無料ブログはココログ

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

2010年5月23日 (日)

鮨極美家古(にぎりのきわみ)

 銀座ィ往くゥ用があつたんだがなんか急に彌助ェつまみたくなつてそいつゥ跡(後)まわしにして浅草へまわつて弁天山美家古の暖簾(のうれん)くゞつて附台(つけだい)のめえに席ィきめ握り十貫の浅茅を大将に頼む。飲み物は例によつて茶の一点張りヨ。ハイお待ちのはなハ昆布〆の平目と真鯛。この登場はお決まりみてへなもんだが、どうもいけねへ。平目と鯛ぢやァ歯ごたえも味わいもちがふはずなんだが、こつちの舌が飢えてるからはつきり差を味わう間もなく喉を滑りおちて胃の腑へいつちまう。こんどもそうヨ。たしかに真鯛はすこし歯ァ押し返すやふな弾力がありやすがネ。それも呑みこんぢまつた跡で思ふこと。喰つてる当座ァ喰う気一方ヨ。我ながら卑しいネ。まいどのことだが、落ち着きを取り戻すのは三ツ目ヨ。けふは赤貝。こいつァ肉に厚みがあつてしゃき\/とした歯触りがたまんねえネ。四ツ目はかつを。時季だねえ。身がみつしりしていてうまいねえ。こういうもんつまむと此処ンちの握りァよくわかりやすナ。ねたとしやりとの兼合がとれておりやすから口ン中で同時にこなれてくれる。ねたをでつかくすりや客がよろこぶと悪媚(わるこび)してる見世ァしやりィまたいだやふな大ねたのつけて売りもんにしてるのがあるがねたァ冬の掛け布団ぢやァねへンだ。比(ころ)合うッてもんがあるッてもんよ。そこォ間違えねえのが此処の鮨だと思ひやすヨ。五ツ目はこはだ。これにも煮切りを塗つてくれてるから酢がつんとくることがねえ。酢は隠し味ッて感じだね。六ツ目は才巻海老。海老なんてもんは淡白なもんだがそれェおぎなう仕掛けがしてあるから口ン中にほのかな甘みがひろがつてたまらねへ旨味ヨ。七ツ目は煮いか。いかのたつぷりとした身の厚みと煮詰めの甘みがない交ぜになつて旨いねえ。八ツ目はさわ煮の穴子。穴子は長くてそのまんま握つたンぢや食べにくいと半ひねりしてのせてくれてゐる。こふした気遣いがうれしいねえ。一匹だらりとのせてどうだうちのはでけえだらふなんて自慢するような田舎くせえこたァしねえのが此処ンちの流儀ヨ。大きなものを小さく見せる。一歩ひいて遠慮するが江戸ッ子ヨ。九ツ目は赤身の漬(づけ)。まぐろは赤身だねえ。ほのかな渋みがまぐろの身上ヨ。脂ッ気ェ漬で落とした旨味の跡味に醤油のかおりがふわッときて、あゝ江戸の握りだぜッて気分ヨ。仕上げは玉(ぎょく)。此処の玉は大将が見世で焼いておりやすからねえ、ほんもんだヨ。むかしから玉喰つてみりやァその見世の鮨職人の腕ェわかるッて言ひやすナ。さて跡を惹いたは赤貝。それと蝦蛄(しゃこ)を追加で握つてもらいやしたンだが、蝦蛄は子持ち。いゝ香りがゐたしやしたなァ。いつ往つても弁天山美家古ハ裏切りやせんナ。佳き昼でございやした。ごッつォさん。

2010年5月11日 (火)

謎江戸蕎麦(あやしのゑどそば)

Cauwr1gc

 夕部(ゆんべ)のうちから夜が明けたら江戸蕎麦を喰いに往つてやらふと目論んでゐたのに雨ヨ。天が邪魔ァしやがる。どうするか覚えてろッたッて天に唾する阿呆ッてやつでどうにもなんねへ。でだ、たぐるかわりにかんげへることにしたッてわけヨ。ちか比(ころ)江戸蕎麦ッて招聘(かんばん)で謳つてる見世がありやすよナ。あつしも二度ばかしそうした蕎麦やの暖簾(のうれん)をくゞりやしたンだが、なんだぜ。なんか奇妙だ。蕎麦なんてもんハ暖簾天窓(あたま)でかき分けてなだれこんだその勢いでざるゥいちめへぐい造りでこせへてくんなッて帳場ィ一声かけてできあがったら運も寸もいわせねへでずゞッと手繰つてコウごッつォさん銭ァ此処に置くぜッて韋駄天で仕舞つけるのが江戸ッ子の蕎麦ぢやァねへのかい。あつしァそんなふうに合点(がてん)してたんだが往つた二軒とも調子がちがうねえ。どつちも小料理があつてネ。肝腎の蕎麦のめへにあれだこれだとでてきてそいで酒ェたべさせやがッて舌ァにぶつた比(ころ)にお待ちかねの蕎麦ヨ。調子狂うぜ。蕎麦屋ァ小料理屋ぢやァねへンだ。蕎麦のめへに酒呑むのを蕎麦まえとかいうンだそうだ。どなたさんだか忘れたがこの詞ァ杉浦の日向子師匠が始まりだとか書いておりやしたナ。たしかにヨ。日国

[1]だの江戸語辞典[2]だの大辞典[3]だの繰つたッてのつちやァゐねへし洒落本や滑稽本めくつてもでちやァこねへ。どうせおめへの勉強なんぞたかゞしれてらァと言はれりやァそれまでだが、江戸出来(でき)の書ででッ喰わしたことがねへとこからみりやァやつぱり今出来(いまでき)の詞らしい。そいでだ。いまさらながらわざ\/江戸蕎麦トなのるッてのはなんなんだろうねえ。つなぎが二分蕎麦粉が八分の二八蕎麦だからッてのか、まさか平成のこの御代にお代が十六文ッてへわけでなし。奇妙ぢやァござんせんか。つなぎ二分の蕎麦粉八分の蕎麦なんて広いこの世に掃いて捨てるほどありやしよう。それだけのことで仰々しく江戸蕎麦なんてなのるのはおこがましい。そんな謎がずつと天窓(あたま)にしッかゝつて(ひっかって)おりやしたンだが、こないだあるとこの出歯近眼(でぱちか)でその場で喰わせる蕎麦屋が暖簾はつてやがつて脇に高札だして講釈をたれていやがる。粋好みの江戸ッ子はあく抜き蕎麦を煮抜き汁で喰つてたッてんだ。そいつを復刻いたしやしたッてのヨ。あく抜き蕎麦ッてのは言はずと知れた蕎麦殻を抜いた白い蕎麦。煮抜き汁ッてのはあつしでもご存じヨ。醤油がいきわたるめへは味噌味の汁だつたんだ。信州高遠で喰わせる蕎麦ァいまでもてえげへこれヨ。古いものは遠くに残るッてネ。汁の旨味が濃いねえ。こいつを舌でたしかめに往こふとたくらんだのに天メ、雨ェ降らしやァがつて。覚えてゐやがれ能(いい)天気の日に雷(らい)の鳴るやふな音ォたてゝすゝつてやッから。

2010年5月 9日 (日)

午睡名人落語咄(ひるさがりめいじんおとしばなし)

 見上げる空にやァ老いかわけへかわからねへが燕がすいッとかすめ窓からァ柳の風ならねへ隣の大地主の大欅のみどりの風が吹き込んでこいつァじつとしてらんねへトごろり横になり取りいだしたるハ志ん生の録音円盤。うなぎの幇間。あつしァ好きだねへこの頓馬な野太鼓が。愛嬌(あいけう)があつてね。旦那を岡釣して昼飯にありつこふッて魂胆なんだが敵のほうが一枚も二枚も上手。まんまと餌食になつちまうお粗末。つゞいて聴くはお初徳兵衛。あすび(遊び)がすぎて勘当の若旦那馴染みの柳ばしの船宿に居候。家にやァもどれぬと腹ァくゝつて船頭に。その男ッぷりのよさに岡惚れしてた芸者お初と篠つくにわか雨に降りこめられた屋根舟ン中でッてェお咄。そンつぎハ稽古屋。こりやァ音曲咄だそうで中に三味がはいりやすな。デ志ん生が上手と下手を唄い分けるッて趣向ヨ。つぎが大山詣り。熊公が酔つてあばれて坊主にさせられくやしいから先に長屋へけえり一計を案じ仲間連のかみさんの天窓(あたま)ァ丸坊主にしちまうッてお馴染の咄。そんつぎは目先を変えて園生ッたつて先(せん)の六代目ヨ。ついこねえだなつたほや\/ンぢやァねへヨ。このしと(人)ハ与太郎咄やんなきやァいゝ噺家なんだがねえ。生まれついて足りねへ者ォ笑もんにするなんぞハ感心したことぢやァねへ。その咄ンときの六代目園生ハどうにも卑しくッていけねへ。デ突き落としト品川心中を聴きやしたが、どつちも巻舌がいきいきしてゝよごんしたねえ。オッもう鳥渡(ちよいと)すりやァ笑点がはじまるゼ。ぢやァあばよ。

2010年5月 6日 (木)

銀風爽々単出会(ぎんざぶらぶらひとえのであい)

 陽気が能(よ)くなつたと思つたらあッてへ間に暑くなつちまつたト文句を言つても十日もしねへ内に衣更夏は目と鼻の先なンだからしようもねへンだがそれにしても暑いッてんで袷も着ちやァいらんねへから墨絽の半襟かけた茶の絽襦袢に革色[※1]結城の単衣に黒の柄織の帯。扇子と喜世留(きせる)筒ぶちこんだ二本差し多葉粉(たばこ)入ぶらさげ後腰にやァ杖つきぢゞいの象牙根付で誂えの釘貫柄白印伝の小函さげ、手にやァ根付と韻をふんで南鐐(なんりょう。純銀)柄黒檀の杖あまる片手にやァ勝色[※2]に勝虫[※3]ちらしの合財袋。白足袋に雪駄つッかけ銀座の風にふかれにおでまし。お暑うございますと二丁目ふりだしに蕎麦ァたぐって暑気払いト裏通り。時分どきだッてのに煉瓦亭のめえに人垣がねへ。こいつァめッけもんトすばやく戸を明け丁度あいた席へなだれこみ、カツレツ一丁ぐいづくり[※4]で揚げてくんなト誂える。思やァかれこれ廿年の余もめえヨ。雑誌だかなんだかにのつたのが運の尽き。物珍しがり屋の一見(いちげん)客の鈴なりで常連贔屓ァけんつく(拳突)ゝらつて出入もならずそれッきりの縁の切れ。けふ[※5]ハ占子(しめこ)のうさぎ[※6]で薬喰い[※7]にありついたッてわけヨ。脂ッこいもんは佳しとしねへが江戸ッ子の性(しょう)だが、実正(ほん)の[※8]暑さのくるめえに力ァつけるが身のためトしとり(一人)屁理屈こねて洋刀(ナイフ)入れりやァさッくりト切れるカツレツ脂ッこさのねへ東京好み。やつぱり煉瓦屋さんは変わらねへや。腹にもたれぬ軽い揚げ方。腕ァ落ちてゐねへゼ。昼の茶ァ尾張甼(ちよう)[※9]の角にそゝりたつ硝子(びいどろ)のゝつぽ洋館にお店(たな)ァはる水茶屋の二階に陣どつて天下の大(おほ)四ツ辻[※10]見下ろして絶景かな\/ト銀延べ喜世留くらしやァ鳥渡(ちよいと)した伊達気分。その背に銀座の風うけ六丁目。天保八年からお店ァはるくのやの階上ゆかたの新柄みせてくんなト茶室に上がつて片貝木綿や小千谷ちゞみの色柄とりどり思案投げ首。夏らしくすゞやかな浅葱の縞こいつにしやしようかねえト決めかけて脇の太物にふと浮気の目。むこうから手をおだしと流し目くれた玄人好みの黒地にむらさきの細嶋大柄にあしらった小粋な反物。手に取りやァしゃりッとした麻の手ざわり。オヤおめえは小千谷かいト正札みりやァ太物値段。正体みせなト票をくりやァ綿麻混紡。鳥渡麻ァまぜるだけでこんなにも肌触りが軽くなるかト大鏡に立つて反物身にあてがつて眺めてみりやァまんざらでもねへ似合ひ方。こんならぢゞいのあつしにも着こなせやしようと仕立ェ頼んでハイさいならト並木通り。空也の暖簾(のうれん)くぐつて飛び込みで[※11]最中一折(ひとおり)買ひお世話さまと風にふかれて一丁目の骨董長屋。上下ぐるりと回つてけふの銀ぶら仕舞の巻。

【附(つけたり)】
[※1] 革色。暗い灰緑。革を染めるのに多くこの色が使われたところから、この色名がついた。守貞謾稿「菖蒲革。(略)鹿革を以て製之色黒緑也。今世江戸にて絹布の類に革色と云物流布す。即菖蒲革色也」
[※2] 勝色。褐色・搗色(かちいろ・かちんいろ)のこと。濃紺色、藍色の黒に見えるほど濃いもの。「かち」は「勝」に通じるとしてこの色を武家は好んだ。武田信玄の旗印風林火山の幟はこの色を地色としている。
[※3] 勝虫。トンボ、の意。トンボは後退できない虫であるために勇ましいとして武家に尊ばれ蜻蛉柄が好まれた。
[※4] ぐいづくり。急ぎ作り、の意。「ぐい」は急ぐことで、ぐい呑みはあおるように飲むために量が多く入る杯。
[※5] けふ。今日、の意。旧仮名遣い。
[※6] 占子(しめこ)のうさぎ。江戸語。語源不明。しめたッ、の意。
[※7] 薬喰い。獣肉を薬として食べる意。江戸時代の江戸の町にはももんぢいなどと看板を掲げて牡丹(いのしし肉)桜(馬肉)などを食べさせる店があり、主に仕事師(土方鳶火消)や駕篭舁(かごかき)など力仕事の者が食べた。
[※8] 実正(ほん)の。本当の、の意。
[※9] 尾張甼(ちよう)。現銀座4丁目を昭和の戦前生まれの東京ッ子はこう呼んだ。江戸時代、徳川尾張さまの屋敷があった。甼(ちよう)の字は町の字を崩して上下に重ねたもの。江戸の切絵図(地図)などに使われている。
[※10] 天下の大(おほ)四ツ辻。銀座4丁目交差点。和光、三越銀座店、日産、三愛ビルが向かい合う。
[※11] 飛び込みで。予約なしで、の意。

2010年5月 4日 (火)

気短男菖蒲湯當(せっかちをとこしょうぶのゆあたり)

 けふは五月四日であしたは五日老とは言へど男の子端午の節句尚武のこゝろ実正(ほん)の五月五日は旧暦でいまの暦の6月16日。そんな屁理屈ゆつたとて花やの見世先にやァ贋皐月晴れの陽光きりさき菖蒲の刃一足三文で買えるご時世ぢやァねへが偽南鐐数枚ちやりんと投げて釣はいらねへとつときなト言ひてへとこだが諸事身詰りの懐あんべえみつともねへが銅銭しつかりもらい湯船いッぺえに湯ゥはつて菖蒲一束ざんぶと投げ入れどッぷとつかつて鼻都々逸。江戸の町ァ武家の気ッ風だねえ。勝の負けるの男は度胸。尚武は勝負でそいなら菖蒲の葉刀。この湯につかりやァ湯ざめもしねへ。ありがた山(やま)でついつかりすぎ。ぽッぽとあつたか山の春の宵。

« 2010年4月 | トップページ | 2010年6月 »

最近のトラックバック

2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31