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2010年9月21日 (火)

正朝屋形船宵噺(しょうちょうふなゆさんよいばなし)

 つい先ッ比(ころ)ヨ。日も西ィかたむた丁度いゝッころに門仲(門前仲町)に気のおけねえ同士であつまり、流しの駕(かご)ォひッつかめえて、越中島は船宿内田の川岸ィおッ勢(ぜい)で押しかけたと思ひねへ。やつはり江戸の気ッ風だねえ。なにが感心したかッてと、小ぎれいなことヨ。道から川岸まぢァ鳥渡(ちよいと)間があるんだ。そこをでへじなお客さまのお履物よごしちやァいけねへッてこゝろづかいでやしよう。これが道ならほうき目が立つッてやつヨ。板をならべた木造りの桟橋、木の葉いちめえおちていねへ清め方。うれしいねえ。小ぎれい小ざつぱりッてのが、お江戸の気風ヨ。
 今宵は春風亭正朝さんの噺をきこうッて魂胆で好きもの同士が四十(しじゅ)ッたり集まつて屋形船仕立てたッてわけだ。あつしァでけえこと言ふわけぢやねえンだが、噺家さんだの芸人さんを師匠だのさん付けで呼ぶァは憚りさまだがお断りだつたンだ。そうだろう。媚びてるやふだし、親しいンだと天狗になつたみてえでしゃれくせえヤ。先方さんはあつしの師匠でもお客さまでもねえンだ。お客さまはこつちだよッてネ。だから、志ん生だって六代目圓生だつて呼び捨てヨ。ところがこの正朝さんはいけやせん。なんせ高座ぢやねへ素の宴席で向かい合せになッちまつたンがはなの出会いヨ。でやすから呼び捨てにやァできねへ。こんどで三度目の顔合わせなんだが、はなンときもじつァどつかの高座で噺ァきかしてもらつたお顔だなト思ひやしたヨ。見覚えがありやしたからネ。
 なんの役にやァならねへがいってらッしゃいましト船宿のおかみが舳(とも)にそつと手をそえて船をおしだす江戸の所作もなく内燃機関の音ごんごん\/と川を下る。見渡せばいつのまにやらそこかしこ陸(おか)に灯がともり、吉原ばかりが月夜かなの風情。ご存じお台場に、軒先に赤提灯づらりとならべ景気自慢の屋形船ェたゞよわせ、さて一席ご機嫌をうかゞいやしてトは言はなかつたが、正朝師匠のお待ちかね船徳の高座。船で船徳をきくッてェ洒落の趣向。この噺を揺れながらきくッてのはそうそうできねえあすび(あそび)ですゼ。あつしの鳥渡した知り合いが正朝師の贔屓の尻もちしてンで声をかけてもらつたが占めこのうさぎで一枚まぜてもらいこの耳福の宴席。ふだんは志ん生の噺ァCDなんて録音円盤で餓鬼ッころさんざんきいた噺を懐かしくきいておりやすが、このなげえ噺ァいくつかに切れてやして、主人公の徳兵衛の役柄も変わるンだが、この宵は正朝の独演会。勘当されて転がりこんだ船宿で船頭になるッて始まりから、お客さん船頭もふひとり雇つておくんなさいの下げまで、船頭徳兵衛の駆け出しじでえをすつきり聞かせてもらいやした。贅沢にやァつづきがありやして、船に乗り込んだときッからあつしのめえに並の二人分はありそふな大男が藍微塵の小千谷縮の対に鳥の子色の博多帯。噺家にも相撲あがりのいかついのがゐたが、こちらは笑みに愛嬌(あいけう)のあるどこかで見た顔。おゝそふヨ、角力の大至関(だいしぜき)。なんと洒落にトリで、相撲甚句をいくつもご披露。ドでかい図体からでる声ァはりがありやすねえ。こいつァ思ひがけなく手にいる百両ぢやァねへが耳にいる果報。も一ツ果報は船宿内田の刺身にあわびの振る舞い。かさねてその肝の当座煮の振る舞い。こいつァご馳になりやした。噺、甚句、漁師料理。秋の船遊山(ふなゆさん)、鼎(かなえ)三昧の宵ヨ。どうでえ。

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