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2010年3月18日 (木)

【小道楽】布鞘付女持銀延喜世留(ぬのさやつきめもちぎんのべきせる)

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 多葉子[※1]といゝ仲になつたァ十七の春。きつかけは鳥渡(ちょいと)背伸びしたできごころ、一度火がつきやァ野火の広がる勢いで、気がつきやァじきに深間にはまつて切れぬ縁。思ひ返しやァそのもとは、洟たらしの餓鬼時ぶん、葉巻洋喜世留[※2]くゆらす親父の膝にまとわりつき、そのけぶ(煙)の薫り酔いしれてはやく大人になつてこの多葉粉、吸いたいもンと願つたがはまる元。その縁も初めがありやァ終りがあるがものゝ道理。丁度三十路半ばの三十五、十八年の腐れ縁あばよとすッぱり切つてゐたものが、なんの因果か信州松本お城下ふらりとたちよつた骨董屋の見世の中、きらりと光る南鐐(なんりょう[※3])一筋。つい手にとつたが運のつき。見世の女将ァ水性[※4]か、旦那がそこにゐるから値切つてごらんなトけしかけやがる。えェィしゃらくせへ、そう言はれてヘイさい(左様)ざんすかト値切れるお兄哥(あにィ)さんとお兄哥さんがちがうんだ。こちとら江戸ッ子よ、ものを値切つて買うよふなけちな真似ァしねへンだ。五十のものなら百、百のもンなら二百と気前をみせる男伊達ヨ。見損なうねえ。コウとッつァんこの銀延べァなんぼでえ。ヘイお客さん引きもしなけりやァ掛値もありやせん一万ぽッきりでございやすヨ。なんでえ一万両かいこいつァ下直(げぢき[※5])だ。釣やァいらねへよト縞の財布からたつた一人居残りしてた福沢の諭吉ッつあん引き出して別れ盃かわす間もなく親爺の手。泣きの涙ァかくして忍び泣き。これでとうぶん諭吉ッつあんの面ァおがめねへ。トふところにして戻つたがこの銀延べの喜世留。女持男持はどこでわかる。吸口に脂止(やにどめ)がなくすつきりとした造りが女持とか。口をあまりあけずに吸える工夫、多葉粉でも吸おうかッてえ粋な女を不細工にしねへ粋な細工ヨ。この銀延べが焼け棒杭(ぼッくい)に火。切れてた縁が多葉子とつながり、三原山ぢやァねへけれどときどきけむ(煙)はく始末。サテこの女持、対になつてた布鞘は帯地仕立。もと呉服問屋の倅ッてお人がこの織り方ァいまはもうありやせんとなつかしそうになでさすつた幻の帯地。同色の糸で宗丹の刺繍。もとの持主ァ粋な姐さんだね、長さ七寸の女持ィいれて帯の左ィ縦差しにしてゐなすッたんだろふねえ。わけえときァさぞお奇麗な男殺し。そんな姿ァしのばせるすつきり仕立の喜世留でござんす。

【附(つけたり)】
[※1]多葉子。たばこ。江戸時代の江戸では多葉粉の当字が洒落として行われていた。それを女名にさらに洒落た。
[※2]洋喜世留。パイプを洒落て当字に。
[※3]南鐐(なんりょう)。純銀の意。
[※5]下直(げぢき)。安値の意。高値は高直(こうぢき)。共に江戸語。

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