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2008年12月 8日 (月)

【番外】川柳ひとり柳戯溜(やなぎざる)(十一)

   長袴 たくし上げて乗る 内匠頭

 師走ッてへバ忠臣蔵ヨ。これやってりァ江戸のむかしッからしばや(芝居)は食いッぱぐれしねえそうだが、平成の御代になってもその神通力はかすれねえで残ってると見えらァ。あの松の廊下の刃傷沙汰を餓鬼の時ぶんに活動で見て、ずいぶんへんなもん真面目くさって穿いてるぢァねえかと可笑しかったネ。長袴ヨ。なんであんな動きのわりい(悪い)もん穿くのかねえ。あれからなんべん忠臣蔵観せられたかわかんねえが、そこンとこ咄てくれたもんにャあ、いっぺんも出会わねえ。ずっと謎ヨ。ところがちか比(頃)六十余の手習いでちっとばかしお江戸の勉強したら、その謎がとけやしたのサ。なんと喧嘩させねえ工夫だってェからお笑いヨ。歩くときァ左右それぞれの手で長袴の太股ンとこを持ち上げて足ィはこばねえとからまって転ンぢまうらしい。両の手は空かねえから、喧嘩で殴りかゝることもしにくかろうッて算段だッてえから、おもしれえ。大名だなんだッて言っても、元は野に寝て戦(いくさ)に明け暮れてた荒くれ士(さむらい)。ついこないだまで、敵味方に分かれて命の遣り取りしてたンがハイ戦は終名古屋になって徳川さんの皆さん手下。これからァ仲良くッたって、怨念悔しさ憤り、いろ\/あろうッてェ腹の内さァね。でだ、あの長袴、あっしァてっきり千代田のお城内の控の間かなんかで穿きかえるのかと思ったら、なんとそれぞれてめえの上屋敷から乗物[※]で来るときに穿いて乗る決めになってンだッてネ。あのなげえのを膝の上までたくし上げて乗ってンだッてえから、人さまにァ見せられねえ態(ざま)。内匠頭も上野介も、ともに素寒貧(すかんぴん)の膝小僧抱えて乗物に揺られて来てたんだゼ。笑ッちまうけど、情けなくもあるナ。

【附(つけた)り】
[※]乗物。戸がついた駕篭状もの。武家や上級の僧侶用が使用した。町人や下級武士が乗る竹で作られたものは駕篭と呼び、それには戸はついていない。

   老中は もみくちゃにされ 登城する

 江戸の町ッてのハなんだッてね。走ッちァいけねえンだってネ。走るトなんだ\/なんかあったかッて人が跡(後)追っかけて集まって騒動になるンでご法度になってたそうだゼ。ところがかならず走らなけりァなんねえッて決められてた人もゐるのヨ。なんとそれが幕府の老中だってえから、これお笑いヨ。もちろん、てめえの足で走るンぢァねえヨ。あのお方たちァ当然乗物でご登城ヨ。そんとき、走れッて決まりになってたんだそうだ。露払いからどん尻まで結構な大人数の行列で登城するンだが、その一団が二列になって一斉に走ってるンだゼ。こいつァ大笑いの見もの。大将の老中の姿は戸を立った乗物ン中だから外からはうかゞえねへ。そいでも人の担いでる乗物だから、走りァ左右に揺れるだろう。中ぢァもみくちゃだゼ。
 なんで毎回走るンだッてえと、この理由(わけ)がいゝねえ。普段しず\/と隊列が歩いてゐて、一朝事が起きたときだけ走りァ、世間があッ老中の乗物が走ってる、こいつァなんか一大事が起きたなッてんで、江戸の町が騒然とする。そんなことになっちァいけねえから、なにごともないときからいつも走ってゐりァ、何か起きても世間を騒がすことがねへッて気遣いだってえから、あっしァ感心したねえ。

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コメント

先々まで見通した案をいろいろと出した人達は慧眼でござんしたねえ。

もしかして、お偉いさんをからかってンだけ、みてえな気もしねえでもねえが・・・。

そういやぁ、登城んときゃ、角を90度に曲がんなきゃあなんなかったと聞きやした。
どの御門からでも、お城まで結構あるってえのに、いちいちんなことしてちゃあ、かなり余裕もって家を出なきゃなんねえ。
あっしには出来ねえ芸当だ。感心するよ。


それがですね、いまだに90度、をやってる所があるんですよ。どこだと思いやすか?

亜米利加さんの士官学校でございます。
長袴とまではいかねえが、靴も磨けば服も真っ白、皺ひとつないようにしとかなきゃあなんねえ。
廊下も走っちゃなんねえし、角は真ん中を90度で曲がらないと、見つかったときに言い訳が許されないときてらあ。
もちろん、ケンカどころかウソもいけねえ。
しっかし将校がそんなんじゃ戦争負けちまわないかねえ? 他人ごとながら心配だよ。

moon3ねこじゃねえやいのお玉姐さん江

 亜米利加さんの士官学校ぢァ九十度やってンだァ。律儀だねェ。そいで越南(べとなむ)からこっちァ思ふようにならねえンだナ。越南の密林の中にァ建物の角もねえし、道さえねえから、どこで曲がっていゝか迷ってうろたえただろうし、第一雨と湿気でいつもぐちょ\/ンとこぢァ皺一つねえ服ッてのが、まずできねえ相談だものナ。

  喜の字
 

なるほど。
戦いを戦って勝ち登った徳川さんですねー。お家の安泰のためにはいかにすべきか、よーく考えたものです。

籠で振り回されて登城する老中! となると乗り物酔いがあるお方はツライことで。


moon3風知草姐さん江

 いろいろ先々のことまで考えておりますよねェ。可笑しいようだけど、やっぱりその用心ハ並ぢァありやせんナ。それでこそ、二六十年もの間、戦もせず安泰な国をつくれたンでしょうねェ。ご維新政府は外国で戦ばかしやって、ついに日本は周りから嫌われ者になっちまいやしたもの。考えもんですゼ。

 ほんに老中は、まず乗物に強くねへと務まらねえ。楽ぢァなかったでやしょうねェ。

 喜の字

なるほど~
長袴はそういうことだったんですね。
そういえば先日やっと、「てれすこ」DVDを見ました。
キタさんが芝居で失敗するのがまさにこの「忠臣蔵」松の廊下の場面でしたね。
長袴にひっかかってキタさんがすっころんでたので、今回の喜さまのブログみながら思い出して笑っちゃいました。
あの映画、個人的に一番好きな場面が、キタさんが酒癖悪くなって、宿の皆総出でハダカ踊りするところです。

moon3やよぶ姐さん江

 ほんに長袴で転ぶッてのは、台本書きの手柄だねェ。ふつうかんげえねえヨ。でもよくかんげえりァ転ぶのが当りめえですもんね。
 あっしのお気に入りの場面は三ツございやして。一つはラサール石井が幇間の役やりやしょう。けっこう陰で芸磨いてンだなト感心いたしやすのサ。次が足抜けで親孝行に化ける場面。けっこう町ン中であゝやってお鳥目もらって暮らしてたらしいから、江戸はよかったねェ。三ツ目は最後の最後で、小泉の姐さんが蓮台の上から振り返って、「この野暮ォって叫んで映画が終やしょう。そこがいゝねえ。
 
  喜の字

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