無料ブログはココログ

« 川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 如月席ノ巻 | トップページ | 川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 弥生席ノ巻 »

2013年5月 5日 (日)

江戸気質ソース焼きそば

喜三二江戸くいもの控 其の一

江戸気質ソース焼きそば

 あつし、この世に生を受けて初めてゝめえでこさえた料理ハなんて言ふとえらそうに聞こえやすが、そいつがソース焼きそばヨ。買喰いしたり見世(みせ)ェへえつてなんか喰ふなんてことハうちゞやァ賤しい所業だつてンでご法度だつたンだが、こつちも育ちざかりいつでも空きッ腹ヨ。そいだもんで八ツ時分にァ鳥渡(ちよいと)銅銭もらつて近所の見世ェ行つてソース焼きそば喰ふこと憶えたンがはじまりサ。見世ッてえのはミルクホールのなれの果てみてえなもんでネ。大福だの洲浜だの売つてゝ、見世ン中ァ細い鉄パイプ足のテーブルに椅子がいくつかあンだ。コンクリの床が凸凹だからねえ。テーブルも椅子もがたぴしゝてる。
 商ッてる喰い物ッたら醤油味のさつぱりした中華そば、これが東京風だがネ。それからカレーライス、夏になるッてえとカキ氷や心太(ところてん)。そんな見世でソース焼きそばちやちやッとつくつてもらつて喰ふンだ。具ハもやしとキャベツ、ほんの少々の豚の挽肉と揚げ玉。焼き上がりにぱらぱらト青海苔を振つてくれるンだが、この香りづけが命だネ。ソースのハイカラな香りとそれが混ざりあつてそゝてえ仕掛だ。歯ごたえはシャキシャキのもやし。この上手下手で勝負はつくネ。
 近所の見世で喰つてその作り方おぼえて材料買つてきてゝめえでなんべんも作つて喰つたが、都電の窓から眺めた田原町のソース焼きそばが喰ひたくてしようがねえ。そいでよォへふ(今日)足ィのしたッてわけヨ。雷門から小雨模様ン中ァ徒(かち)でサ。そしたら昔ィ軒並だつたンがいまァ生き残りァたつたの一軒ヨ。屋号ハ花屋ッてッたッて花ァ売つてねえンだが一歩へえると上さんが「焼きそばァつて尻上りの大声で訊くンでこつちも椅子につかねえうちに「焼きそばッてでけえ声で一発けえしておいて、それからゆつくり腰ィ落ち着けるッて段取ヨ。
 割箸パチンと割つてソース焼きそばをッたつて、正しくは麺だがネそいつゥ一口すゝりァ懐かしいあの香りがもふ口ン中いつぺえヨ。もやしの香りキャベツの甘味ソースの複雑な香りと甘味そして青海苔の清々しさ、これが四ツ巴で一ツになつて。
 あゝもうたまンねえなァ。喰つてゝうれしくなるねえ。こゝンちの量は鳥渡(ちよいと)小腹をみたすッてあんべえサ。飯の代わりに喰ふなんて不通(やぼ)ァやらねえンだ。これが江戸ッ子東京ッ子ッてもんだ。喰ふのも呑むのもさらりが身上。腹の皮が破れるほど喰つたり酔つぱらつたりするのはざまァねえもんナ。
 それにしてもソース焼きそばなんて妙ちきりんで旨ひもんどこの誰がかんげえだしたのかねえ。これも罪なもんヨ。花屋さんがんばつておくんなせえヨ。おたくが最後の頼りヨ。いゝ気分味わゝせてもらててお代は贋銀貨中三枚、穴空き贋銀貨一枚。〆て三百五十円。
(初出・Grutto VOL6  2013春  加筆)

« 川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 如月席ノ巻 | トップページ | 川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 弥生席ノ巻 »

コメント

喜三二の兄さん
珍しいものを思い出させて下さいましたねえ。お祭りの縁日でほおばったのを思い出しました。
焼けたソースと青海苔と紅しょうがの色と匂いがたまんないねえ。たこ焼きもそうだけど、縁日の三原色なのかしらん。

moon3竜丸の姐さん江。そうかもしれやせんなァ。この三原色、歌舞伎の引幕の色合いと一脈通じておりやせんかい。

そういえば雰囲気がぴったりじゃあござんせんか!焼きそばと歌舞伎の引幕ねえ‥・
見ておくんなすったかもしれませんが、先日天沼弁天池へ散策しましたよ。本のおかげでなかなかに楽しい散歩でしたが、兄さんにとってはちょっとばかモノたんないかもしれませんね。

moon3竜丸姐さん江。元の弁天荘へお往きくださつたそうでありがたふございやす。お礼申しやす。あつしァもうおのれの足でいけやせんのでねえ。写真も拝見いたいやした。区のお人たちもなんですかねえ。一言々つてくれりやァあの頃の弁天荘の写真は数葉ぐれえはあつしの手元にありやすものを。水くせえね。八幡さまは縁日に五円玉握りしめて往きやしたヨ。さるすべりの木ッてのを境内で初めて知りやして、それは今も残ってると思いやすヨ。

ちょいと気になったことがあるんで、近々また行ってみたいと思っております。こんなとこ見てきてというのがあったら言っておくんなさいな。この目でしっかりと見て写真をとってまいります。

moon3竜丸姐さん江。いえいえ、あつし二度見に往つておりやすんで。ブログで拝見した写真で様子はわかりやす。往時を偲ばせるものはあの背丈より大きな石灯籠のほかァなにも残ってはおりやん。初代の堤さんが気にいって弁天荘を買ってくれたきっかけはいくつもの庭石でございやすが一つも残っておりやせんし、富士山から運ばせて築いた富士塚や築山も、蔵も離れも茶室も母屋とともに片鱗さえ残っておりやせん。古老が描いた弁天池はうちの隣にあった大きな方の池で、うちの湧水の池とともに桃園川の水源でやした。姐さんが気になったこととはなんでございやすか。

なぜあの大きな石灯籠だけがのこったのでしょうね。
私が気になったのは、古老があの絵についての解説に、「弁天堂は路傍に置かれてある。惜しまれてならない」と書いてあるのは、たぶん何気なく見過ごしたあの公園の脇にあった小さなお堂のことかもしれないと、家で読んで気がついたわけで、そえrが心の隅っこにあります。それとあの蜂蜜専門店のロールケーキをもう一度ってえワケでござんす。

moon3竜丸姐さん江。古老の絵の弁天池はうちの隣にありやしてあの絵の通り中之島があり、そこに弁天堂があったかと思ひやす。いまの区の公園はうちの千坪の敷地と隣の方の元の弁天池も合わせて区が買い取り公園化したと区の方に聞きやした。それで弁天堂を公園の脇に安置したのではないでしょうかねえ。蜂蜜屋のロールケーキ、なんだかおいしそうでうらやましいネ。 喜の字

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/127972/51504826

この記事へのトラックバック一覧です: 江戸気質ソース焼きそば:

« 川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 如月席ノ巻 | トップページ | 川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 弥生席ノ巻 »

最近のトラックバック

2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31