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2008年10月15日 (水)

午后鈴本遊(ひるさがりよせのいきぬき)

 上野広小路から池之端に向ひ、鈴本[※1]酒悦[※2]をとッこして脇ィついッてへえると、蓮玉庵[※3]。こざっぱりした白地に墨一色、みゝずがのたくったのうれん(暖簾[※4])。崩し字ァ無筆[※5]ヨ。あんまし達筆で読めねえ。そいつゥぱッと撥ね除けてへえりァまだ午(うま)の刻[※6]になったばかし、先客は一人ッきり。席ィ決めて、誂えるのはお定まりのかき揚げのもり。小鉢の蕎麦つゆン中に小海老のかき揚げを浮かべ、もり蕎麦がお出ましサ。そいつゥつゝッと手繰って、つゆのしみたかき揚げをほぐして喰い、またつゝゥと手繰る。いつも思ひやすが、こゝンちのこつァ安いネ。これで野口の大将いちめえ[※7]サ。余所行ってみな。まだ跡[※8]に偽銀[※9]なんめえもくッつけねえと、お客さん御勘定たりませんッてお帳場のお叱り受けらァ。ごッつォさんとゝって返して鈴本のめえ(前)。さっき横目で見ながら通ったときァ何人(なんたり)もたむろしてゐた客の姿ァひとつもねえ。みんな木戸ヲくゞッたようサ。遅ればせながらッてんで、あっしも木戸銭払い、もぎりの姐さんに香盤表[※10]をもらッて中へゝえりァ、もう前座さんが高座で咄の真ッ最中サ。3-5の席に腰ィ下ろしやしたヨ。こゝァいゝねえ。前が通路になってるから膝めえが広々ヨ。足を組むも伸ばすも自在だゼ。
 つゞいては古今亭志ん八[※11]。落語はたいこ腹[※12]。半刻[※13]ほどたったとこでけふのお目当て、橘家文左衛門[※14]の登場サ。座布団に尻が定まるッてえト鳥渡(ちょいと)不逞な面ァしてネ、客席ぐるッとねめまわすンが文左のお決まり。けふも忘れずそっから枕[※15]にへえったヨ。咄の本筋ァ無筆の奴が叔父さんから手紙をもらったが読めねえンで、ふだんからわかんねえことがあったらなんでも俺ンとこに聞きにこいッて大見得張ってる兄哥(あにぃ)ンとこに読んでくれッて行く咄ダ。ところがこの兄哥、でかいこと言っちァゐるがじつァこいつも無筆。読んどいてやるからあさって来いだの、なんだかんだと逃げるンだが、逃げ切れなくなって手紙広げたァいゝが裏返しぢァねえかいトその弟分に言われちまったり、結句(けっく[※16])なんだ兄哥も無筆かァとばれて莫迦にされる始末ヨ。出てくるのハぼけ同士、それがはなァぼけとつッこみで始まるンだがやがてそれが逆転しちまうわけサ。文左衛門ァこういう咄ァ上手いねえ。芸に華があって、勢いがある。あっしァ好きだゼ。
 けふのお目当てァこの文左だったンだが、そのすぐ次の漫才のホームラン[※17]。あっしァ初めて観る芸人さんだが、これが大笑い。腹ァよじれて体ぢゅうが熱くなるくれえサ。それにつづく金原亭馬の助[※18]。この人は落語は短めにして、今日びは演(や)る方ァ少ないンですがッて見せてくれたのが、百面相。思やァこの詞(ことば)も懐かしい。噺家の小道具ッて言やァ扇子と手拭。それに跡ァ羽折(はをり[※19])。これを裏返して割烹着のように前から袖に手ェ通して着といて、手拭を器用に頭巾にしたり、扇子を釣竿や打出の小槌に見立てゝ、恵比寿さんや大黒さんに化けて見せくれたが、ウンなんとなくむかしこういった芸があったなァとおもいだして、安心感のある懐かしさヨ。こんなこと見てなんも考えずにカラ\/笑ってりァ生きてることもいゝもんだゼ。
 仲入(なかいり[※20])で一息入れといて、桂藤兵衛[※21]は金明竹[※22]。桂ッて言やァ上方落語の一門なんだが、ところがどっこい。この噺家ハ林家の一門ヨ。どうなってンのかねえ。この咄ァ大阪弁をなに言ってるかわかんねへくれえの早口でやるとこが要(かなめ)なんだが、お江戸生れの藤兵衛がうまくやるもんぢァねえか。立板に水の勢いヨ。見上げたもんだよ屋根屋のッてやつだ。参ったネ。
 さてトリは古今亭志ん五[※23]。噺ァ大師匠志ん生[※24]得意の付き馬。夕ンべの牛(ぎゅう[※25])がけさは馬[※26]になってくっついてくるのをだまくらかす男の口八丁ぶりを飄々と演じてくれて、愉快ないゝ時をすごさせてもらいやしたゼ。たっぷり笑って軽くなった体で桐下駄の歯音もかろころ、身軽に小屋ァ出りァ空は赤味がほんのり射してはなやいだ風情。いゝ夕暮れヨ。これからどっかァのす[※27]もいゝし、たまにァまッつぐけえる堅気も悪くねえ。もぐって地下鉄の駅、電車くるまにひょいと横見りァオヤァどっかで見た顔。なんだァさっき高座に出てた志ん輔[※28]師匠ぢァござんせんかい。こないだァ赤塚宿の白瀧[※29]の独演会でたっぷり聞かせてもらいやしたゼ。挨拶するよな野暮でなし。しらん顔の半兵衛で、たがいに右と左の箱[※30]に分かれ乗り。へい、本日の寄席はこれ切り。お退屈さま。

【附(つけた)り】
[※1]鈴本。鈴本演芸場。http://www.rakugo.or.jp/
[※2]酒悦。http://www.maruchan.co.jp/shop/syuetu/index.html
[※3]蓮玉庵。http://www.aurora.dti.ne.jp/¯ssaton/gurume/rengyokuan.html
[※4]のうれん(暖簾)。のれん、のこと。江戸時代後期の表記。喜田川守貞著「守貞満稿」による。
[※5]無筆。文字の読み書きができないこと。
[※6]午(うま)の刻。昼の午の刻と夜の午の刻ある。ここでは昼。いまの十二時。
[※7]野口の大将いちめえ。野口英世の肖像画を印刷した日銀券。千円札一枚のことを洒落て言った。
[※8]跡。江戸表記。後、の意。
[※9]偽銀。偽銀貨、の意。こゝでは百円硬貨を表している。
[※10]香盤表。寄席の入口で入場者に配るのは番組表だ、それを洒落て出演者などすべての出欠席をとる香盤表で言った。香盤表は本来は楽屋口などに置かれもの。大元の語源は、芸者の名を書いた板に線香を立て、その燃え尽きるまでを一本と言ひ、ひとつの時間の区切りとした。香盤表の名は芝居や映画、現代のテレビ・コマーシャルの制作現場にまで引き継がれている。
[※11]古今亭志ん八。http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=310
[※12]たいこ腹。落語の題。遊びにあきた若旦那が鍼にこり、太鼓持ちの腹に打ッて失敗する騒動咄。
[※13]半刻。一刻は約二時間。その半分で一時間。
[※14]橘家文左衛門。http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=151
[※15]枕。落語で本題に入る前に、お客の気持を噺家に集中させ、本題に入る助走のような役割をもった前振りの話を言う。
[※16]結句(けっく)。江戸語。結局、のこと。
[※17]ホームラン。漫才コンビ名。http://manzaikyokai.cocolog-nifty.com/blog/2007/03/post_a1bd.html
[※18]金原亭馬の助。http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=53
[※19]羽折(はをり)。江戸表記。江戸時代は漢字表記法が厳しく決まっておらず、羽折も羽織も端折も混在した。はをり、は旧仮名遣いの一つ。旧仮名遣いには諸説あり。
[※20]仲入(なかいり)。寄席は昼の部と夜の部に分かれているが、ともに長い時間がかかるため、それぞれの中程で十五分ぐらいの休憩時間が入る。それが仲入である。手洗いに行く人が多い。
[※21]桂藤兵衛。http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=76
[※22]金明竹。落語の外題。与太郎に店番をさせていると、次々とお客が来る。その対応にすべて失敗していると、最後に大阪弁て骨董の専門用語を早口でまくし立てゝ帰ってしまう使いの客が来る。与太郎ぢァ心細いと女将さんが受けるがなんど聞いてもかいもく分からず。帰宅した主にとんちんかんな報告をする可笑しみが笑いとなる。
[※23]古今亭志ん五。http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=63
[※24]志ん生。五代目古今亭志ん生。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%8A%E4%BA%AD%E5%BF%97%E3%82%93%E7%94%9F_(5%E4%BB%A3%E7%9B%AE)
[※25]牛(ぎゅう)。伎夫(ぎゅう)。若い衆(わかいし、わかいしュ)。吉原遊廓の揚屋の雇人で、客の呼込みなどをおこなう男。年齢に関係なく、若い衆(わかいし)と呼ばれた。
[※26]馬。付け馬の略。代金が払えない客についてその家まで行き受け取ってくる役の人間。かつて吉原へ行く客を途中に馬子がいて乗せて行き、翌朝その客が支払いができない場合連れてきた馬子が馬を引いたまま受取についていったところから、この呼び名ができた。その後、この役は遊廓揚屋の若い衆(妓夫)にさせるようになった。
[※27]のす。足を伸ばす、を略して言った言葉。
[※28]志ん輔。古今亭志ん輔。http://rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=79
[※29]白瀧。白瀧呉服店。http://www.kimono-shirataki.com/contents/kimono-index.html
[※30]箱。電車の車両を俗にこう呼んだ。

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コメント

お腹抱えて笑ったなら
邪気は吹っ飛んで、爽快でしょうね。
明日もいい事ありますように。
からころかろころ けんけんぱっ。

moon3ぱら姐さん江

そう言ふこった。笑うが勝ッてネ。
不景気なんて苦にしたってしょうがねえ。人間だれでも生れたときァすッぽんぽんの無手のすッぱだか。金ェ握って生れてきたやつァありやせんもんネ。途中なにがあっても、死ぬときァまた素裸同然。あの世にァなんにももっちァいけねへ。
上手に笑っていきやしょうヤ。

喜ンの字

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