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2009年5月31日 (日)

【番外】腰痛無筆 

 もふ二年越しにもならふッてえ痛みがしぶとく腰に貼りついたまンまはがれねえ。きのふハあっちの揉み療治、けふハこっちの整体のト、療治三昧の明け暮れながら、伝い歩きの杖突き歩き。情けねえが仕方がねえ。長の山住まいのときゃあ、どこィ行くにも乗物てめえで転がしてのお出かけ。一歩も地べたァ踏むこともねえ大名暮らし。それが華のふるさとお江戸に戻りゃア、どこ行くのもおのれの足が頼りのしがねえ徒士(かちざむらひ)。辻駕篭しろう(拾う)銭もなし。歩き歩いた報いが来たか、文机のめえに座って電脳箱たゝく間の辛抱もできぬ辛抱駿河の不二。『喜三二江戸っ子修業手控帖』の細筆も無沙汰の不始末続き。これが、堪忍願う詫状でござんす。

2009年5月21日 (木)

大江戸謎十一屋(おほゑどなぞのじゆういちや)

 生れは江戸と言ッても場末ト鼻ッつァきであしらわれた麻布の産。めぐる歳月花もみず、いまぢゃアしがねえ都落ち。馬糞ゆかしい練馬の果て。吹き来る風も大根の、ひりゝトしみる田舎風、大川懐かし汐の香恋し。そんな在にも江戸所縁(ゆかり)、なんやらおもえる酒屋が一軒。その名も不思議、十一屋。このかずえ、なんの数字か謎のまゝ、分からぬまゝにはや五十年。気にしてあるきゃア江戸古来、あすこの町に一軒こちらの通りにまた一軒、おなじ名みかけるお店(たな)の名前。こいつァ急度(きっと)由緒あるはず。そんなあっしの狙いたがわず、けふ読みし三田村の、とびうおぢゃあねえ鳶魚(えんぎょ)先生の「市井の風俗。その一章「時刻の話でその長年の、謎が娘十九の春の帯、はらりと解けたッてェありがた咄ヨ。鳥渡(ちょいと)ひいてしんぜやふ。
「ちよつと『兜軍記』を引繰り返して見たら、『朝七つから店出して、夜の四つに店仕舞、七つと四つの時を合せて十一屋と申します』といふ饅頭屋の文句がある。ト旦那書いてござる。これで合点。こいつァ洒落てらア。真ッちょうめんに屋号つけたんぢゃア曲(きょく)がねえッてあすぶ(遊ぶ)の芸当。見上げたものよ。朝七ツと言やャあ、立夏(新暦5月5日)過ぎのいま比(頃[5月21日])でもまだ真夜中みてえな午前2時半比。夜四ツは10時じぶん。とんでもねえ働きもんヨ。畏れ入谷の鬼子母神だってへばろうッてもんダ。
 数に洒落た屋号なら、上野池之端の櫛や十三屋。いまさら絵解きも野暮なくれえに名高けえが、九と四と足して十三ヨ。もうひとひねりしたのが浅草伝通院通り、よのや。こゝも櫛やヨ。くしハ苦死で縁起がわりい(悪い)ッてんで、ひぃふぅみぃよぅトかずえてよトしたッてえあんべえだらふ。よハ与と書いて、縁起佳しとしたからネ。四段重ねの重箱なんぞハ与の重とよびやすもんナ。屋号ひとつ、ひねってあすぶとこが、洒落好きの江戸らしくてよござんしょう。あしゃア好きだねえ。

2009年5月17日 (日)

【番外】おめざのつづき

 このめえ書いた「格安殺し屋十六文 みだれ振袖ッて戯作が滅法界気にいってねえ。この書き手の松岡弘一ッてえお方のほかの本読みてえッてンで探しやしたら、あったねえ。ただ、おんなじ格安殺し屋十六文ッてえわけにゃアいかねえのヨ。なんてったッて、ありゃ一冊しきゃ書いてねえらしいからネ。出てきたンは、「妻恋い同心 人待ち小町ッてんだ。めえのみだれ振袖も気ィしく(惹く)外題だが、こんどのも気ィ持たせやがる。松岡の兄哥(あにィ)、やるねえッてやつヨ。待ちかねたぜッてンでひらくと、あっしゃアのっけの二行で嬉しくなっちまッたぜ。まァ鳥渡(ちょいと)読んでくんねえ。こんなあんべえ(按配)ヨ。
「何か変だ。
 土筆塾(つくしじゅく)という手習い指南所(寺子屋)の前を通り過ぎた際に、弥三郎はそう思った。

 どうでえ、これよ。感心すンだらふ。えッわかんねだとふ、しっかりしておくんなよ。盆暗ハよしにしやしょうや。見どころは、言ふまでもねえやな。手習指南所ヨ。うれしねえ。泣けるぜ。江戸ゥ知らねえ場違いのお方にゃ、なんだと思ふかもしれねえが、こゝが肝心、江戸の礼儀ッてとこヨ。寺子屋ッてえ呼び方ァ、なんでも銭金の商売ずくにしちまう浪速のもんヨ。礼儀をたっとんだ公方さまの武家が町の骨ェなってる江戸ぢゃあ、おせえて(教えて)いたゞくおッしょさん(お師匠さん)のとこを商売屋みてえに呼ンぢゃあご無礼。屋なんて言はなかったのヨ。そこんとこ、知ってかしらでか、戯作も劇も悉く寺子屋で済ましていやがる。おいらァ腹ァ煮えてなンなかッたゼ。けふ(今日)これにであえて、あっしゃァ胸がすっきりいたしやしたヨ。松岡のこうィッつあん(弘一さん)ッてえおしと(人)ハ書き物の指金ェきっちりしなさるお方ヨ。あっしゃ贔屓するヨ。

2009年5月14日 (木)

【番外】昼寝のおめざ

 ほとんどいちンちおきに昼下がりから養生所ィ往っちァ暮六ツすぎまでゴロ寝してくるいゝ身分もこの卯月(旧暦)半ばで丁度十と五年。寝ッぱなしに寝てもいらンねから退屈しのぎに本なぞ読むンだが、なんせそんときゃあ左腕ァあっしのもんであっしのもんじゃあねえ。養生所にあずけてぶっとい針二本ぶッさしたまんまなンで、きまゝになるのは右腕だけ。そんなんで片手で持って読めるとなりゃちっせえ懐本ぐれえ。文庫本ッてやつサ。もちろんあっしのことだ。読むもんハ江戸物だわさ。
 そのおもしれえのをめッけたのヨ。題して「格安殺し屋十六文 みだれ振袖ッてンだ。戯作者は松岡弘一ッてお人で、板元は学研ヨ。格安殺し屋十六文は添題になっておりやすが、仕舞まで読んでみると、この跡(後)も松岡のこうィッつあんはつゞけてお書きなさる腹らしい。だからこいつを連作の題になさらふッて仕掛でやしょう。
 この殺し屋、蕎麦屋の一家でやってンだ。一家ッたってあいまいなもんで、親父の七五郎に息子の常吉、その嫁のお民。二人は祝言は挙げてねえ。七五郎にァかゝァはゐねえンだが、外にいゝのがゐる。それが拝み屋のおもん。これが滅法界いゝィをんならしいンだ。あっしァ見てきたわけじァねからしかとはわからねがネ。そのおもんのとこに、拝んで恨みを晴らしておくんなせえッて頼みが持ち込まれる。おもんがそいつを七五郎につなぐッてわけだ。息子の常吉は親父の手。仕掛賃ハ十六文。表の稼業が蕎麦屋だからァてンで洒落を利かせたッて寸法サ。よくそんな小銭で命懸けの殺しをやるねえト按じたくなるが、そこはそこ、つなぎのおもんがそれなりの金をとるンで十露盤(そろばん)は取れてるッて仕組みなんで、読手のあっしがしんぺえするこたァねえらしい。御本家の仕掛け人梅安のほうじゃあ百両も二百両もの高直(こうじき)でやるンで、このべらぼうな安値はそいつを逆手にとっての洒落とあっしゃ見たね。
 戯作のゝッけにゃあこんな前書がある。引いてみやしょう。

  汚れ汚れた世の中で
  神も奉行も裁けぬ悪党は
  送って進しんぜよう地獄道
    江戸末期 たった十六文で殺人を請け負う殺し屋がいたという。(江戸裏職尽 佐伯卓真)より抜粋。

 この一文も洒落てやしょう。どっかで聞いたことがあるような。江戸裏職尽ッてのハほんもんかねえ。こいつも、松岡旦那の戯れ文くせえなあ。

2009年5月 6日 (水)

一本勝負湯(いっぽんしやうぶゆ)

 花やのめえ通ったら、菖蒲の葉を売ッてンのヨ。おふそうだ、けふハ端午の節供[※1]だぜ。餓鬼もとっくの昔に大人になっちまいやがっていまじゃいっぱしに所帯かためて苦しい身ながら一家のあるじ。こっちァ孫のあるわけでもなしの隠居ぢゞゐのくたばり住ひ。鯉幟(のぼり)だの菖蒲刀だのなンてもんハまるっきりご縁なしのご無沙汰くらし。花やの姐さんありがた山のほとゝぎすッてンで、偽銀いちめえちゃりんと払ってけえり(帰り)、水風呂(すいぶろ[※2])に放り込んで湯ゥ沸かし、けふハめでたく菖蒲の湯。なつかしいぢァねえかえ。めえハいつ浴びたか思ひだせねほどヨ。急度(きっと)いゝ香りト胸ェはずませて湯蓋とったハいゝが、香りのかの字もしやしねえ。そうだったかね。菖蒲の葉ッてのハ香りはなしかえ。葉ッぱを嗅いだり、茎を嗅いだりしても香りァまるでありゃしねえ。こんなもんだったかねエ。そいでも鳥渡(ちょいと)浸かってるだけで、もふ流れる汗ヨ。それに第一清々しいや。二尺の余も真ッさおの緑の葉が湯ン中で剣先みてえ真ッすぐのびて威勢がいゝヨ。こいつァまさに菖蒲刀。武家の町江戸ぢァ軒に飾ったり、欠かせなかったわけヨ。菖蒲の葉ッてのハむかしァ干して文箱だの軸[※3]の桐函に入れやしたよねえ。虫除になるッてンだよネ。そんなら端午よりいっそ桃の節句にしたほうがいゝよふにあっしァ思ふンだがねエ。箱入り娘ニ菖蒲の葉ッてネ。 【附(つけた)り】 [※1]端午の節供。現在は新暦5月5日に行うが、本来は日本季節感に合った太陰太陽暦の五月五日(新暦5月25日)に行うのが正しい。 [※2]水風呂(すいぶろ)。江戸弁。据風呂が訛ったと言われている。 [※3]軸。山水画などの掛軸。

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