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2013年4月13日 (土)

川柳手習所見習(せんりゆうきようしつにゆうもん) 如月席ノ巻

 江戸にのめりこむンなら五七五の川柳の一ツくれえひねれねえぢやァ咄になんねえッてえンで柳多留だの末摘花や初代川柳が選句した吹寄せだのゥなゝめ読みしてかじッできやしたが、なかなか手ごわいもンよ。そんなとき渡りに舟で江戸の東(ひンがし)に川柳の寄合があるから末席にへえンなトその会の先達つァンが声をかけてくンなすッてのこのこでかけたンがきようびの暦で言ふ平成252月3日、江戸もンのこちとら馴染みの天保暦ぢやァまだめえの歳の尻ッぺた師走二十三日。暮の内ヨ。でもあ集まりの皆さんァ西洋暦でなすつてンで如月席と外題に書かせてもらいやしたて。集りは号けて川柳葛西教室ご指南ハ神林洋右師匠でございやす。

 先達ッつァンが決まりをおせえてくださいやして、内の会は古川柳でやつてるンで尻をしやすで止めちやァなんねえト。俳句ぢやァねえから季語はいらねえし古池やのように切れ字のやハつかわねへようにとのご注意。当世の俳句ぢやァなりとかけりも切れ字だそうだからなるたけつかわねえ算段したがいゝかもしれねえ。そいで往くめえにッて宿題だされやして。なるほどこいつァ手習指南所みてえヨ。なんせこの世に怖いもんは金と女と宿題だとおもつておりやしたからねえ。お題ハ手帖、日本酒、ぐらぐら、絵馬の四ツ。しめえの絵馬は生徒互選で二句詠ンで持つていく。めえの三ツァ撰者がそれぞれゐて三句ずつ詠んで選ンでもらうッてェ趣向だそうでして。会のみなさんはどうか知りやせんがどうせ江戸修業のあつしとしては一か八か江戸詠み一本槍の覚悟でひねり通すト腹ァくゝつた次第でさァ。

 そんなこんなで詠んでッた手帖のお題のが、

   秘め事は心に残し白手帖

   敵娼の手帖を見たし仇の名

   川柳子腹に一物手に手帖

 日本酒のお題ハ、

   小あがりでそば茹でる間の冷の酒

   屋台酒呑むほど醒める冬の尻

   巳年とてとぐろを巻くは野暮の酒

 ぐらぐらのお題ハ,

   別ッぴんは心ゆさぶる大なまず

   大揺れの猪牙で鍛えた尻のたこ

   鬼買いはぐらぐら梯子お二階へ

 互選句のお題絵馬は、

   首尾の松絵馬をむすんだ太いやつ

   先の世は絵馬をたのみにどらを打つ

 サテ川柳の点付けッてものは下から順に言ふと、まず前抜きッてのがある。こりやァ前抜きで角力の十両みてえなもンでもう少し頑張れッと前十句選ばれそうでしてその上が秀。次が客。さらに上の位は一句ずつで人地天となりこれを三才と呼ぶそうだがあつしの宿題は如何なりやしたか。

 前にへえつたンが、

   別ッぴんは心ゆさぶる大なまず

 秀は、

   秘め事は心に残し白手帖

   首尾の松絵馬をむすんだ太いやつ

 客に選ばれたンは、

   川柳子腹に一物手に手帖

   先の世は絵馬をたのみにどらを打つ

 こんな按配でございやす。酒のお題は総崩れでして。落ちやしたがぐらぐらッてお題で詠んだ句ァ鳥渡(ちよいと)ご案内がいりやしようか。

   鬼買いはぐらぐら梯子お二階へ

 こりやァなんでございやすよ。お分かりになるお方にやァお分かりでして。江戸ッ比(ころ)ァ居酒屋たァべつに銘酒屋ッてのがあつたそうですナ。へえると白粉つけたおなご衆(し)がにつこりしてお二階へッて誘ふンですナ。お詞に甘えてッて上がると姐さん梯子引き上げてもうこれでおまえとあたしの二人きり誰に遠慮がいるものかッてネ。こんな見世ァ昭和の御代もかなりまでございやしたナ。年寄なンかゞあすこの呑み屋ァあいまい屋だよなんて言つておりやしたンがそれでございやして。お二階へッてんでいつからかそうした見世の姐さんを鬼と呼び鬼買ひに往くかなンて言ふやふになつたそうでございやす。ヘイ来月のお席をお楽しみに。けふハこれまで。

吉原櫻仕掛(なかのちようさくらしかけ)

 ことしの櫻はかなりのおませで早く咲いちまいやしたなァ。このざれ文をけえておりやす天保暦如月の十三日、世間さまお馴染の西洋暦で言やァ3月24日でございやすが、鳥渡(ちよいと)めえに満開の峠をこえちまつておりやすから。西行が詠んでおりやす ねがはくは花のしたにて春しなんそのきさらきのもちつきのころッてえ歌が山家集にのつておりやすが、花は言ふまでもなく櫻でやしてその櫻が満開でそれが望月、満月の比(ころ)だといたしやすと、ことしァ十六日が満月。てェことは三日先のことでございやすから一廻ほどの早咲きとなつたッてえわけですな。春、櫻てえッととかく江戸者は吉原が思ひうかぶものでして。吉原には、浅草の観音様の東側とおつてる馬道(むまみち)を北へめざして往くと山谷掘で日本堤にぶち当たりやすな。その土手を左ィ往くッてえと見返り柳ッてのが立つてる。こりやァ帰りの客がいま後朝(きぬぎぬ)の別れをしたばかりの花魁を想ひ思わずふりけえるンでいつしかこの名がついたそうですナ。こゝからだらだらとくだる坂が五十間道。くだりきつたとこにそびえてンのが大門(おほもん)。左手に格子窓の門番所があり町奉行所の隠密廻りの与力同心が昼夜二人交代でつめておりやしたが、いまァ大門の右手に交番になり警官が立つておりやす。サテこつからがけふの本題。大門へえるとまッつぐ広い道がのびていて、この道がかの有名な仲之町(なかのちよう)。道の真ン中には誰哉行灯(たそやあんどう)がならび道の両脇には引手茶屋が軒をならべてンだが、なかでもこの景色がいつち華やかになるのが櫻の時期ヨ。咲き始めるとその櫻の木を根ごと仲之町へ移しけえる。満開の櫻並木がずらッと先までならぶこんな豪勢な仕掛ァありやせんゼ。散り始めッと未練たらしくしねえ。思ひッきりよくぜんぶ引ッこぬいちまふ。散りゆく風情を楽しむなんて辛気くせえこたァしねえンだ。山櫻ッてのはご存じでやしようが葉が出てから花が咲く。だから鳥渡(ちよいと)かげりがある。デなんとか先に花が咲き、終わつてから葉がでる櫻はできねえかと思案して生み出されたンがいま全国でもてはやされてる染井吉野ヨ。駒込染井村の植木職の作と伝えられてやすが名ァ残つてゐねえ。幕末から明治の頭のことだとか。その櫻が全国の学校に植えられ、花は櫻木人は武士で言ふ櫻とまちがえられいさぎよく散ることがほめられて明治から昭和まで戦争国家になつちまいやした。花は櫻木の櫻は山桜。葉蔭でひつそり咲くを佳しとするト言つてたンですがねえ。

(初出「カランドリエ」桃の節供号(平成25412日刊))

2013年4月 9日 (火)

満月縁團子(もちづきゆかりのだんご)

 たのまれてた原稿を送つたついでに車椅子になつた顛末をむかし馴染みの編集さんに電子文(でんしふみ)デつたえたらそいつァお困りでやしよう何なりとおつしやつておくんなさいと深切なお詞ァ頂戴いたしやしたが助ッ人(へるぱー)さんが買いもんや飯炊きにきてくれてンで取りあえずァ間にあつておりやすからと返し文をとしたとこでハタと思ひだしたンは羽二重團子ヨ。めえにあつしが八ツのお山で隠遁してたとき訪ねてきてくれたときの手みやげがその團子。焦げた生醤油の香りに思わず腹が鳴りやしたナ。それからッてものお江戸へもどつていの一番に往つたのが侘び住まい根岸の里の羽二重團子屋ヨ。なんども通つたその見世もいまぢやァおのれの足ぢやァ往けねえ体たらく。こゝは一番お詞に甘えさせてもらいてえッてンで團子をトおねげえした次第ヨ。
 谷中の崖から芋坂ァくだるとその角にお店(たな)ァ張るのが羽二重團子。文政二年の始まりでいまァ六代目。見世の奥にやァ火山の岩ァ積み上げた築山がありやすがありやァ江戸で流行つた富士講の思ひ入れぢやァありやせんかねえ。池にやァ緋鯉真鯉がゆつたりと泳ぎ池畔にすえた床几の上にやァ煙草盆がそえてあるッて趣向ヨ。喜世留(きせる)で一服なンて洒落りやァ気分は一気にさかのぼつてお江戸。たまりやせんなァ。昼めえの八ツ時分どんどんときて團子が届きやしたヨ。ありがたやありがたや。見世ぢやァいまどき猫も杓子もの取寄せなど日持ちがきかねえンでやつておりやせん。これは編集女史さんがわざわざ早飛脚にたくしてくだすつた心ごもりの逸品。拝むやふにして包みを開けりやァぷんと香る濃口の芳ばしさ。濃口醤油ァ江戸の自慢ヨ。上方のお下がりの生ッちろい薄口なんかもう目ぢやァねえンだ。塩の薄口なんかで舌の先ごまかされるお哥(あにィ)さんとお哥さんがちがうンだ。ざまァみあがれッてのヨ。他ンちの倍も杵でついて人一倍なめらかに仕立てた團子をへのッとつぶし竹串を縫ふやうに挿し濃口醤油を付焼きにしてンだ。これぞ江戸ッ子の気風。みたらしみてえにあめえとこなんぞこれッぱかしもねへ。その代わりッていつちやァなンだが、渋抜きした漉し餡でくるんだ團子がもう一種。これも小洒落たとこがなくてすつきりしてらァ。生醤油のを喰ひ漉し餡のを喰ふそいでまた生醤油のをッてやつておりやすときりがござんせんゼ。合間に鳥渡(ちよいと)渋茶で喉をうるおしッて按配でその日は昼夜羽二重團子三昧をさしてもらひやした。ありがた山ありがた山。編集さんと羽二重團子の方にやァ足ィ向けて寝られやせんゼ。

  咄ァ芋坂にもどりやすがてつぺんに句碑がたつておりやして。芋坂も團子も月のゆかりかな。芋も團子も月のよふに円いと言つておりやす。詠ンだハ正岡子規でやすが子規さんは江戸のお方ぢやァござんせん。伊予松山のお人だそうですナ。デ芋坂の芋ァ里芋と早とちりなすつたやうでして。里芋は崖ぢやァつくれやせん。山芋が採れたとこなンで。こいつァひよろりと細長い。月となんのゆかりもござんせん。子規さんも詠みちがへたり跡(後)の月。

2013年4月 7日 (日)

春色御紋天蕎麦(しゆんしよくあおいのてんもり)

 読者ッてえのはありがてえもンでしてねえ。あつしが日比(ごろ)の罰があたつたか歩けねえ車椅子の大名身分になッちまつたンを知つて力を貸してくだすつてけふはうめえ蕎麦を手繰らせていたゞきやしたヨ。もふ半年ぢやァきかねえナ。去年の麻の長着のじぶんだから下手すりやァ十月(とつき)も先(せん)のことになりやすかねえ。いつもは往かねえ四ツ辻の先にぽつんと灯がともつてるぢやァねえか。見世はねえ辺(へん)ヨ。おやッてんで雪駄ひきずッて一丁くれえ足ィのばすとなんと蕎麦屋が暖簾(のうれん)掲げてるぢやァねえかい。ありがた山だぜ。あつしのねぐらァ江戸ッ子の面(つら)汚しだからあんまり言ひたかァねえがむかしァ沢庵にするでえこ(大根)でちつたァ知られた練馬ヨ。江戸でもなンでもねえとこヨ。そこに蕎麦屋の暖簾がかかつてンだ。練馬と言つても蕎麦屋ァねえわけぢやァねえ。塩屋(しおや[自慢])言ふぢやァねへがあっしァ見世構え見たゞけでうめえか不味ひかぐれえはぴんときやす。号ハ蕎庵あおい。それからときおり夕まぐれに面ァだすやふになりやしたが段々込むやふになりやして鳥渡(ちよいと)したつまみと燗酒一本〆にもりを一めえ手繰るだけの独り客のこちとらァ肩身が狭くなりやしてねえ。そのうち益々繁盛して席もとれねえことなつて足が遠のひたッてえわけなンだが、それがこんどお骨折くだすつて天もりを手繰らせていたでえたしでえヨ。この天もりァたゞの天もりぢやァありやせんゼ。号づけて葵天もり。屋号を冠してゐるッてことは亭主の意気込みがちがひやすナ。どうだ喰つてみねえッて気があふれてるッてことヨ。勝負ッてわけだ。ヘイお待ちで目のめえに置かれたお敷きの上みりやァその意気ごみが知れるわなァ。
 漆塗りの横長の蒸籠(せいろう)にやァめえになんども手繰り馴染んだ蕎麦。その右手に天麩羅と精進揚げの盛合せ。手前にやァ天つゆの鉢と蕎麦つゆの徳利に蕎麦猪口。その間にわさびと根深葱ィ輪切りにした薬味。天麩羅用の抹茶塩。右手の鉢にやァいまの時期ならでハのわらびのお浸し。なつかしいねえ。八ツのお山で隠遁してた比(ころ)思いだしやすゼ。まず熱ひうちにッてンで海老天に箸ィのばしてひよいと気づきやァ海老の頭(かしら)を薄衣で揚げてそえてあるぢやァござんせんかい。こつァ占めこのうさぎ。ありがた山のほとゝぎすッてんですかさず口に放り込みやァその芳ばしさ甘さ。こりやァなんぢやァねえかい。活き海老ッてやつでなけりやァできねえ芸当でやしよう。皿の上の天麩羅は才巻海老が二尾。でかさでごまかす車海老ぢやァござんせん。旨い海老は小柄とむかしッから相場がきまつておりやすナ。無礼承知であえて他所さんの名ァださせてもらやァ弁天山美家古も並木の藪も柳橋大黒屋も申しあわせたやふに才巻海老ヨ。あおいのご亭さんも安心できるお人ヨ。その隣ァ小ぶりの掻き揚げかと思つたらなんと牡蠣の天麩羅、こりやァ洒落になつておりやすナ。精進揚げはアスパラの一本揚げをすッぱりと斜めに切つて食べやすい長さにする心遣ひもさることながらその切口の鋭さ。武蔵もはだしだゼ。唐茄子の薄切り一片。揚げたンでいつそう甘みがましておりやす。そして嬉しいのが空豆の掻き揚げ。季節だねえ。あつしァ時期に空豆喰わねえといらンねえ性分でやして。今年の初もンでやすヨ。また七十五(しッちゆうご)ンち長生きできらァ。そしてわらびのお浸し。これも初物。また七十五ンち。合わせて百五十日も寿命がのびやしたゼ。蕎麦の上にわさびを鳥渡(ちよいと)のせ蕎麦を手繰りやかつを(鰹節)ォきかせた汁の香りがふわッと口から鼻へ抜けこいつァたまらねえッてやつヨ。蕎麦の旨さァいまさら言ふもなンだがやつぱり通つたわけに納得したッてことサ。あゝてめえの足で通えなくなつたわが身が憎ひゼ。

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