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2014年7月17日 (木)

納涼江戸咄(なつすゞみゑどばなし)  喜三二

 梅雨でございやすなァ。江戸の夏ァ辰巳(南東)の江戸湾から風が吹きやすがその鼻ッつァきァ熱ひ黒潮がふさいで流れてやすから蒸すは暑ひはですナ。西暦の6月21日は日本暦の太陰太陽暦の皐月(五月)廿四日。夏至で夏のてつぺんですな。日がいつちなげえ。遊び人にやァ夕暮がまちどおしい働きもんにはそれだけ身を粉にして働けるッてェありがたい日でやす。サテ空調なんてべんりなもンは江戸ッころはもちろんあつしのわけえ時分までござんせんでしたが、代わりに風情のあるもんがいろいろ。それで暑さをしのいでゐたッてえか楽しンでた感がございやしたな。吊りしのぶなんかよござんしたなァ。ざぶッと水につけ滴ぼたぼたゝらしたまンま軒につるす。渡つてくる風がもふ涼しくなつたやふな気ィいたしやしたもんでございやすヨ。杉板の塀にかこわれた小体な庭に打水をし軒に風鈴も吊り輪つなぎ文様の木版刷りの江戸団扇なぞ置いたらもう後は冷酒がありやァ文句ァござんせん。肴ァ冷奴。茗荷ァ刻んでそえてネ。マおひとつなんて「そうかいおめえもいつぺえやりねえ「そいぢやァあたしもゝらおうかしらアラそんなに注ぢや酔つちやふ「いゝぢやァねえか誰が来るとゆうでもねえやなト夏は楽しゆうございやすナ。盥に水はつて日向水で行水なんて納涼もございやしたなァ。こりやァ男前でも男は画(ゑ)になりやせんな。是が非でも仇ッぽいとこでおねげえしたいとこで。肴ッてえば初物好きの江戸ッ子は初がつを(鰹)抜きにやァ語れやせん。北斎の富嶽百景ンなかの浪裏の富士、しらぬ人のゐねえッて図でやすが案外しられてねえのがあそこに描かれてる舟。あつしァ江戸がわかつてねえころァ江戸の舟旅ァ命がけだねえなんて思つておりやしたがそりやァ大間違ひ。ありやァ初がつをなんですナ。相模湾から江戸へ運ぶ高速舟なんで。片舷に四丁両舷合わせて八丁八人。デ八丁艪の押送舟(おしおくりぶね)ッてえそうで。これで一気に日本橋の魚河岸まで浪を切つて飛ぶ。途中でかつをが欲しい者(もん)は小舟で待ちかまえ八丁艪にすばやく漕ぎ寄せ小判を一枚(いちめえ)放り込む。押送舟は走りながらぽォんとかつをゝ一本こちらに投げてよこす。こうして初がつをゝ喰ふのもいなせで粋ぢやァありやせんかい。安くものを買おうとしねえのも江戸の気ッ風でやすナ。夏の舟で忘れちやァいけねえのが大川の舟遊山。いまァ屋形船ッて気軽に呼んでやすがそいつァ江戸のはじめ大名が破風造の屋根をかけ中に幾間も設けた豪勢なもん。町人が芸者をのせて三味(しやみ)で遊ぼふッてのは屋根舟で日差しと人目をさけて簾なんかゝけやして。ぜんぶ覆ふンはご法度で冬なぞ障子がいちめえ足んねえンで川風は寒ひしゝんねこにやァなれねえ。船頭(せんど)へ酒手はずむとアイヨと舟底から障子だして閉(た)てゝくれたッてェ仕掛だそふでやすゼ。
(初出:カランドリエ平成二十六年夏至号)

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