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2008年8月23日 (土)

【番外】しゃらッくせえ

 小学手習指南所の五年生ッ比(ころ)だったかねェ。おッしょさん(師匠)が黒板に、古池やかはづ飛び込む池の音ッてお書きになってサ。これが名句だッて言ふのヨ。言ふまでもねえが、芭蕉の俳句さネ。
  そんときあっしァてやんでえッて思ひやしたゼ。どこがだいッてね。ほめるやつに言はせりァ、静かなんて詞ァひとつもつかってねえのに、蛙が飛び込むちッせえぽちゃんッてえ水音が聴こえる静かさだッて分かるぢァねえかとネ。またそんなこといち\/かみ砕かなくたって、その感じが伝はるだろう、そこがすごいのよッてネ。生きるの死ぬのなんて人の苦労を越えたとこで一句詠むとこが達人だとかネ。でもあっしァそんときも思ったしいまでもその心持ちァ変わッちァいねえが、少しばっかし有り難がり過ぎねえかッてェことヨ。なんでもそうだが、有り難がッちまうと、なんにも見えなくなッちまうもんだゼ。
  源氏物語だってそうサ。美しい王朝文学なんて、てんから思ッちまうと、どういう場であいだけのもんが書かけたのかッてえ不思議が見えなくなッちまうゼ。平家の世で、その平家の懐ふかくにゐた紫式部が、滅ぼした源氏にやたらと花ァ持たせる物語をよく書かせてもらえたもんだし、帝の御簾の内の秘め事のあることないこと書いてよく許されたなッて考えるとおかしなことばっかしヨ。それに紫式部が死んだ跡(後)で、こんなンがありましたッて世に出てきたわけぢァねへ。書いてた当時から評判になってゝ続きが待たれたッてんだから、妙な咄ヨ。そこんとこよッく考えねえと読み違ッちまいやしょうヨ。
  司馬遼太郎ッて物書のとッつあんがおりやしたろう。あのお人が、空海の風景ッて上下二巻の本お書きになりやしてネ。どうもいろ\/かんげえると、空海は妙だと言ふのヨ。大師さま\/ッて丸呑みに有り難がってねえのがいゝやネ。そいでどうもうさんくせえとこがあるトかいておいでサ。その逆もありやすからねェ。つい先年のことだが、女子衆(おなごし)に人気のある優男風のある物書が京奈良の寺ァめぐってなんか言って歩ッてるテレビの番組がありやしたが、なに見たって美しいだの荘厳だのしかほめ詞しか言はねえ。腹の底からそう思って言ってるとしたら、物書としちァ怪しいし、商売で言ってるンなら世間だまくらかすのもてえげえにしなッてやつヨ。奈良京の寺がどういういきさつで建ったかァ考えたら、美しいだの荘厳だの有難い思ひがするだけぢァすまねえし、物書ならその先を読んで世間にしめさなくちァ役がつとまっちァいねへ。
 さっきの司馬遼さんの書いたもんも、眉に唾つけねえで読んで鵜呑にしちァいけねへ。竜馬の咄にしたって妙だゼ。郷士なんてもんは、土佐にかぎらずどの藩にとっても厄介者サ。てめえでいなくなってくれたら、ありがてえッて半端もんでやしょう。だから脱藩ッたってそれほどのこたァねへ。そんな風太郎が西や東へ走り廻る路銀がどっから出てたのかねェ。薩摩にしろ長州にしろ、関ヶ原から怨念のたまった徳川憎しといえどもれっきとした藩が表だって動くわけにァいかねえわサ。そこへちょいと出ました三角野郎ッてわけで、使いッぱしりにァしめこの兎ヨ。これが気のいゝおっちょこちょいでさァ、勝海舟の野郎気にくわねえからぶッたぎってやるッてンで乗り込んでいって、勝の舌先三寸でころッと宗旨かえさネ。君子豹変するとも言えるし、骨がねへとも言える。
 きのふまでこうだよッて言はれてたことォほんにそうでやすかい、奇怪しかねえかいッて底の底ォ掘り返して、やっぱり違いやしょうッて見せてくれたのは、梅原の猛の爺さんだネ。あのお人の、秘められた十字架なんて法隆寺の実正(ほんと)を解いて見せた考えァよかったねェ。マ長ッぱなしになっちまったが、なんでもありがたがッちまうといけやせんよネ。本の世界だけぢァねへよネ。利休も、利益を休もうッて号(なづけ)だもんな。その意味たるやッてやつサ。マ与太咄ァこのくれへにして、芭蕉さんの蛙の句へ川柳で一句返しィ送るかな。

  大川や 身投げの波紋 すぐに消え

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コメント

暮らし向きのことだって、なにごとも一重じゃない、ということが当たり前に分かっていると思っていたら、そうじゃないんですもの。
古典や有名なエピソードを鵜呑みにして通り過ぎていくのもそれと同じように思われますねー。

鵜呑みにしがちなので・・・身に沁みて

大川や 身投げの波紋 すぐに消え

傑作です
本当に傑作です
なんか悲しい事柄をこんな風に詠む
身投げが救われる気がします
波紋がすぐに消えるとこが粋でやんすね。
よく俳句やってても
死はを詠むのは難しいです。
やっぱ喜三二さんは粋のかたまりですね

>やっぱり違いやしょうッて見せてくれたのは、梅原の猛の爺さんだネ。

梅原猛はもともと哲学者で考古学者ではなかったので、「水底の歌」を発表した時は考古学陣営からかなり激しい糾弾を受けたと聞いたことがあります。

それでも自分の論を曲げることなく、続いて「隠された十字架」を書いたのはすごいと思います。

考古学者じゃなかったから、却って自由な発想というか、ものの考え方が出来たのでしょうか。

 
 身投げの川柳に・・・

 身投げした はずのおめえに けふ出遇う

 さしずめ、ここは地獄の三丁目
苦娑婆を生き抜くしたたかさでござんすよ。

moon3風知草姐さん江

 額面ッて詞ァありやすが、ほんに紙に書いた額面がその通り通るお札ッてのも妙なもんですもんねェ。本日の政府の信用度は二割六分、よって一万円札はけふは二千六百円ですなんてのが、実正(ほんと)なんだろうが、ところが一万円札はいつでも一万円、五千円は五千円、千円は千円。江戸の時代は違いやすもんネ。毎日相場が立って、金、銀、銅銭との兌換率が変わるのヨ。だから政府ァしっかりしねえといけねえのサ。
 学校でおせえてくれるのをまンま信じる癖がつくト天窓(あたま。頭)がものを考えなくなりやすから恐いネ。

 喜ンの字

moon3sorami姐さん江

ほめすぎ。駄目だヨ、あっしァ莫迦だから有頂天になって駄作連発しちまうヨ。
本人は真剣なんだろうが、命懸けで死んだって他人からみりァどうッてことねえすぐ消えちまう波紋みてえなもんさネ。江戸ッてえか、町ッてのは、そういう風のような情しかねえとこヨ。それを覚悟で軽々と生きることサ。身投げだの相対死(心中)なんてのハ他人や世間の同情あてにしてるようなとこがありやすもんネ。世間にァそんなもんはありァしやせん。そこンとこしっかり見定めりァ、芯を持って意地とハリで生きれるもんでサ。
あっしァそんな風に思っておりやすヨ。

喜ンの字

moon3ひよこ姐さん江

水底の歌もよござんしたねェ。人麻呂が猿麻呂に切り替わってゐるッてネ。誰だって梅原推理に軍配上げやしょう。ところが代々の教授先輩で蔓につながってきてゐる学者たちァそうはいかねえのよネ。梅原の爺さんは東北の出ッてのもよかったンだろうネ。東北は大和朝廷に最後まで刃向かってゐたとこだから、皇室史観の学閥から外れてゐたンぢァねへかね。だとすりァ仕合せだネ。学問は損得でやっちァいけねへ。あきんどぢァありやせんもんネ。なにものにも縛られねえもんでねえとネ。

喜ンの字

moon3仇吉姐さん江

さすが、江戸をご存じだねェ。てめえ、きのふ身投げしたッて上さんが泣きの涙とそう言ふから、借金棒引きにした上に香典の一分もやったのに。生きていやがるたァふてえ(太い)野郎だ。待て、逃げるな、ゆるさねェってネ。
江戸の貧乏人なんてそんなもんサ。殺せる身内皆殺しにしたら、跡(後)はてめえを殺して借金取りから逃げまくるッてネ。

落語にこんな咄ィあるヨ。
あんまり身投げが続くンで、橋番が呼び出されてきつい灸を据えられた。その方がしっかり見張らないからだッてネ。で、夜も目ェ皿にして見張ってるとその横をばた\/ッて駆け抜けて欄干にいまァ手ェかけた奴がゐた。衿ッ首とッつかめえて、「おめえだナ、毎晩こっから身投げする奴ァ。

へい、お退屈さま。お跡がよろしいようで。喜ン公

真実を見極めるには、知識が必要で、全ての物に興味を向けて、注意深く観察することが大事なのですね。

moon3なの字の旦那江

 さい(左様)でやしょうねェ。そいでもって、借り物ではないおのれの考えに我が身を晒す覚悟ッてことになりやすかネ。度胸ですかナ。

 喜ン公

何でも鵜呑みにする、素直な人種が多すぎらあ。特に数が絡むと、なんでこんな馬鹿な統計をだすんでえ、世間をなめてんのかえ、と思うことしばし。

そうそう、うらみつらみを書き残して死んじまおうかと思ってもね、明日にもならねえうちにみんな忘れちまうんだろうなとおもうと、悔しくって死ねたもんじゃないよ。

薄情な世間様でホンに助かった。

moon3ねこじゃねえやいのお玉姐さん江

 街ィ歩いてると、ビルの工事やってるとこがあったりしやしょう。まえッから空き地だったはずはねえンだが、取り壊されためえの建物はどんなだったか、どんな見世があったかなんて、いッくら思ひだそうッて思っても出てこねえのヨ。
 身投げしたッてそんなもんヨ。だから、へらへらへッたらへらへらへッて気楽にしぶとく生きてた方が得サ。第一生きてりァ旨いもんも喰えるからネ。死んで墓や仏壇のめえにかざられたッて口はおろか手ェふれることもできねへ。こんな損はありやせんゼ。

 喜ンの字

ああでないといけない。こうでなきゃいけない。
行けない 活けない 逝けない
がんじがらめに考えに取り込められて、
しめこの う~さうさっ。

答が風の中に有るんなら、風に吹かれて見なきゃね。
お釈迦様でも最後の旅は辛かったらしく、足が痛いよア~ナンダ 腰が痛いよアーナンダ。休んでゆこうよア~ナンダ とダダ言いながら旅したそうですよ。
きっとアーナンダさんは 困った顔しながら、そのダダを笑いながら、旅したんでしょうね。

moon3ぱら姐さん江

 ものごと、傍目八目ッて言ふ通りさネ。脇ィまわって見りァ、なんてえこともねえッてもんでネ。有り難がってると、まるッきり正体見失ってることがありやすからねェ。

 喜ンの字

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