浮世万事啌物語(このよはゞんじうそばかり)
場末からモひとつ外へ転がり出た青山くんだり[※1]に用があったンで、ふた月ほどめえから気持の隅ッこに引ッかゝったまンまのもんにけじめェつけに骨董屋へ足ィのばしやした。売れて失くなってりァそれまでのこと。思いッ切りもつこうッてもん。万が一にも棚に残っていりァ、分別つけなくちァいけねへことだから、も一度よく見てどっちにするか腹ァ括る覚悟で行ったッてェわけだ。山暮らしィ畳んで生れ古里のお江戸に戻って来るにあたッちァ、家財も本も捨てられるだけ捨て、身軽になっての帰還。いまさら残りの齢(よわい)かずえ(数え)たって始まらねへ老いぼれ。所詮あの世にァ空手で行くッきァねへンだから、物ハもう買はねへ心積もりなんだが、そこがそれ、つい魔が射してッてことがありやしょう。人間迷いの生きもんだからねェ。
そんときも用あっての青山行きだったンだが、約束の刻限にァだいぶ間があって、時潰しに通りがかりの骨董屋覗いたンが運のつき。叺(かます[※2])に唐金(からがね[※3])の金具。丸いその金具を円窓(まるまど[※4])に見立て、吹きッ降りの大川[※5]ン中ァ手前に蓑笠の筏乗りが棹で筏を操ってゐて、遠く向岸にァひょろ松が三四(サンシ)本ッて趣向の錺(かざり)職人[※6]の仕事ッ振りが妙に気にいっちまってネ。叺の金具ッて言やァいまゝで見たのは、唐獅子だの瓢箪だの御所車だのッてもんで、その形になってるのが並ヨ。この金具のよふに円窓から見た一幅の絵に仕立てゝあるもんにァ初めてデッ喰わしたッてわけだ。そいつがこゝンとこずっとあっしの瞼から離れねへ。これはあっしのわりい(悪い)癖ヨ。物は買わないと胆(はら)ァくゝったのに、その癖がまた頭ァもたげてきちまったッて意気地のねへ咄サ。
何遍も大病で死に損なったあっしァ女に負けるくれえの痩せぢゞいだから、使ってる烟管は女持(めもち)の華奢仕立て。引ッかゝった多葉粉入ァ似合いの女持ヨ。烟管筒[※7]は黒い胴全体に釘彫のやふな溝で波形の縞模様になってゐるンだが、その材が乾漆[※8]なんだか。見世のお上は、明治のもんでしょうト言ふ。そう言われると、セル[※9]のやうな気がしねへでもねえ。外底に渦のようなものがあるから、こりァセルの鋳込みぢァねへかなんて言ってたら、お上が網代の烟管筒を持ち出してきて、そいつと替えましょうかト。当てがってみると、叺との相性もいゝ。そうなると今度は、中にへえってゐる蜻蛉玉(とんぼだま)が目立ってしょうがねへ。赤だの緑だのゝ線がへえった玉でペルシャ風だ。そんぢァそいつも替えようッてことになって、翡翠風の蜻蛉玉を探しだして入れ換えてくれやした。うん、これですっきりまとまったゼってことで、なんのこたァねへ買うことに落ちついちまったッてえ咄ヨ。元々くっついてる札にァ掛直(かけね)があるのかないのか知らねえが高直(かうぢき[※10])の数(かず)が並んでおりやしたが、網代の烟管筒の方にァもっと高直の札が付いてた。どうなるかなッて思ったら、とん\/ト落ちて安い方の六掛けほどになっちまった。
包んでもらってけえろふ(帰ろう)とすると、鳥渡(ちょいと)お待ちなさいなト近くの水茶屋で菓子と茶をご馳走してくれやして、咄ィ聞かされやしたのヨ。「もうだいぶ前のことだけどね、出張で香港へ行ったとき買って来たンだッて商社の人が、根付を十ヶ持ち込んで来てネ。まとめて参萬五千円で買っておくれッて。あたしァ根付ハ専門ぢァないから仲間に見せたら、こりァ九ツ贋物(まがいもん)、ほんもんは一ツだけですッて。日本の根付の写真見て、駱駝の骨で彫るンですッてね。古色ゥ着けると象牙みたいになるンだそうヨ。香港行きァこんなもん一ツ二千円くらいでいくらでも売ってるヨですッてサ。あっちの人は手先ィ器用ですもんねえ。銘も日本風に光一なんて入れたりしてネ。
こりァあっしの腰にぶら下がってる根付の咄ぢァありやせんかい。あっしそっくりのぢゞいが本多[※11]に結って杖突いて、片手に数珠下げていま寺参りの帰りでございますッて善人ぶってる根付ヨ。相方(てき)は骨董屋の婆さんだゼ。ぼんやり客を眺めてるはずァねへし、なんのご利益もねへ咄でゞえじな時と茶代を捨てるやふな莫迦ぢァねへ。すばしっこく、あっしの帯にへばりついてる根付ぢゞいを目に留めて、このぢゞい一丁からかってやろふッて思し召しで、茶代代りのご高説。お客さん、余所の見世で引ッかゝちァいけませんよッてのご深切。あっしも鈍いから、アハハッて笑ってご馳(ち)になりやしたッて水茶屋出て、二三歩あるいてやっと咄の筋が読めたッてえお粗末サ。
【附(つけた)り】
[※1]青山くんだり。幕末でも青山は江戸府内の外。麻布も場末と呼ばれ小馬鹿にされた。青山はその麻布より外側になる。
[※2]叺。煙草の葉を入れる蝦蟇口状のもの。たいがい烟管入れと対になっていて、帯に差した。
[※3]唐金。中国から伝わった合金。銅、錫に、鉛、鉄、ニッケルを加えて造る。純銅よりも渋い色合いがある。
[※4]円窓。唐様の窓で、幕末から下級武士や文人の間で流行った中国趣味の一つ。この文人趣味は明治に引き継がれて行った。
[※5]大川。隅田川の古称の一つ。浅草川、宮古川とも、所によりそれぞれの名で呼ばれた。
[※6]錺職人。簪(かんざし)、煙管、こうした金具などを造る職人。
[※7]烟管筒。煙管を入れる携帯用の筒。
[※8]乾漆。麻布や和紙を芯にし漆を塗り固める手法。仏像にこの製法のものがある。
[※9]セル。セルロイドの略。
[※10]高直。高値、のこと。
[※11]本多(ほんた)。本多髷のこと。本田とも。宝暦より起きた男子の髪形。種類甚だ多く、兄様本多、蔵前本多、五分下げ本多、丸曲本多、疫病本多、金魚本多、浪速(おおさか)本多、団七本多など。侠客など好まれた疫病本多を例にとれば、月代を小判形に小鬢を耳の辺りまで剃り、髷は杉箸ほどに細く真っ直ぐ、うねりなく直角に曲げる。


しばらくでござんす★
たまごごはんのあたりから かなり
おいしい話たちを見逃しておりますが。。
鰻はマリアナ海溝まで卵産みに行って帰ってくるらしいですよ。
生命力の強いものがやっぱし精がつきますね 自然薯・すっぽんなどなど・・・
あたいは今から煙管に入門しようかと
いうところなので、いろいろ見て視て診て
かつがれないようにしなくっちゃ。
そういや世間でたばこを買うのに
たすぽという印籠が必要になりましたが、
煙管用のはどうなったのでしょ??
投稿: ひとみうぢ | 2008年7月 7日 (月) 04時05分
烟管でいっぷく、いゝぜえ。おやんなさいナ。このミクシィに烟管の連がありやすヨ。あっしもへえっておりやすが。
烟管用の刻多葉粉ァいまぢァ哀れなことに、小粋ッてのひと色しかござんせん。好き者がたまァに買ふくれえだから、自販機なんかにへえッちャいねへから、招牌(かんばん)婆ァが石の地蔵みてえにへたりこんでる見世で、こっちの面ァさらして買ふッきャねへ。面が通行手形ッてわけヨ。てすぽなんていらねへはずサ。あっしも何年もめえに買ったのを後生でえじに吸ってゐて、ちか比(頃)買ったことねへンで実正(ほんとう)のこたァわかんねへ。
鰻ァなんだネ。江戸ッ子は深川辺で捕れたのを江戸前ッて言って、余所から運んできたのは旅うなぎッて鼻もしッかけなかったそうだが、ちか比ハ唐渡りにコロッといかれちまうし、だいたい深川なんぞでいまァまったく捕れやしねへ。平成のお江戸で喰ってるのはみんな旅うなぎだわサ。
喜ン公
投稿: 喜三二 | 2008年7月 7日 (月) 09時41分
もう、モノは買わない増やさない、と言いつつ反物当てて頭のなかでは電卓叩いている・・・
ほんとにねーー。でもそんな楽しみがあってこそだと、自分に言い訳してますぅ。
骨董の世界は魑魅魍魎のようで。「うそりんどう」とはわたしの祖父が道具屋さんにつけた渾名。戦前はそこが見繕ってくるものを楽しみに買い、戦後のタケノコ生活では逆にお世話になってたんですが・・・。
投稿: 風知草 | 2008年7月 8日 (火) 23時41分
いっぺん田舎の骨董やで、雑器ぎょうさん積まれて、持ち金全部かっさらわれたことありますけんど、いくらくらい持ってるか、その懐具合の値踏みができる骨董やの主人の技に感心してしまいましたわ。
骨董の世界はえらい怖いこってす、と思いながら
それでもやっぱり目がいってしまいますねん。
駱駝の骨の値付け。駱駝の骨やったらそれもまたええやん、と思ってしまうのんびり屋でござんす。
投稿: Hiroko | 2008年7月 9日 (水) 08時30分
うそりんどうさんのどうは、堂の字ですかい。あの人たちの商いッてのは、不動産の仲介みてえもなんですナ。こりァなんでしょうねェト訊くとさぁなんでしょうかねえト応え、備前かなと首傾げると、うん備前かもしれませんなァと相槌打つ。いや違うなこりァ立杭だなッて言うとそうですねェ立杭かもしれやせんなトまるで素人みてえなこと言ったりしてネ。この骨董屋、物ォ見えねへな、これがこの値段なら目ッけもんだと大得したつもりで買ってけえってよく\/見たら、なんと益子のきのふけふの駄物だったりしてネ。けっきょく向ふが上手。売りつけたりしてねえのに、こっちで勝手に掘り出しもんだとおもちまってサ。玄人はやっぱり玄人サ。
でも姐さんなんですゼ。買い戻しで竹の子生活支えてくれたなんぞ、そう\/恨めませんナ。
喜ンの字
投稿: 喜三二 | 2008年7月 9日 (水) 09時21分
あっしも生れながらの鴨体質でしてネ。よしァいゝのに恐いもの見たさみてえに道具屋へ首ィつっこんで身ぐるみはがれちまうンですワ。あきんどは恐いねえ。レントゲンめてえな目ェしておりやすからネ。懐お見通しヨ。
あっしも駱駝でもいゝや。顔がよく彫れてからねなんて、てめえで慰めたりしてネ。そいで、あっしァ騙されたンぢァねへ仕事がよかったから買ったンだト腹ン中で思ふことにしておりやすヨ。それで世の中万事丸く治まるッてもんヨ。あっしひとりが損すりァいゝンだから、なんてネ。だん\/咄ァ寂しくなるなァ。
喜ン公
投稿: 喜三二 | 2008年7月 9日 (水) 09時28分
あっしゃ骨董のわからねえ野暮天だもんで、何でも新しいもんに惹かれちまう。使い古しのほうが高価ってえのが今ひとつ納得がいかねえ。
そうはいっても、呉服なんざア誂える甲斐性もねえから古着一辺倒よ。しかも近頃ぁ蒔絵の骨董が目についてしょうがねえ。なんしろ、新しい硯箱がほしいったってそう数もねえし、新しいのは柄が気に入らねえ。
骨董屋は敷居が高くてねえ、恐れ多いよ。どうしてもって時は、知り合いが骨とうの鑑札を持ってるんで、頼んでみてもらおうかと、しなくてもいい心配してまさあね。
なんにしろ、自分が気に入ったモンが一等いいもんだよ。本物の香港細工のどこがわりいってんだ。
第一、底意地が悪いじゃねえか、客の、しかももう買っちまったもんに難癖つけるたあ、こなれてねえな。粋じゃねえよ。
ま、茶代が浮いたと思って、喜んでおくれよ。もしかしたら、思わせぶりを云って、安く買い叩こうとしてたのかもしれねえよ。
なんだ、やっぱり掘り出しモンだったんじゃねえか、師匠。めでたしめでたし。
投稿: 玉(ねこじゃねえやい) | 2008年7月10日 (木) 08時58分
ウワハゝゝゝ。ありがたふヨ。最後に救ってくだすって。礼言ふゼ。
ほんに骨董は魑魅魍魎の世界ヨ。騙したつもりが騙されて、騙されたつもりが真だったりしてネ。こりァなんだネ。客と花魁の仲みてえだねェ。人間、正札ぢァ惹かれねへッてことか。そいで言ふンだナ。真ッちょうじきは野暮だッて。
なにごとも勉強。骨董はてめえの金で買って買って買いまくンねへと判らんそうだ。それもなんかと似てるネ。惚れて振られて、振って惚れられて、また振られッてネ。
姐さんも蒔絵の魔性の硯箱に出会えるといゝネ。手に入れたら、写真載せておくんなヨ。拝ませておくれ。
喜ン公
投稿: 喜三二 | 2008年7月10日 (木) 09時30分
骨董屋の婆さんなかなかの古狸、商品に紛れて骨董品の一つになっちまってンぢゃないですかい。
百鬼夜行ぢみて既に物の怪に近いトあたしゃふんでンですがねえ。
つまり最後は化かされた・・。
季節もよろしく置いてけ堀でさあ。旦那の腰の根付ヲねッ、
置いてけ~置いてけ~。
投稿: 仇吉 | 2008年7月13日 (日) 10時06分
そうだねェ。それもあるわナ。
旦那、そのお腰の根付、香港渡りの真ッ赤な紛物だけど、あたしがいゝ値で売ってあげますよ、二千円ぢァ電車賃にもなりやせんでしょうから、三千円で置いていきなさいナ、なんて与太咄の前置きだったのかもネ。
ほんにこの世は嘘ばッかしッてネ。怖くもあり、面白くもあり。浮世は川竹。明日はどこに流れ着くかわかんねへ。
喜ン公
投稿: 喜三二 | 2008年7月13日 (日) 14時37分