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2009年7月21日 (火)

【番外】大慈土用井戸還(おほうれしなつのゐどかへ)

Photo  うだるやふな閏(うるう)皐月[※1]の廿四日(にじゆふよッか)。鰻も焼ける土用[※2]の三日めえ。お馴染み紅毛暦[※3]で言やァ7月16ンち。お天道さまァ真ッさかり。天然月代じり\/と。焼ける薄髪青菜に塩。入谷火除けの広小路[※4]。池[※5]をしだり(左)に忍ヶ丘[※6]。森の緑の奥深く。お忍び梅川[※7]座敷で、袂に風入れ、一息ついた生麦酒。ご無沙汰ご無礼久しいものゝかれこれ卅(さんじゅう)年。理由(わけ)あって勝手に身を捨て生別れ、させてもらってた姉二人との再会に、互いに見合わす老いた顔。知らずに町ですれ違やァ、それと気づかず行き過ぎる。三昔(みむかし)の歳の重ねハ並ぢやァねへ。つもる咄もあれこれと、切りなく果つることもなく。汲みつくせねえ大井戸の、涌き出る咄の種に種。はかねへ縁の薄さか蜘蛛の糸、生みの親のおッかさんともぷっつり切れて生き別れ。そのおッかさんが手にして去ったぢいさんの、遺愛の井戸茶碗[※8]、めぐって姉の手の元に。あたしゃア卅年のあいだ預かってゐただけ、こりゃアおまえが使いなせへト手渡してくれた情けの茶碗。ありがたふの礼も思わず湿る涕の声。モひとりの姉からも、茶碗一客贈られる。長年大事にしてきたと言ふ大振り碗。瀬戸の釉[※9]か、渋い色。覗きやァ見込みがたっぷり広い技の造り。いかにも茶筅が振りやすいと見たハ間違いなし。点てる薄茶も芳ばしく、思ふだけで立ちのぼる碾茶(ひきちゃ)の香り。濃茶薄茶の二碗(ふたわん)に込めていたゞく姉の恩。礼は言っても言ひ切れへ。不束(ふつゝか)ものはご存じの弟なれど、許してもらいてへ。

【附(つけた)り】
[※1]閏皐月。閏五月。太陰太陽暦(通称旧暦)では今年(平成二十一年)には閏月がひと月五月の後に入り、夏が四ヶ月間になった。
[※2]土用。ここでは夏の土用をさす。
[※3]紅毛暦。現在日本で使用されている暦。グレゴリオ暦。
[※4]入谷火除けの広小路。現、上野広小路。江戸時代に、火事の延焼を食い止めるために道幅を拡幅した箇所。他に浅草雷門前や両国橋袂などが知られる。
[※5]池。不忍池、の意。
[※6]忍ヶ丘。通称、上野の山。
[※7]梅川。梅川亭。元貸座席。10年ほど前から、池之端伊豆栄の出店の一つとなる。鰻割烹。http://www.unagidaisuki.com/umegawatei.html
[※8]井戸茶碗。抹茶茶碗。高麗伝来と言われる。大きさ、釉薬の色合いなどで様々に分類されている。
[※9]瀬戸の釉。濃い茶色と明るい茶色の釉薬に特色がある。古瀬戸などの茶入なども古くから知られている。

2009年7月14日 (火)

偽指切起請(うそなれどまことのあかし)

 ぬしさん江[※1]わちきハほんに惚れやした。残暑みぎりの秋七月[※2]。天保暦[※3]の八朔(はっさく[※4])を、まじかにひかえし文ひと筆。添えし小箱のなにやらと。胸おどらせて蓋ひらく。真綿色せし練絹を、そっと開けばあなおそろしき。小指一本色うしないて、いまハ賽の河原の石の色。えゝィしやらくせえ。こんなしん粉細工のしばや(芝居)で騙される、こちとら、そんぢよそこらのぢゞいとぢゞいがちがうンでェ。息巻きながらも姑息な啌(うそ)ォ、つく花魁のその啌ヲ、つかねばならぬ勤めの身。思やァ胸ふたがれて熱くなる。恋の色のゝ迷い道。表通りも裏路地も、早道脇道知り尽くし、おりやァいっちの通り者。手管ァぜんぶお見通し。わかっちやァいるが騙された、ふりしてとゞける黄金(こがね)のつゝみ。白無垢揃いの八朔紋日[※5]。日本橋本町通り越後屋で、みなに負けねへ仕掛け[※6]をこせえさせ、馴染みの敵娼(あいかた)仲の丁[※7]、居並ぶ雪の花の花にさす。しん粉細工の小指の一本。すっきり騙されてやるが、男の粋。見破ったなんぞト目鯨たてるハ野暮の骨頂ヨ。
 テなことで、江戸の吉原ぢやァ花魁が馴染みの客に起請代わりに指ィ切り落として贈ったそうですなァ。聞いたゞけでも、血の気がひくゼ。きび(気味)がわりィ(悪い)ッたらねへ。実正(ほんと)の指、毎度\/切ってたんぢやァたんなくなちまう。なんせ花魁の身一つに客あまた。そいでしん粉造りの出来合い指で算段。初会に行って指無花魁見たことハねへッてェ咄。洒落本禁現大福帳[※8]に、その造り方の種明かし。「しん粉をとくと練(でつち)て紅粉(かうふん)を以(もつ)て采色(いろどり)むらなく肉色(にくしき)といへるに染(そみ)し所を我季指(わがこゆひ)より少しちいさく[中略]禿(かぶろ[※9])の指(ゆび)を本として己指(わがゆひ)を以て筋(すじ)をうつし絹糸にて能程(よいほど)にて切(きる)也扨(さて)爪は鳶の羽(は)の根を割(わり)て水に浸す事独活(うど)の水中に反(そり)打ほどらいをよしとす是(これ)を爪形(つめなり)に挟(はさみ)てしん粉の和(やわ)らかなるうちに指込(さしこむ)事、トご丁寧なご指南。血ハ魚のを使へともある丁寧さ。これを誂える小間物売りがあるとも書いてある始末。指屋とでも腰高障子に墨文字黒々と招牌(かんばん。看板)にした職人がゐたかもしンねへナ。
 少しめえのこと、てれすこッてへ外題の活動写真ヲ観たッけ。勘三郎の小間物売りがきょん\/扮する品川女郎にどっさりしん粉指とゞけるくだりがありやした。映画の方々もこの禁現大福帳お読みかもしンねへ。お勉強ゥなすつておいでヨウ。世の中ばかにやァできやせんゼ。

【附(つけた)り】
[※1]ぬしさん江。主さん江。吉原で花魁を三度揚げると客は花魁にこう呼ばれ、箸袋に名が書かれる。花魁に限らず、目上の人には「江(ゑ)」、目下には「へ」と、使い分けしていたようである。
[※2]秋七月。旧暦では、一~三月が春、四~六月は夏、七~九月が秋、十~十二月が冬と整然と区切られていた。故に七月は秋である。今年の場合、旧暦の七月一日は新暦の8月20日に当たる。
[※3]天保暦。通称旧暦。太陰太陽暦。天保年代に幕府により、補正されたのでこうも呼ばれる。
[※4]八朔(はっさく)。旧暦八月一日(朔日)のこと。この日、吉原では花魁がこぞって白無垢の衣装に身を包んで勢揃いする仕来りがあった。
[※5]白無垢揃いの八朔紋日。上掲参照。物日、遊里では紋日の字をあてた。五節句などの祝日。その日ごとに花魁は妹女郎や禿たちの衣装などを新調する多大の出費を強いられ、それを馴染みの客に無心する苦労に追われた。
[※6]仕掛け。花魁の打掛などの衣装をこう呼んだ。
[※7]仲の丁。仲之町。吉原を代表する中心の通り。江戸では、町方の町は丁、武家町には町の字をあてることが多かったからか、このように表記している文献がかなりある。
[※8]禁現大福帳。洒落本。牙琴作。宝暦五(1755)年正月、江戸燕屋弥七/岡本坊刊。
[※9]禿(かぶろ)。花魁につきしたがい、身の回りの世話をする女童。

2009年7月10日 (金)

本日極上々大吉(けふハとくべついゝひだぜ)

 あっしが巣ゥくってる処(とこ)ハいまぢやァ東京面しちやァゐるが、鳥渡(ちょいと)めえまぢやァご府内朱引の外の又外、大江戸絵図にも描(か)かれねへ大田舎。それが何処ォどう間違ったか、戦後焼け太りの俄(にわか)景気の引きずりで、雨後のたけのこ安普請、いつのまにやら野ッ原畑つぶしあット言ふ間の町トなり、全国津々浦々野々山々から一旗あげか締め出し喰ったか、三々五々の吹き溜まり。町暮らしの仕来り気遣い、なんも知らねえ鄙育ちが大手を振って歩く奴町。まるで江戸の初めェ見るやふヨ。
 駅前といっても火除けの広小路一つなく、細い路にむりやりこせえた狭歩道。人二人のすれ違いにも、気ィ遣う幅のなさ。そんな小道を自転車が、黙って脇をすり抜けて、そのあぶねへッたらありやしねへ。たまにやァ気のきいたつもりかチリリンと、人さまどけるにベル鳴らす横着者の小憎らし。町暮らしになれたもんなら、鳥渡(ちょいと)すいません脇ィ通らしてもらい升(ます)の一声ぐれへかけるが礼儀。そんな気のきいたやつァ一人としてゐやァしねェのがいつものこと。あきらめ気分で歩いてゐたら、「モシすいませんノか細いお声。はてなんぢやろト振り返りやァ、まだうら若いおッかさん、こどもヲ 自転車に乗せてすぐ後でにっこりの微笑み。「オウこいつは気がつきやせんで申しわけねへトこっちの方が身ィ引いてあやまり一言。こうしたもんヨ。うれしいねへ。若いけど心得のあるお方、町ッ子だヨ。脇ィ通るに声をかけてくれた人はいまのいまゝで一人としてゐねへ。あんたさんが初めて、ありがとよ、うれしいねえ。ト思わずこっちから礼を言っちまったゼ。そしたらあちらさんもにっこり微笑んで軽やかに走り去っていきやした。あのおッかさんなら、お子も誰に後指さゝれることもねへ立派な町ッ子に育ちやしよう。

2009年7月 9日 (木)

【番外】当世時花(はやり)『お江戸悪たれ音頭』

傘の持ちやふで浅葱が知れる
つぼめりやァ横持ち後振り
跡(後)から来る人腹を打つ
階段上れば顔を突く
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

傘の差しやふで浅葱が知れる
行きかう人にも鈍感で
かしげる気遣いまるでなし
骨の先で目ェ突く顔突く
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

電車の乗りやふで浅葱が知れる
走って跳び乗るあわてもん。
田舎の電車ぢやァあるめへし
跡(後)がすぐ来る江戸の電車を知らねへか
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

電車の降りやふで浅葱が知れる
ドアがあいたらサッサと降りろ
ぼんやり者は乗り込む人のご迷惑
もた\/するねへ日が暮れらァ
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

戯作 古言屋幸兵衛  板元 吉原衣紋坂 艸鳥屋重三郎

【附(つけた)り】
唄い方ーーー巻き舌で、威勢よくいきやしよふ。

浅葱。あさぎ。勤番で地方から江戸へ出てきた武士の多くが、着物の裏地に安くて丈夫な浅葱色の木綿を用いていたところから、他者への気遣いを第一にする江戸の風習や仕来りに馴染まない彼らをさげすんで呼んだ。田舎者、の意。

古言屋幸兵衛。こごとこうべえ。落語の小言幸兵衛をもじった。

艸鳥屋。そうどりや。艸に鳥で、蔦の洒落。吉原細見や浮世絵の発行で大繁昌、江戸随一の板元、蔦屋重三郎。

2009年7月 7日 (火)

【番外】当世お江戸音頭

  そこの小娘不作法な
 ゆれる電車で
  目ェ書き頬ぬり紅をひき
  これから間抜けを
  騙しにゆくのかい
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

 男も女も不作法な
  ペットぶら下げ
  駅で電車で通りでも
  ラッパ呑み あゝ
  知らぬ恥など かいたも知らぬ
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

 女も男も不作法な
  目の前の居ならぶおまいら
  どうせ知らねへ赤他人
  なんの遠慮がいるものか
  大口あけて大あくび
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

  若いも年増も レストラン
  飯を喰ったらその席で
  目ェ書き紅ぬり念入り化粧
  鳥渡(ちょいと)通りへ
  袖引き行くのかね
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

   戯作 古言屋幸兵衛  板元 大門之書肆 津田屋重三郎

2009年7月 5日 (日)

汐入午柳橋(しおのかほりひるのやなぎばし)

 腹の虫がぐうト啼きやがる。指折りかずえてみりやァあれからかれこれしと(ひと)月。躰ン中ァめぐてった天丼が品切れの様子。柳ばしの大黒屋[※1]へまた往かずばなるめへ。はっきりしねへ梅雨空つゞき。腰の痛みも梅雨模様。ツムラの品書ひっくりけへし、からくもめッけた八味地黄丸。坐骨神経痛に薬効ありの効能書。くわえて老いのかすれ目もとハ洒落のきいたるありがた山。神仏よりも此の一服。罰当たりにおすがりし、神田川のいっち下。柳ばしハ北たもとの大黒屋。表に出したあんどう(行燈)が、見世開きのお印ト、のうれん(暖簾)かけねへ仕来りの、おかげで分かる客しかこねへが、うれしい仕掛け。馬子駕籠舁(かき)ぢやァあるめへし、がさつく客の喧騒(ぞめき)の中で飯喰ふは、ご勘弁のこちとらにやァうれしい亭主のしつらえ。木格子の引戸明けりやァ、「ハァイいらしゃいませ、のお出迎え。ツイと上がってひとまず二階の角部屋。ひいやり冷やしてお待ち申しあげておりやしたッてェいゝ比(頃)合ひの冷し加減。閑(しず)かな部屋で、窓越しにゆれる柳の梢を眺め、風を想って涼とする。おしぼりに熱いお茶のもてなしがうれしぢやァ厶(ござ)ンせんか。「お席のご用意ができましたト仲居姐さんのお迎え。ハイヨ待ってましたト揚座のめえへ。相客ハ精進落しのご一行五ッ人(いつったり)ト大年増の独客(ひとりきゃく)。板さんが目のめえで才巻海老を捌(さば)き、頭(かしら)ふたつ、手早く揚げてお敷きの小皿。熱々にかり\/。はら\/ト口ン中で崩れてきえる芳ばしさ。うれしいねえ。つゞけてワキの赤出汁が出、一息おいてお待ちかね、シテの丼お出まし。蓋をとれば、芳ばしい胡麻油の香り。こふこなくッちやァ、これがお江戸の天麩羅ヨ。この香りがなんとも言へねえ。揚げたての才巻二本に小振りのかき揚げ、獅子唐の精進揚げを甘からず辛からずの丼つゆにくゞらしてある。まず才巻海老。歯をたてりやァさくッと切れて、しっとりの芯まで旨え。かき揚げハ小海老に小柱蓮根のちいさ切り。歯触りがよござんすねえ。小柱ハあっしの大の字付の好物。選ッて喰やァ、熱い油くゞって身が締まったそやつァ、いっそう味が濃くなってゝ、これまたゝまらねえ。こいで二遍め。あっしゃいゝ天麩羅やを知ったゼ。ご馳走さんト見世ェでようとすりやァ女将「涼しそうなお召し物、こないだもお着物でトわずか二遍目のこちとらを、覚えてくれてる商い熱心。この心がけがありやァ見世の元気はまだ\/つゞくぜ。なにからなにまでこの扱いで、お代はぽっきり野口本道先生お二方[※2]。ありがた山ヨ。
 出て五歩七歩。向いの小松屋[※3]の桧の階段とん\/ト。あっしゃ佃煮ハこゝ一天張り。化け学の妙な薬を入れねへ真ッちようじきなむかしながらの造り方、そのていし(亭主)のこゝろ意気に惚れ込ンでの買物ヨ。穴子と切昆布、ふた桶包んでもらいやしやう。穴子ハいまが時季、脂がのっておいしゅう厶(ござ)り升(ます)の声に送られて、今度ハ七歩九歩、大黒屋ならびの梅花亭[※4]。こゝもひっそり小体な見世。団扇を模した上生菓子、季節をでえじにするうれし造作。見る目にも涼しい。軒の釣忍をゆらす風を感じるようぢやァねえか。こいつをおくんなト小銭を払い神田川。汐の香かほる風におくられてご帰還サ。どうやら、天気のおかげか気のせいか、はたまた八味地黄丸のご利益か、重くいてえ腰ハどッかに置いてきたやうな軽さ。なんともうれしいゝちンちだったねエ。

【附(つけた)り】
[※1]大黒屋。http://www.geocities.jp/daikokuya_tempura/index.htm
大黒屋については、先稿『柳橋初川風(やなぎばしゝょてのかわかぜ)』もご参照あれ。
[※2]野口本道先生お二方。野口英世肖像画入り紙幣2枚。2000円。本道とは、江戸時代の和漢方医の世界で言う内科医のこと。
[※3]小松屋。http://www.tsukudani.net/order/
[※4]梅花亭。http://www.wagashi.or.jp/tokyo/shop/1304.htm

2009年7月 3日 (金)

【番外】おとゝなンですの

 昭和の御代のこと、清純で名をはせたさる大女優が、かまぼこッておととゝなンですのッてのたまいたッてのがかまとゝの始まりト聞いた覚えがあるンだが、そいつァあやしい咄らしいゼ。こないだ手に入れた洒落本大成ッてへ書ヲうれしくってめえにちあっちこっち繰っちやァ拾い読みしてるンだが、そしたらこんなのにデッ喰わしたのヨ。まァ読んでくんねへ。
  五里(ゴリ)魚を古知(コチ)魚の子かいなといふ
   大学柄(ツカ)の人形をこのうち一つこれか(が)かはいらしいといふ類(ルイ) これをかまとゝ言といふ也
『會海通窟』ッてへ洒落本ヨ。寛保三年に京で板行サ。昭和のことぢやァねへ。書き手ハ姑蘇陳可僖。この名、コソチカキとでも読ませやふッてへ魂胆かねへ。外題のほうは、カイカイツウクツってへ腹積もりなのか、それとも洒落本、一筋縄ぢやァいかむ手合いだから、海に出会い窟に通ずト色を匂わせ読み取らせるンが狙いかもしれねへ。
  でヨ。辞書を手繰ったト思ひねへ。日本国語大辞典サ。そしたら、載ってゐたねへ。こんな風ヨ。近世末に上方の遊里で使い始めた語でとヨ。江戸がはなぢやァねへのが癪だがネ。そいでこふあるのヨ。人情穴探意裡外ッてへ洒落本なんだが、こふあるンだそうだ。「年に似合ずかまととばかり云ふお妾さん」こんな具合サ。
 で、五里魚ッてのハ鮴(ごり)のこッたらふ。だとすりやァ、かじかの仲間ヨ。かじかなら目のめえの谷川で獲ったンをその場で白焼にして、あつ\/に醤油をつけて喰ったがなんとも言はれねへくれへ旨かったゼ。古知魚ハ鯒(こち)かねえ。トなりやァこいつは海の魚だ。面(つら)ハおッそろしくまずいが、身は締まって純白。刺身によし、チリ鍋によし。醜男は旨いッて世に言ふのハこれか。

2009年7月 2日 (木)

【番外】しかしなんだゼ

 こねへだの『にやんの事だ』ヨ。あっしが手に入れた洒落本大成にのってるその作のさわりを鳥渡(ちょいと)ご披露申しあげやしたでやしよう。「お手が鳴るなら銚子(てうし)とさとれとは。ずつとむかしの事にて当世は按摩はヒイと吹き。夜鷹蕎麦は。チリヽン\/とならし。人を呼ぶに。手を叩かずに畳をたゝく国有り。」 この下りサ。お銚子のお代わりッてンで手を叩いて仲居を呼ぶのは平成のいまの御代にまでつゞいたならいだが、そいつハ憚り多しとなつて、代わりに畳ィ叩いた。猪牙で深川どんちやん騒ぎ、こいつもお上の目が光る。やむなし大川渡らず柳橋、船宿の二階へしけこんで猫を呼び、三味の音下げて爪弾かせ、鳥渡喉を聞いたり聴かせたりの渋いお遊び。こいつァみんなお上の奢侈(しゃし)ご禁止の差し障りからでたンだッてねへ。按摩はヒイと吹きッてェ書いておりやすンだから、天明元年よりめえハ、売声ッてのも変だが町を呼ばッて歩いてたンだらふ。そいつが小さな笛を吹いて歩くやふになつたッてェわけだ。夜鷹蕎麦が繁昌するやふになつたら、つぎに出てきたやつァ屋台の軒に風鈴ぶる下げやがッた。売声なしでも分からふッてものヨ。天窓(あたま)のいゝやつァゐるもんだゼ。人呼んで、風鈴蕎麦ともッてネ。洒落本もばかにやァできねへ。天明元年、いまおなじみの西暦で言やァ1781年、こンときこの書ハ出たンだが、そンころのご時世が分からふッてものサ。お作者の止動堂馬呑先生、ありがたや\/。

なお\/書き
 あっしが青の比(頃)の朋友(だち)に、のぞき機関(からくり)の口上なんかゞうめえ野郎がゐて、こんな文句をおせえてくれやしたッけ。
  親ばかチャンリン蕎麦やの風鈴もりかけ八厘按摩上下(かみしも)十六文

2009年7月 1日 (水)

【番外】にやんの事だ

 東風吹かば梅雨[※1]も最中となに濡れ場[※2]、運も盛りの花と咲くべし。貧の棒引きこのあっしにも、風の吹きやふか豊穣雨の降りやふか、お宝の転げ込み。馴染み重ねし古書肆(ふるほんや)から、毎度の電子早飛脚[※3]。こんけえハ逃しちやならむの「洒落本大成[※4]」、補巻を入れて全三十巻、紙一めえの欠けもねへ揃い踏み。洒落本と言やあ、江戸がつくりあげた文の栄。野暮にや分からぬ粋の世界。ぜんぶまとめて引受やしやう。こいつを読まずにおらりよふかッてんだ。洒落本の皮ッ切り[※5]ト言はれる享保十三(1728)年の「両巴巵言(りょうはしげん)」から、「遊子方言(ゆうしほうげん)」ハあたりめえ、江戸のどんづまり慶應三(1867)年刊行の「苦界船乗合咄」まで、集めに集め写しに写した大労作。もふこの上ハ出やせんでしやうッてへ上々大々吉のおほ(大)たから(宝)本。祝の一献代わりの、お付き合い。天明元年(1781)夏四月跋止動堂馬呑作「にやんの事だ」ハヲ鳥渡(ちょいと)ご披露。「お手が鳴るなら銚子(てうし)とさとれとは。ずつとむかしの事にて当世は按摩はヒイと吹き。夜鷹蕎麦は。チリヽン\/とならし。人を呼ぶに。手を叩かずに畳をたゝく国有り。」ヲッとそいつァ柳ばしハ船宿二階の咄かいッてネ。「硯の海に筆をひたして。紙のついゑをいとひて。反故(ほうご)のうらへ書きしを。我朋(わがとも)來リて。くりかえし。ツヽ是はニヤンノコトダカ分らぬ。ニヤンノおもしろくも。ニヤントモなひといふをすぐに。ニヤンノコトダと。題すると云々」。ほんの序文のさわりだけ。本日ハこれきり。

【附(つけた)り】
[※1]東風吹かば梅雨。東風と梅は、菅原道真の歌で、縁語。梅と雨は梅雨で縁語。
[※2]なに濡れ場。なにぬれば、を濡れ場の字を充てて洒落た。
[※3]毎度の電子早飛脚。近松門左衛門「冥土の飛脚」のもじり。
[※4]「洒落本大成」。中央公論社、昭和五十三年より刊行。A5判。
[※5]皮ッ切り。背中に最初にすえる灸。皮を焼切るのでたいへん熱い。転じて、ものの最初の意。

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