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2010年10月10日 (日)

戀満月宵地唄舞(あきこいるよいのぢうたまい)

 小雨の雷門で運よく空の流しの篭をひろい、鳥渡(ちよいと)しらしげ(白鬚)までやつてくんなト大川を吾妻の大橋、渡つて左へ墨堤通り。きのふまで真夏の暑さが居残り佐平治。なんぼなんでも洒落がきついッてものよ。仲秋の満月も腹はすえかねたか雲ォ呼んで雨ェ降らしそいでも長ッちり(尻)あげねへかと雷さんまで総動員して夏にひきとつてもらてやつとおでましひと肌恋し秋の宵。薄闇があしもとからはいあがつて来る中ァ足駄の赤樫の差歯御影の敷石にかん\/ト向島総鎮守しらしげの雨にけむる黒森にいせいよく響かせて贋南鐐一めえちゃりんと浄財箱になげこんで、二礼二拍一礼のご挨拶。こちらさんの御名は押上の隣請地村に都落ちしてゐたじぶんにやァ土地ッ子からァよく聞かされた名のある神様。素通りはなるもんぢやねえンで五十年ぶりに果たした義理、なんか長年の胸のつかえがおりやしたヨ。石の鳥居くゞりぬけ小道を半丁も往かねえうちに今宵の仕舞屋(しもたや)四畳半の座敷が舞台。百目蝋燭一本燭台に燈し、部屋の向うふた角にやァ蝋燭しこんだ小行燈二ツ。天井の野暮な西洋電灯消えるくれへに絞り込み、そこで流れる小簾の戸の地唄。「浮草は、思案のほかの、誘ふ水、恋が浮世か、浮世が恋か、ちょっと聞きたい、松の風。 この調べにのせて涼しげな白砂青松絽の友禅か金扇ひらいてしずしずと舞う今宵の花の師匠。和蝋燭の光受け、受けた以上にきらめく金扇の輝き。日本の金は木蝋の光で命をあたえられ、金扇は師の舞で命をあたえられ、「問へど答へず、山ほととぎす、月やはものの、やるせなき、癪(しゃく)にうれしき、男の力、じっと手に手を、なんにも言はず、二人して、吊る、蚊帳の紐。やるせねへ唄の文句と座敷のほのかな蝋燭の光。いやがおうにも深まる宵ヨ。降り続く雨はやらずの雨か。
 ふた曲目は、鐘は上野か浅草かゴォォンと鳴つってはじまる、またも悩まし閨の扇。「閨の扇はなあ、みんな絵空事。「逢うて別るる事こそつらや。「秋の扇と捨てられて。はかなき女ごころをしつとりと。江戸の中比(ころ)地唄舞が上方ではじまつた当時そのまゝ燭台にともした蝋燭のほのけき灯りのなかで金扇ひとつで想ひのたけを内に秘め、ひつそりと舞ふ。ときおり畳をする足袋の音、軒打つ雨のしずくの音。葉月(八月)十六宵(いざよい)、西洋歴9月23日、いまは遠い江戸の宵、お大尽の向島の寮の宴席で眼福に授かつたこころも

Cal9yspl

ちヨ。

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コメント

ああ、あたしゃほんに人生無駄にしたよ。
唄も踊りもできゃしない。
なんだって習っておかなかったろう。
今じゃ毛唐に囲まれて40の手習いすらままならず。
せめて喜三二師匠の手控帖で気散じさせてくださいましな。

moon3猫ぢやァねへやいのお玉姐さん江

 あつしだッてご同様ヨ。若いさかりァ江戸なんか見向きもしなかつた。老いぼれててめへのふるさとァ江戸だ、こゝッきやねへッて気付いたッてまぬけヨ。
 若いじぶんにわかつてりやァ三味線ならッて都々逸のひと節も唄えるやふになつておきたかつたゼ。もう手遅れだが、洒落本よんで江戸語に出会えりや御の字とするッきやァねへヤ。姐さん、また寄つてくんな。ぽつぽつ書いてッからナ。

 喜の字

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