろばん)になつておりやすンでことしの一年は十三ヶ月。てえことはお天道様のまわりィことしァ鳥渡(ちよいと)ゆつくりまわるンかいときかれるとこまるンだが旧暦ッてよばれてる日本のこよみの太陰太陽暦の一年は三百五十五日ほどで勘定しとりやすんで季節とこよみにずれがでやす。デときおり帳尻合わせに閏月をひと月いれるンですナ。そんなわけで秋がよぶんに楽しめるッてことで。昼下りに湯ゥ屋でひとッ風呂あびてきて枝豆で冷や酒をたのしみ「コウおめえ鳥渡(ちよいと)膝ァかしナなんて膝枕で耳ィほじつてもらいうつらうつらするなんてのもよござんすがこりやァ趣味ぢやァござんせん。色でやすナ。秋はやつぱり風流がにあいでやしよう。江戸の秋の風流な趣味と言やァ虫聴きでやすナ。日がかげりだした野辺へでて草むらに集(すだ)く虫の音を聴く。風流でございやしよう。これがいゝンでございやすな。鈴虫松虫くつわ虫こうろぎ。鈴虫のりィィんりィィんと澄んだ音色は心があらわれやすナ。くつわ虫のがちやがちやはがさつでいけやせんがネ。あつしはわけえじぶん浅草川(隅田川)の川向に住んでおりやしたが手押車に虫かごをつんで虫売りがきたもんでございやす。江戸ッころァ下ッ端の武士が虫を飼ひくらしのたしにしてたそうでやすからこれもかなり枯れてやすナ。ふだん吉原で仕懸(しかけ)ッて呼ぶ派手な打掛の花魁になゝじんでるお大尽もこがねの世界もあきないのたくらみもわすれひと時を虫の音に耳をかたむけながら静かに瓢の酒を朱杯にうけて楽しむなんてのはなかなかのもんぢやありやせんかい。江戸の虫聴きの名所と言やァ道灌山ですナ。室町の仕舞いの方の武将で最初の江戸城を築いたお方でその人にちなんだ名がついた山ッてえか丘ッてえかとこでいまの地名ぢやァ西日暮里で発明(利口)なお坊ちやんが集まるンでしられた開成中高校になつちまひやしたから残念ですナ。ぢやァいまァどこが虫聴きにいゝかと考えたら向島の百花園かもしれやせんナ。江戸の文人墨客がすだきさまざまな草木を植え風流をたのしんだ場でその風情がいまにのこつておりやす。あつしもゆるゆると虫聴きにでかけやふかなトね。
(初出・カランドリエ平成26年8月23日処暑号)
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