【番外】東京をなめるンぢゃアねへ
場末のでっけえ駅の構内を横切ってたら、向うから己惚鏡(うぬぼれかがみ[※1])ィ手に面(つら)に肌色白粉(ファンデーシヨン)塗りながら小娘が急ぎ足で来た。「コヲ、姐さん待ちねえ。人中(ひとなか)で化粧なンぞするもんぢゃアねへト思はずあっしゃ怒鳴ッちまったゼ。電車ン中でやってる盆暗(ぼんくら[※2])ァちか比(頃)増えてむかッ腹がたえねンだが、けふの歩きながらッてのハあきれ果てた。遂にこゝまで堕ちたかッてネ。それもやふ、見るからのあばずれならだが、どうみても初(うぶ)な面。おとゝい山からおりて来ましたッてェとこ。渋皮のまンまよ。かなわねえゼ。
その跡(後)食い物やに行ったら、卓でわけえのが四(よ)ッたり盛り上がってやがる。やけに騒がしいなと見たら、南蛮絵札(かるた)であすんでのさ。「そんなもんハこゝでやるもンぢゃアねだらうふ、仕舞えッて言ってやッたら、中の小娘がくす\/ッて笑いやがった。このあまも盆暗ヨ。この世に怖いものがあるのを知らねえ。別にあっしがその怖いもんッてえわけぢゃアねけど、用心が足りねえッてことヨ。もしも声かけたのが地廻りだったら、くす\/ハ待ってましたの因縁づけのネタ。只ぢゃァすみやせんゼ。「てめえら、善し悪しの区別も親におすわってねえのかトそこまで言ってもまだ手から札ァ離さなねえンで、「それとも、見世に嫌がらせでやってンのかいッて畳み込んでやったら、「いゝえ、違いますトやっと片づけやがッた。おめえらが勝手放題に育った山ン中や野ッぱらと、このお江戸東京は違うンでえ。人さまに迷惑をかけねえやふに、気ィ使って一歩遠慮してすごすッてのが東京の町ッ子ッてえもんだ。東京をなめるンぢゃアねへゼ。
全国の親御さんよ、躾してから東京へ出してくンな。山育ち野育ちのまンま東京はおッぽりだされちゃア迷惑ヨ。東京はおめえさんたちの馬鹿息子馬鹿娘の捨て場所ぢゃアねえンだ。東京は江戸のじでえからあっしら代々の土地のもんがきちんと仕来りを持ってつくってきた町ヨ。このふるさとヲ礼儀知らずの芥の巣にされちゃアたまらねえゼ。
【附(つけた)り】
[※1]己惚鏡(うぬぼれかがみ)。手鏡、の意。鉄製のものではなく、ガラスを用い裏に水銀を塗ったもの。江戸語。<三人吉三巴白波>万延「こゝに夜鷹のおはぜ、小さな箱に化粧道具を入れ己惚鏡で顔をしてゐる」
[※2]盆暗(ぼんくら)。賭博用語。丁半賭博等で骰子を振る場を盆と呼び、丁半それぞれの掛金が揃ったかどうか一瞬で暗算できない者を盆が暗い、すなわち盆暗と呼んだ。間抜け、役立たず、の意。江戸語。



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