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2009年2月24日 (火)

たそがれ清兵衛異聞

 いまッ比(頃)観たッてえバ遅れもんッて鼻ッつァきで笑われちまうが、損料屋に大枚偽銀二百両払って借り出してきたッてェわけヨ。そいでじっくり観たわサ。まずくれえ(暗い)ンだ。そいつが気にいったヨ。行燈だの蝋燭だの提燈だのゝ明りだけで撮ってンぢァねえかと思ふほどヨ。横ッちょだの上からだの光当てゝねえ。電気のねえあのじでえハあんなもんだと思ふゼ。訪ねた先様の門先で中間(ちゅうげん)が提燈を持って主(あるじ)が出てくるのを待ってる様子を高いとこから撮ってンのヨ。まわりは真の闇サ。そんなかで提燈の明りだけが、心細くも輝いてンのサ。なんとも闇と光がたがいに生きておりやしたねェ。
 それからいゝのハよくぞこんな場所めっけたねえッて感心しちまうことサ。舞台は庄内ッてことになってるから、言いっちァわりいが田舎だ。だからッて今日び、轍の跡のねへ道ィさがすの容易ぢァねえゼ。よくめっけたねェ。えれえヨ。
 台詞も庄内の詞なんだろうねェ。江戸もんのあっしにァわかんねえが、そんな気分ヨ。観てるこっちが、するりと幕末の庄内にへえりこんだこゝろもちがいたしやしたゼ。立戯作者もえれえが、役者さんもえれえネ。簡単にやれるこっちァねえゼ。
 たそがれッて綽名(あだな)ハお城のお勤めが引ける黄昏どき、同輩たちハ居酒屋へ行ったりするンだがその誘いを無愛想に断り真ッつぐけえってしまうことだの、月代や髭を剃らず不精していたり、湯にはろくにへえらずむさくしょぼくれてゐるンで、そんな二ツ名がついたッてえわけだ。清兵衛役の真田広之ッてえお役者ハ無口演じるとじつにいゝねえ。そんなのォじっと観てゝ江戸の士(さむらひ)のお勤めッてのハ黄昏どきまであったのかなァと思ったネ。黄昏どきにお役を終えて、それからつるンで呑みィいったら引上げは何刻になるのかねえ。士が夜歩きしてちァまずかろう。出仕はゝえ(早い)ゝが、けえり(帰り)もはえゝト聞いたように憶えてゐるが。なにぶんにも士は暮六ツ(日没直後)にァかならず家に戻ってなくちァなんねえ決まりがあったンぢァなかったかねえ。それにじでえハ幕末。開府から二百六十年くれえたってる。幕府にかぎらずどこの藩だって、藩士が多くて困ってゐやしょう。一ツ仕事を何人もの藩士で分け合ってゐたンだと思いやすぜ。活動写真ン中でも、清兵衛が庭の畑ェ耕してるとこが写るから、まいンち出仕ぢァねえッてことだ。江戸徳川さまの旗本だの御家人なんか役についてゐても出仕は三日にいっぺんなんてのハざらだったらしいからネ。そいで元々祿がすくねえから、空いた日に内職に目白や虫ィ、躑躅(つゝぢ)を育てたりして口をしのいでゐたッてえそうだ。清兵衛も二人の娘と虫かごづくりの内職をやってンだが、油が高直(こうじき。高値)のはずの行燈を灯してンのサ。十露盤(そろばん)が合わねえゼ。
 それにサ。のっけに月代(さかやき)や不精髭をはやしてるッて言ひやしたでやしょう。庄内が田舎藩だからッて、そんなこたァ許されねえはずだゼ。武士ハ人前にでるときハかならず月代、髭はきれいに剃刀を当てるのが定法ヨ。徳川幕府は、髭は戦国の蛮風ときらい、禁じたと聞いておりやすンだがねえ。なにも言はねえ上役もおかしいやナ。藩主が清兵衛の躰が匂うのに気づき、「藩士たる者、城下の民の規範になるようにせねばならぬト躰を清くしておけト言ふンだが、そんときもなんでか不精髭や三分ほど伸びた月代についちァお詞がねえ。こいつも妙ヨ。士はどんなに貧しても身だしなみを忘れず立ち居振る舞いを身ぎれいにするもんでやしょう。
 そのたそがれが、じつァ小太刀の名手だったッてえことが知れる。調べたら道場の師範代だったッてえンだから驚きヨ。藩士の誰がどこの道場に通ってゐたか。どのくれえの腕前だったかぐれえ、いくら武道のすたれた幕末だって、小さな田舎藩なんだから、同輩や上役の間で知らねえッてことハねえゼ。知れる発端ハ長刀真剣の相手を小太刀代りの木(ぼく)で打ちすえたンだが、清兵衛は師から小太刀を習ったッてのヨ。武士ならばだれでも大小両刀を腰に差してるもんだゼ。その長い方ぢァなく、なんでわざ\/みじけえ小太刀の使い方だけおせえるかねェ。奇妙だゼ。小太刀ッてのハあっしァ別にくわしいわけぢァねえが、ありァ戦で組み打ちになったとき長刀ハふるえねえから、そんときに敵の鎧の隙間の脇の下なんぞを刺しぬくもんなんぢァねえのかねえ。活動写真ン中ぢァ清兵衛ハ苦しい身(貧乏)なんで長刀ハ金に代えてしまって、竹光だッてえのサ。そいで小太刀を振るうッてのハ帳尻があってるようなあわねえような妙ちきりんな咄ヨ。
 清兵衛ハ五十石取りだが、お借上が二十石なんで、三十石しかねえから暮向がてえへんだと周りが言ふ。お借上ッてのハ藩の懐が苦しいから、藩士の禄の内から藩が借りたことにして差ッ引いちまうことで、こいつァほとんどゞこの藩でもやってた方策だそうヨ。借りるッてのハ名目だけでけえしちァくれねえ。藩士も苦しい身なら、藩の内証(ないしょう。懐具合)も苦しい。その貧のさまが清兵衛。そいでも愚図者ながら中間をおいて見せてるからちゃんと活動写真にしてるわナ。たそがれどきに藩士が勤めを終えてお城から出てくるトそれぞれの中間が薄暗がりの中で膝をついて待ってるッてえ図ハやっぱり絵になるワ。あゝ、江戸のじでえに観てる自分がゐるような気ィさせてくれるのヨ。こうしたとこがこの活動写真ハうれしいねェ。
 そいで、小太刀の名手トしれた清兵衛に白羽の矢が立って、上意討ちに行かされるのヨ。これがまたあっしにァ妙に思えてしょうがねえ。お上(殿)が亡くなったンで家臣が追腹を切るのサ。共腹とも言ふ、殉死だわナ。藩命で何人と定めたんだそうだ。ところがその中の一人がどうしても切腹しねえ。そいつァ浪々の果て、やっとこの小藩に召し抱えられ必死に奉公に務めたンだと言ふのヨ。なんでわしが死なゝきャなんねえ、納得できねえッてわけだ。藩ぢァ許さねえッてンで先に一人討手を差し向けたンだが、返討にあッちまった。そいで、清兵衛おぬしの腕を見込んだ行けッてんだ。渋々のんだ清兵衛に上役ァおまえに万一のことがあれば子たちのことはかならず藩に先々の面倒を見させるからト因果をふくませるわけヨ。主従三世(さんぜ)サ。
 だがねえ、この追腹の咄ァまゆつばだゼ。こりァ殺し合いばっかしやってた戦国の名残ヨ。なんてッたって江戸幕府は寛文三年に禁止令を出してるンだ。西洋の暦で言やァ1663年。江戸開府は慶長八年で1603年、大政奉還が慶應三年の1867年。この活動写真の中の台詞に、京ぢァ倒幕の浪士がぞく\/と集まって騒然としてるッてンだから、年代の帳尻ァ目茶苦茶ヨ。追腹の風なんぞハ早々となくしてるンだ。江戸時代は残酷だねえ、ト勘違いさせるゼ。なまじこの活動ハいかにも実正(ほんと)ッて感じに絵ェつくってるだけに、知らねえお人は信じちまう。止しにしやしょうヨ、こういうことはサ。
 くゝりに、言わずもがなのことォ一つ。なんで元の戯作者のお方も活動の棟梁(監督)さんも、こんなつらいのつくるのかねえ。棟梁は寅さんのめえもずっと莫迦ァ描いて一筋だったのにねえ。お歳かねえ。命の〆が来るめえに渋いやつゝくってあいつも重いものォつくったねえッて名ァ残してえのかねえ。つれえこたァ現世だけでいゝぢァありやせんか。無理やり時代にあわねえ追腹ばなしつくるこたァねえでやしょう。戯作も活動もなんでもありッてもんでもねえでやしょうヨ。啌は啌らしくつくらねえト世間が信じちまいやすからネ。

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コメント

なるほど、大哥のさすがの江戸目線。山田監督の名作も一刀両断ですぜ(笑)。ただ、のほほんと黄昏て見てたわっしには、雷土のようなお言葉でありまする。
ちなみに、上意討ちのお相手。
ダンス白州の田中泯先生。この思い切った起用は良かった!

moon3ひぐちの兄哥江

 そうなんですよネ。明りのねえ締め切った家ン中でのことなんで、お顔がはっきり見えやせんでねェ。そこが鳥渡(ちょいと)残念でやしたが。切羽詰まった感情と開き直った気持、死をもって反逆する性根とあわよくば逃げてえ本音、このごちゃ混ぜの気持を、討手の刀が竹光と聞いた途端に、返り討ちにして逃げようとするさまをうまく演じておりやしたねェ。
 人間、ほんとンとこハあゝしたもんなんでやしょうねえ。正論を通す勇気と同時に敵に背を向けて逃げ出したい弱さだか卑怯さだかを併せもってゝ、自分でも状況でかわっちまう。
 そんな複雑な役ァあんまり器用な役者さんぢァ軽くなっちまっていけねえのかもしれやせんネ。

 物語書き手の兄哥からこうした文ィいたゞくと光栄ですゼ。

  喜の字

ああ、よかった、暗い話がお嫌いな人がいてくださって。

いえね、真田広之は出始めのアクションスター時代?から大好きなんですよ。
だけどあの原作者の話はどうも重たいほうへ流れがちでさあ。

それとね、モノホンっぽい雰囲気作りなのかどうか知らねえが、時代物の映画、妙に小汚いことが多いでしょう、家も服も人物も。

お江戸の名物、火事で数年ごとに新築されてるとは思えねえ郭だの、必ず月代の伸びてる浪人と、つぎの当たってる百姓服とかね。かと思うと、金持ちと上様はいつもキンキラの錦をお召しで。

あとね、紅毛人に説明しなきゃならないのが、ハラキリ。そんなのは珍しいから有名なので、第一それじゃ死ねねえから介錯が必要なのだし、好き好んでやるやつあいねえ、と言ってるそばから日本の映画がハラキリだの追い腹だのを見せてくれるもんで、嘘言ってるみたいで嫌になるよ。

あたしゃどういうわけか餓鬼の頃から江戸好みでね、どうしてもそんな真っ暗で悲惨な白土三平の漫画みてえな暗黒無慈悲な封建時代だったとは思えなくて。
教科書だの読本にそんなことばかり書いてあるのにはつくづく閉口してましたのさ。

お江戸が流行ったせいか、頭の堅え明治政府ヨイショ世代が逝っちまったせいか知らねえが、そんなに悪い時代じゃなかったとわかって嬉しい限り。

moon3ねこじゃねえやいのお玉姐さん江

 姐さん、おっしゃる通りヨ。あっしァ思わず膝ァ叩いてネ。あの戯作者のもんハよまねえのヨ。なんで惨めや悲惨なことの方へ咄ィもっていくのかねえ。
 切られ与三だの辨天小僧だの、粋な悪たれ書かねえのかねえ。やっぱり江戸東京で代を重ねねえト洒落は身につかねえかもしれねえネ。三代生れ育たないとッて言ひやすもんナ。逆も真だからネ。三代田舎で生れ育つと、それが血になってしみついちまうもんサ。

 江戸の建物の咄もそうだよねェ。三四年にいっぺんは火事で焼け出されッて言ひやすもんナ。裏店ずまいの八や留の貧の字だって、みんな木の香も新しい長屋に住んでたのヨ。ざまァみやがれだッてえの。

 腹切りァ紅毛人に訊かれたら、ほんに困るよナ。あんなことめったにありァしねえ。戯作者がおもしろおかしく書いてンのヨ。

 テレビの劇ァ尻に、これは現実とは関係がありません、なんて断り書きだすこと多いが、映画もそうした方がいゝやネ。これは史実ではありませんッてね。そのくれえ入れねえと、額面通り信じちまうお人好しが多いンだから。
 七人の侍が大当たりしてから、百姓は弱い人たちで可哀相ト本気にしてるのがいっぺえゐるからネ。百姓ッてのハそンな生やさしいもんぢァねえンだ。落武者狩するように、相手が弱いと見たら寄ってたかってぶっ殺して武具を奪ッちまう。戦になりァ褒美と略奪目当てに軍勢に加わる。
 この辺でやめとこう。どっかゝら石ィ飛んでくっといけねえからナ。

 喜の字

moon3ねこじゃねえやいのお玉姐さん江

 姐さん、おっしゃる通りヨ。あっしァ思わず膝ァ叩いてネ。あの戯作者のもんハよまねえのヨ。なんで惨めや悲惨なことの方へ咄ィもっていくのかねえ。
 切られ与三だの辨天小僧だの、粋な悪たれ書かねえのかねえ。やっぱり江戸東京で代を重ねねえト洒落は身につかねえかもしれねえネ。三代生れ育たないとッて言ひやすもんナ。逆も真だからネ。三代田舎で生れ育つと、それが血になってしみついちまうもんサ。

 江戸の建物の咄もそうだよねェ。三四年にいっぺんは火事で焼け出されッて言ひやすもんナ。裏店ずまいの八や留の貧の字だって、みんな木の香も新しい長屋に住んでたのヨ。ざまァみやがれだッてえの。

 腹切りァ紅毛人に訊かれたら、ほんに困るよナ。あんなことめったにありァしねえ。戯作者がおもしろおかしく書いてンのヨ。

 テレビの劇ァ尻に、これは現実とは関係がありません、なんて断り書きだすこと多いが、映画もそうした方がいゝやネ。これは史実ではありませんッてね。そのくれえ入れねえと、額面通り信じちまうお人好しが多いンだから。
 七人の侍が大当たりしてから、百姓は弱い人たちで可哀相ト本気にしてるのがいっぺえゐるからネ。百姓ッてのハそンな生やさしいもんぢァねえンだ。落武者狩するように、相手が弱いと見たら寄ってたかってぶっ殺して武具を奪ッちまう。戦になりァ褒美と略奪目当てに軍勢に加わる。
 この辺でやめとこう。どっかゝら石ィ飛んでくっといけねえからナ。

 喜の字

士農工商、てのが広まったのが間違いの大元でござんしょう。

あたしが足りない脳みそで考えるに、戦国の世が収まって、ある程度階級が出来てきても、そりゃ金があるとか教養があるとかの問題で、大百姓は貧乏侍より上だし、潤ってる商人は当然、自分が社会の底辺にいるなどとは思ったことも聞いたこともなかったはずで。

大まかに二つしかなかったと思うんですよ、侍と、そうでないのと。今で言うなら、民間人と公僕と。

どっちが上とか下とかいう感覚ではなく、接点がないというか。平行社会。別に自衛隊員じゃないからって、差別受けた覚えないですもんね。ま、官僚は人を馬鹿にしてるかもしれませんけど。

なんかね、江戸時代の百姓についての本をいくらか読んだんですがね、へそくり欲しさに女房も機も織るし紙も梳く。開墾すりゃ年収が増えるから喜んでやる。しまいにゃ藩の借金マネージメントまでする。何せ計算ならお手の物。

あんまり可哀想にも思えないんですよ。
もともと、武士だって豪族、元はと言えば百姓でやんしょ?飢饉なんぞあれば、幕府もいろいろ手厚く面倒みてたようで。

まあ、あれだ、いまだに組合とか共産主義とかにいれ込んでるあたりから、石のひとつも飛んでくるかもしれませんな。

なあに、額に向こう傷なんて、カッコいいじゃありませんか。見栄でも切ってごらんなせえ。
ヨッ、きさんじ!!

moon3ねこじゃねえやいのお玉姐さん江

 あっしァ士農工商ッてのハ銭金からどいだけ離れてゐるかッてんで、順番つけてるように思ひやすゼ。銭金は不浄のもんでやすからねえ。ふだん高潔なお方かなト思ってたら、わずかな小銭で正体あらわしちまうッてえ例を身のまわりでいくつも見てきやしたからねえ。
 江戸の町ィ三代生れ育たねえと江戸ッ子にァなれねえッてえのトおんなじことで、農に三代生れ育ちァ否応もなく農の血がしみついちまうッてえことになりやすもんなァ。

  喜の字

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