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2008年9月 4日 (木)

【番外】川柳ひとり柳戯溜(やなぎざる)(六)

   九尺二間 ひとりに広く 思ふ秋

 なんですな、四畳半ッてえと粋な感じがするもんですナ。粋な年増としっぽりと、なんて思ふもんだが、江戸の長屋ッてのは、だいたいこの広さでして。間口が一間半、九尺(くしゃく)ですナ。で、奥行き二間。となりァそいぢャ六畳ぢァねへかッてのは、早とちりヨ。へえったとこに幅三尺の土間があンのヨ。そんだもんで、四畳半になるッて十露盤(そろばん)サ。そこにむさい男の独り暮らし。色気もなんもありァしねへ。九尺二間にすぎたるものは紅のついたる火吹き竹なんて都々逸がありやすもんネ。これにくらべたら、あっしの川柳は足元にもおよばねえナ。

   銭なしは 昼間も戸板 明けたてし

 長屋の部屋の入口にァ腰から上に紙を貼った腰板障子がはまっておりやしょう。油引いた障子紙でネ。そこに大工留吉とか、左官(しゃかん)三治だとかネ。あの障子、ありァ店子(たなこ)持ちだったンだそうで。だからそこにてめえの稼業だの名を墨で書いてたわけダ。店ァ引っ越すときァ障子外して持っていきやしたのサ。腰板障子の上に戸板がいちめえ(一枚)はめてある。そいつゥ毎朝外して横に立てかけて、昼間は障子だけにしておくッて寸法だ。部屋の畳も店子持ち。そんだもんで、銭のねえやつァ板の間のまんまで寝てる。鳥渡(ちょいと)懐があったかくなると筵買ってきて敷く。儲かってきてやっと畳が敷けるッてことだってそうでネ。ちか比(頃)ァフローリングなんてッてありがたがッてるが、江戸の時化(しけ)た奴ァみんなそれヨ。いまのよりいゝ板だゼ。ベニヤのまがいぢャなくッてみんな無垢板だッたんだから。

2008年9月 3日 (水)

【番外】川柳ひとり柳戯溜(やなぎざる)(五)

   弟子もなく あくび指南 おほあくび

 おめえのいっち好きな落語はなんだいッて訊かれたら、あっしァいの一番に志ん生のあくび指南あげやすネ。こんなに間抜けな咄ァねへ。そいでいてまったくの造りもんッてえ気もしねえ。啌(うそ)と真(まこと)の間(あわい)でゞきてる咄ヨ。咄ッてのハこうでなくちァいけねへネ。聞いてるうちにだん\/とあくび指南所(どころ)なんて招牌(かんばん)あげてる師匠が裏店(うらだな)にゐそうな気ィしてくるから、よくできた咄だし、そう聴かせる芸だネ。この短ッけえ咄ン中にァ吉原で新造の客ッて言やァ隠居ッて相場がきまってゐたッてことがちゃんと柱になっておりやすし、隠居が船頭をどうあつかうか、その詞遣いがちゃんと分かるッて寸法になっておりやすし、山谷堀だの吉原を通ハどう呼んでいたかも知れるッてえ貴重な資料だヨ、文部科学省さん。

   若旦那 きゅうりくらって 唐茄子屋

 この噺もあっしァ好きだねえ。やんぱり志ん生で聴いておりやすがネ。笑わせて、しんみりさせてネ。若旦那の徳が唐茄子屋になって天秤担いで吉原田圃をとぼ\/歩く場なんぞ、しばや(芝居)をミてゐるようですゼ。
 きゅうりハ久離ッて書きやしてネ。勘当もいっちきつい永久縁切りッてやつだ。ふつうの勘当ッてのハ、懲らしめですからネ。番頭が送ってッて、銚子の網元かなんかンとこにお預けの身にして、浜で真ッ黒になって働かせ、吉原の酒ッ気抜いて正気にもどればまた番頭迎えに行って家へもどれるッて段取りなんだが、久離となると、親類縁者が集まって町役人へ届けでて、町奉行所が人別帳から抜いちまう。そうなるともう駄目ヨ。食い詰めるはナ。いくとこもなくなるから、最後ハ非人の小屋頭ンとこに行って手下にしてもらうッきャねへ。小屋頭ァよッたり(四人)おりやしたそうでネ。浅草の車善七、深川三十三間堂の善三郎、四谷の久兵衛、品川の松右衛門。江戸も初めンころァ形(なり)ハふつうの町人とおんなじだったンだが、そのうちに一目で区別つくようにッてんで、髷も許されねくなり、ざんばら髪にされちまった。それェ思やァよく明治の断髪令に人がしたがったねェ。抵抗あったンぢァねへかネ。

2008年9月 2日 (火)

【番外】川柳ひとり柳戯溜(やなぎざる)(四)

   しゃらくせえ かミがたはもに ゑどゞじょう

  今年の夏ァ暑かったねェ。あっしァへばったゼィ。で景気づけに駒形どぜうへ行きやすトめえに幟が川風にはためいおりやしてネ、どぜうの季節だったかなんだかゞが染め抜いてあってサ。あっしァ思ったネ。確かに泥鰌は夏のもんだし、うめえし元気がつかァ。でもそんなもん喰ってるから、上方の生ッちろいやつらに小馬鹿にされちまうのヨ。やつらァ鱧だゼ。あの真ッちろの花の咲いたような洗いの上ェ真紅の梅肉落して、おいしいおすなァなんてほざきやがって。てやんでえ、べらぼうめ。あっしら江戸ッ子ァ意気が命なんだ。暑いときにァ暑いもんが体にァいゝとむかしッから決まってるンだ。だから炭ィかん\/おこした炉の上でぐつ\/どじょう煮て、あふ\/言ひながら汗ェ流して喰ふンでイ。我慢大会ヨ。ざまァみやがれ、くやしかったら鱧のぐら\/鍋やってみやがれッてんだ。

   すゞむしの音(ね)に清められる娑婆の熱

 お人ンとこ訪ねたら、小さな金の鈴をふるようないゝ音(ね)が部屋のすみから聴こえてくるぢァござんせんかい。なんか蒸すような道ィ歩いてきて火照ってゐた体から、すッと熱が引くよふな気ィいたしやしたゼ。いゝもんだねェ。いまの世の中、ろくなことがねえし、金に目ェくらんだやつやすさんだ者ばっかしだが、このちっせえ虫一匹、まるで涼やかな観音さまみてえなもんヨ。心が洗われるッてのはこうしたことなんでやしょうねェ。今年ァいゝものを聴かせてもらいやした。少し生きる気がしてきやしたヨ。

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