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2009年9月 3日 (木)

【番外】親の因果

 電車に乗り込んだら、色気盛りの姐ちゃんがあぐらかいてやがる。あっしゃァあきれて息ィ呑ンじまったぜ。それも三ツならんだ優先席のド真ン中、三席独り占めヨ。脇の席にやァ南蛮肩掛け袋(ショルダーバッグ)投げ出して、手習指南所の帳面見てンのヨ。浅野の世継ぢやァねへが、大学だな。形(なり)といやァ藍染め綿布半股引、その下に足首まである小豆色のぴったり仕立ての股引。いま時花(はやり)の黒の女股引。その色変りッてやつだ。そんな恰好(かっこ)で大股開きの大あぐらだゼ。ここをどこだと思っていやがる。思わず叱咤しちまッたゼ。「なんて恰好してンだ、あぐらなんぞかくンぢやァねへ。姐ちゃん首ィすくめて、足ィ下ろした。まだ殊勝なとこがあらァ。おッかさんヨウ、頼むぜ、躾けのできてねへ野良娘、お江戸へやッけへ払いしねへでくんナ、世間さまが迷惑すらァ。
 けふはその跡(後)がまたいけねへヤ。腹ァつくろうと、百貨店(しゃッかてん)の中の天麩羅屋にへえったのヨ。こゝは銀座に暖簾(のうれん)張る大店(おほだな)の出店(でだな)ダ。便がいゝンでちょいちょい立ち寄ちよる。案内された席の隣にやァ年格好からみて孫娘とばあさんッてとこかね。孫娘たッて洟垂らしぢやァねへ。十七八から二十歳(はたち)ッくれへか。髪ィ毛唐に染めちァゐるが、これがいゝ娘でねェ。ばあさんに、これ食べるだのこっちはどうなんて世話ァやいてんのサ。やさしいおむす(娘)よ。この姐さん、丁字形の洋肌襦袢(シャツ)の袖から出た両の二ノ腕ともに立派な倶利伽羅紋々(くりからもんもん)が覗いていなさる。急度(きっと)背中(せな)一面の彫りもんでござんしょう。あっしゃァ本所の向ふにゐた餓鬼時ぶん、鳶の頭だのその隠居なんだのゝ男伊達の見事な彫りもんいくつも見てきたから、いまさらおどろくもんぢやァねが、彫りもんなんぞというもんは人さまに見えるようにするもんぢやァねへ。真夏でも長袖でつゝんでかくしておくものヨ。ありゃァ心ン中に彫るやふなもんで、覚悟を決めた己への証、魂。言ってみりゃァ侍の刀みてなもんでやしょうヨ。抜身にして、人さまの目にちらちらさせちやァいけねへ。
 このやさしい姐さんがばあさんに言ふのよ。「こゝの見世は売物にしてる天麩羅は不味いネだと。思わず吹きそふになったが、そいつァ見世の中で言ふことぢやァねへから横から言ってやたのヨ。「姐さん、これから喰ふ者がゐるんだ、そりやァねへよトね。そしたらこの倶利伽羅姐さんがとんだ瞬間湯沸器。カッ沸き上がっちまって「人の咄を聞かないでヨオ、こっちの勝手、個人の自由でしょト突如大声でわめいたネ。隣の席の耳に入るようなでけえ声でしゃべっちやァいけねへのヨ。こっちァ聞きたくもなえンだが、耳にはいっちまうサ。それによう、どの稼業の見世でも、その見世ン中でそこの悪口言ったり余所の見世の咄ィするのは礼儀に反すらァ。これを男と女の間においてみりやァすぐ判る道理。いやなら二度とこなきやァいゝのヨ。個人の自由はまいったね。戦後日本の学校教育の大成果だ。自由と勝手は月と鼈。どら焼と十円玉。似てッけど大違いの履きちがえ。帰りがけ、ばあさんはあっしに向かって黙って二三度会釈をしなすった。すべて分かっていなさる。あっしも笑みで返しやしたンだが、倶利伽羅おむすはそいつがまた面白くねへ。ばあさんに「あやまることなんかないンだヨ。お金払うンだ、文句なんかいわれてたまるかァ。そいでも収まンないで、支払いの帳場に大声で喰ってかゝったヨ。「お金払って、なんで文句なんか言われなきゃなんないンだ。困るねえ、金ェ払やァとか客なんだからァとか言っちやァいけねへヨ。そいつを言ちやァお仕舞だよ。それほどの野暮はねへ。見世に遠慮し、他の客に気ィ遣い、邪魔ァしねへようにおとなしくして客にならしていたゞくのが、客の道ヨ。わずかな銭払って、見世ェ一人で買い取ったト勘違いしちやァいけねへ。見世も天下の大道もおんなじ。遠慮して気遣いするもんヨ。あっしゃァそふ思ふヨ。

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コメント

 ほんにネ。こんときほど背中まッちろをくやんだこたァねへネなんてね。倶利伽羅の小娘、きっと三ツ四ツんときに甘やかされできたんだねェ。泣いたりわめいたりすりゃァなんでも思ひがとおるとしちまッたンでやしょう。こらえ性が身につかなかった。
 知り合いに歳ィとってから子をなしたのがいて、可愛い可愛いとしてたら、その手をおぼえて言ふこときかなくなって困ったッて言ってたのがゐたが、そのごどうしてゐるやら。

さて、この度はご不便おかけいたしやした。
江戸のことなら俺が一番と鼻高々のトンチキがあっしの徒然文読み違え揚げ足とりのいちゃもんづけの孫引き知識のひけらかしの書き込み、そのうち莫迦だちょんだとうるせへったらねえンで、ちょいと敷居を高くさしていただいたら、お馴染みさんにまで迷惑をおかけすることになっちまって。敵さんをお出入り差し止めにいたしやしたんで、また元のように、気軽にお書き込みできるよう、元に戻しやすんで、これに懲りずお頼みもうしやす。

 喜の字

大股開きの姐さんはともかく、天麩羅のそいつぁ災難でありましたなあ。大哥もそういうときゃ、背中の唐獅子牡丹をなにげに脱いでちらと見せておやんなせえ……え? そんなものは彫ってねえって? とんだ墓穴をホッちまいました。いやいや。

喜三二賛の言うとおりです。
今の日本は、金を払っているから俺は客だという人が多すぎます。
東(あずま)大学卒業の人も同じ事を行っていました。
あずま大学卒業生では、しょうがないかな?(一応?を付けておきます)

おッかさんヨウ、頼むぜ、躾けのできてねへ野良娘、お江戸へやッけへ払いしねへでくんナ、世間さまが迷惑すらァ。

とい感じるのは同感です。

喜三二賛は現在の東京を堪能しているようですね。

今の若い衆は人種が違うのです。
我々真っ当な日本人と比べると、彼らは「宇宙人」。

奈の字

moon3奈の字の旦那江

堪能だなんておからかいになちやァいけやせん。洒落がきつうござんすゼ。

あっしがであったんハ宇宙人ですかい。こんどこの日本の大棟梁になるお方も宇宙人だそうでやすし、なんとその女将さんッてェお人はなんでも宇宙人に連れられて金星行って来たッてから、わけェわかんねェ。えらい世にうまれちまいやしたヨ。

喜の字

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