【番外】大慈土用井戸還(おほうれしなつのゐどかへ)
うだるやふな閏(うるう)皐月[※1]の廿四日(にじゆふよッか)。鰻も焼ける土用[※2]の三日めえ。お馴染み紅毛暦[※3]で言やァ7月16ンち。お天道さまァ真ッさかり。天然月代じり\/と。焼ける薄髪青菜に塩。入谷火除けの広小路[※4]。池[※5]をしだり(左)に忍ヶ丘[※6]。森の緑の奥深く。お忍び梅川[※7]座敷で、袂に風入れ、一息ついた生麦酒。ご無沙汰ご無礼久しいものゝかれこれ卅(さんじゅう)年。理由(わけ)あって勝手に身を捨て生別れ、させてもらってた姉二人との再会に、互いに見合わす老いた顔。知らずに町ですれ違やァ、それと気づかず行き過ぎる。三昔(みむかし)の歳の重ねハ並ぢやァねへ。つもる咄もあれこれと、切りなく果つることもなく。汲みつくせねえ大井戸の、涌き出る咄の種に種。はかねへ縁の薄さか蜘蛛の糸、生みの親のおッかさんともぷっつり切れて生き別れ。そのおッかさんが手にして去ったぢいさんの、遺愛の井戸茶碗[※8]、めぐって姉の手の元に。あたしゃア卅年のあいだ預かってゐただけ、こりゃアおまえが使いなせへト手渡してくれた情けの茶碗。ありがたふの礼も思わず湿る涕の声。モひとりの姉からも、茶碗一客贈られる。長年大事にしてきたと言ふ大振り碗。瀬戸の釉[※9]か、渋い色。覗きやァ見込みがたっぷり広い技の造り。いかにも茶筅が振りやすいと見たハ間違いなし。点てる薄茶も芳ばしく、思ふだけで立ちのぼる碾茶(ひきちゃ)の香り。濃茶薄茶の二碗(ふたわん)に込めていたゞく姉の恩。礼は言っても言ひ切れへ。不束(ふつゝか)ものはご存じの弟なれど、許してもらいてへ。
【附(つけた)り】
[※1]閏皐月。閏五月。太陰太陽暦(通称旧暦)では今年(平成二十一年)には閏月がひと月五月の後に入り、夏が四ヶ月間になった。
[※2]土用。ここでは夏の土用をさす。
[※3]紅毛暦。現在日本で使用されている暦。グレゴリオ暦。
[※4]入谷火除けの広小路。現、上野広小路。江戸時代に、火事の延焼を食い止めるために道幅を拡幅した箇所。他に浅草雷門前や両国橋袂などが知られる。
[※5]池。不忍池、の意。
[※6]忍ヶ丘。通称、上野の山。
[※7]梅川。梅川亭。元貸座席。10年ほど前から、池之端伊豆栄の出店の一つとなる。鰻割烹。http://www.unagidaisuki.com/umegawatei.html
[※8]井戸茶碗。抹茶茶碗。高麗伝来と言われる。大きさ、釉薬の色合いなどで様々に分類されている。
[※9]瀬戸の釉。濃い茶色と明るい茶色の釉薬に特色がある。古瀬戸などの茶入なども古くから知られている。


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