知己来遠遊蕎麦(ともえんぽうよりきたりそばにあそぶ)
ついこないだ、人のお迎えで上野の停車場ァ行きやしたが、こゝが江戸の昔ァけころ[※1]で知られた山下[※2]たァいまぢァ知る人もありやせんでしょうね。こゝら辺(へん)から上野の広小路[※3]にかけてだそうでやすナ。けころァ仕掛ェ[※4]みてえなもんは着やせん。中にァ前掛姿もゐたッてェ咄だから、みんな太物[※5]ですワ。あんまり目に余るッてんでお奉行所がとッつかめえてみたら、ほとんどが有夫だってンだネ。だから黒ッたって根は白[※6]ヨ。デけえされて(帰されて)、わずかばかりゐた黒は吉原の鉄砲見世[※7]なんぞの局(つぼね)女郎の勤め[※8]に出されたンぢァねへですかネ。公許の吉原以外で色ォ売って警動[※9]にかゝりァそういうことになるのが定でやすからナ。昭和の御代まで二度のお勤めなんて詞ァ冗談半分に堅気の世間でも使っておりやしたが、その元が岡場所で掴まった女が吉原へ放り込まれて三年だったか河岸で働かされるのを勤めッて言ひやして、解き放たれた跡(後)また捕まって戻ってきたのを誰々さんは二度のお勤めだよなんて言ったッてわけサ。もっとも勤めッて詞を女郎勤めを言ふンだそうですからナ。そいで昭和の半ばッ比まであった職業婦人ッ詞はいかんトなって、帳場淑女(OL)と呼名ァ変えやしたが、こいつも可笑しい。淑女てのは公家貴族の北の方さまやお姫さまのことだらふから、働くなンてこたァ元来しねへ。帳尻合いやせんナ。
江戸を見せてくんなッてのが、このたび地方から来るお人の頼みなんで、そうなりァやっぱり浅草がまとまってゝよろしかろうと浅草寺へお連れし、観音さん弁天さんと浄財を投げて身を清めてもらいやしてから、案内にかゝりやした。なんせ早起きのご仁なので、到着がはえへ。列車ァ遅いのに乗ってもらいやしたが、そいでも喰いもん屋ァまだ明かねへ時刻ヨ。朝の内からァなん\/だが小腹充たしと江戸の土産咄のねた[※10]にト伝法院通りの大沢屋[※11]へ連れて行き、蒟蒻田楽ゥひと串[※12]ずつ喰ふ。おでんの元ァ田楽だと言ひやすが、あっしの当推量(あてずいりょう)で言やァこゝンちの田楽は守貞満稿[※13]なんぞに書かれてる江戸の田楽そっくりヨ。こいつがそいつだと思ひやすヨ。そこんとこ汲んでもらおうッてんで、案内したッてわけサ。
でだ、田楽の串ィあっしァ歯ァいけねへンで横ぐわえにして引き抜けねへ。みっともねへが楊枝ィ二本もらって箸みてえにつかい、蒟蒻を引き抜いちァ鯔背(いなせ[※14])泣かせの喰い方ァしておりやしたら、「そうやるもんなんですねェなんて感に入った風に言われちまッたゼ。勘ちげえなのか、からかわれたのか、そこんとこァわかんねへ。なんせ洒落と皮肉のあわいがとぼけたお人なんでネ。はははッてやつヨ。
朝がたっぷりな代りにけえり(帰り)ァ九ツ時分の列車ッて忙しさだから、午(ひる)ゥ済ましたらこんだァうか\/してらんねェ。日曜の浅草ッてのは始末がわりい。人だらけヨ。世の半端もんのあっしァ世間さまがお休みでお楽しみのときァお邪魔しねへよふに九尺二間[※15]に息ィ殺してゐるンだが、きふはどうにもならねえ。なんせお出での客人は堅気のお方だからネ。堅気ッたって髭ェ生やしてゝ通る稼業なんだから、真ッさらの堅気ぢァねへンだが、そいでも日曜しか休みの取れぬ躰のお人ヨ。
江戸らしいッてあっしが浅草で胸ェ張れるのは蕎麦なら並木藪[※16]、鮨なら弁天山美家古ッ[※17]てとこになりやしょう。だがけつ(尻)の時刻ゥ思やァ手のかゝる鮨ァ剣呑ヨ。デ勢い並木になりやさァ。並木ならのうれん(暖簾[※18])くゞるめえに眺める見世の佇まいから「ありがたふございますゥッて那智黒[※19]踏んで送り出されるまでの何もかも、目せえしっかりしてりァ感じとるこたァ山ほどありやすから、しっかと江戸を見たことになりやしょう。
見世に着いたのは、いまの時計で十一時半をちょい回った比(頃)。開け放しの戸口ィへえるともう席ァいっぺえヨ。そいでも運がいゝネ。小上がりの縁に邪魔させてもらってたら、待つ間もなくいっとう奥の二人席が空いて、壁ェ背負って胡座ァかゝせてもらいやしたゼ。「お酒一本、ぬる燗で。焼海苔も一皿ト誂え出して、連れのお方ァ酒ァ純米酒しかお食べぢァねえんで[※20]、「こゝンちの酒ァ、ホレあの樽酒でト見世の隅にでんと鎮座ましましておいでの菰樽を指し示し、ありァ本醸造でやすがネと念を入れておきやした。マ一献と酌み交わし、例の蕎麦の実入りの焼味噌と焼海苔を肴にいたしやした。相変わらずこゝの山葵ァ香りがいゝ。そいつゥ海苔で鳥渡(ちょいと)包み、端ッこに下地ィ[※21]鳥渡つけて口に運びャ芳ばしい香りが鼻ァ抜けるゼ。客は「午酒は初めてだが、滲みますねえト悪いことォ覚えさせちまったかもしれねへ。マいゝか。そちらさんもとうに白髪のお人。分別ァありやしょう。いまさら生き方間違えてもあっしのせいぢァねへ。
蕎麦は、あっしァいつも一人で世間の邪魔になる時分時(じぶんどき[※22])さけて八ツ時分[※23]に来るもんだから、いッつもざる一本槍ヨ。でもけふは客人だし、比は時分時。初めて天ざるを奢りやしたヨ。なんだネ、ここンちの海老天[※24]は小海老だよ。才巻[※25]かね。味のいゝのは小振りの海老だからネ。でっけえのは脅しァきくが、味ァ腑抜けが多い。江戸ぢァ昔から芝海老ッて言ひやしたネ。芝の海で採れたからだろうが、いまァどうなッちまったかネ。その小振りのォまとめずに一匹ずつ揚げてある。腹のとこに衣を抱かせるよふにつけてある。そこがまたカリ\/ッとしてうめえ。つゆァあッためてくれてゐるンだが、そこに鳥渡つけて喰ふ。つい\/海老天がうめえンで、蕎麦とつゆとの絡みの影が薄くなっちまって、喰い終わって思ひけえしてみると、蕎麦ァどこにいッちまったかッてくれかヨ。哀れだねェ。立役[※26]のはずの蕎麦ァすっかり脇ヨ。まるで黒子[※27]みてえにあってもゐねえが如くサ。やっぱり蕎麦ァざるだけで喰わにァ啌だネ。
ごッつゥそさんト大川渡りの風にそよぐ暖簾跡にして、浅草の停車場までお見送り。跡は一人でゞえじょうぶッてんでそんぢァあばよッてなったんだが、さてお客人、しっかとお江戸を見届けておくなすったかねえ。あっしァそいつがしんぺえヨ。なんだいあんな古めかしくてちっせえ蕎麦屋で誤魔化しやがってト腹ァお立てぢァござんせんでやしょうネェ。
【附(つけた)り】
[※1]けころ。最下層の売女で半素人。花代(つとめだい)二百文。明和の頃からこの名で呼ばれる売色の家が、上野山下付近の仏店(ほとけだな)、提燈店(共に下谷二丁目)、上野町、下谷広小路へかけて沢山できた。
[※2]山下。現在の上野駅辺り。上野の山(現上野公園)の東叡山寛永寺の崖下であったため、山下と呼ばれた。徳川時代後期に繁栄した盛場。。山下は二つあった。一ヶ所は現上野駅正面広場付近にあった火除明地。十年期限で葦簾張りの店がつくられ興業地となった。もう一ヶ所は庇床請負場所で、現上野駅南口一帯でこちらは商業地であった。
[※3]上野の広小路。元は寛永寺への将軍の御成街道。明暦三年(1657)の大火後、火除けのために拡幅され広小路となる。
[※4]仕掛。吉原語。花魁の着る裲襠(うちかけ・かいどり)の衣装をこう呼んだ。
[※5]太物。木綿の反物の呼称。絹物に比べ巻が太いため。
[※6]黒ッたって根は白。黒は玄人、白は素人、白人(はくじん)とも呼んだ。根は、元々はの意。
[※7]鉄砲見世。吉原で最下層の妓女を置いた見世の一つ。西河岸や羅生門(らじょうもん)河岸などには局見世、切見世、鉄砲見世などと呼ばれる小間の見世が並んでいた。
[※8]局女郎の勤め。上の鉄砲見世などで働かされることを言う。勤めとは女郎稼業を表す言葉。
[※9]警動。町奉行所が岡場所(私娼窟)の手入れをすること。臨検。表記は他に、驚動、傾動、怪動、刑道などあり。正字未詳。
[※10]ねた。種の転語。通人言葉。
[※11]大沢屋。甘納豆屋だが、蒟蒻田楽も商う。http://asakusaoosawaya.joymo.jp/m_00.php
[※12]蒟蒻田楽ひと串。串に刺したこんにゃくを茹で甘辛の練味噌を塗ってある。一串100円。
[※13]守貞満稿。喜田川守貞著「近世風俗志(守貞満稿)」宇佐美英機校訂・岩波文庫
[※14]鯔背。勢いがよく意気な男。髷の刷毛先を鯔の背のように三角に細く立てたからとも言われる。
[※15]九尺二間。一般的な長屋の一部屋の寸法。間口九尺(一間半)奥行き二間で合計六畳の広さだが、入口の土間もそれに含まれため、実質は四畳半の板間。畳、入口の障子は入居者の自前。筵(むしろ)で暮らす者も多くいた。
[※16]並木藪。東京の藪蕎麦を代表する御三家の一つ。http://donraku.moo.jp/wa/yabusoba.html
[※17]弁天山美家古。江戸前握りを堅持している鮨店。http://www.mmjp.or.jp/OTARU/insyoku/jsu-miya.html
[※18]のうれん(暖簾)。江戸の頃はこのように発音されていた。(守貞満稿参照)
[※19]那智黒。那智黒石の略。碁石にも用いられる。混じり気のない漆黒の小石で表面に滑らかな艶がある。古くから珍重された石。並木藪蕎麦の店内の床にはこれが撒き埋め込まれ、研ぎ出しされている。
[※20]純米酒しかお食べぢァねえんで。江戸の頃、酒は飲むと言わず食べると言うことがままあった。
[※21]下地。醤油のとこ。江戸ではこの呼称がよく使われた。
[※22]時分時(じぶんどき)。食事時のこと。ここでは昼食時として使用。
[※23]八ツ時分。いわゆるお八つと呼ばれる時刻。明治以前は不定時法なので四季により時刻は異なるが概ね現在の2時から3時頃。
[※24]海老天。天麩羅とは魚介類に衣をつけて揚げたもの。野菜の場合は精進揚げと呼び区別する。
[※25]才巻。全長12、3センチの小振りな段階の車海老。味、食感ともにもっとも佳い。鮨屋、天麩羅屋、料理屋などで用いる。
[※26]立役。歌舞伎の主役のこと。立役者などとも。
[※27]黒子。くろこ。歌舞伎の舞台上で役者の補助をする全身黒づくめの者。観客からは見えない存在とするのが約束事。


お客人、それはそれはご満足あんさったことでしょう。数時間の内にお江戸を肌身で知るにこれ以上のことは考えられません。わたしも覚えておきたいと思いました。思いあしたが、喜三二さまだからこその味付けで、わたしじゃ役者が不足だわー。
あ、そうですね。たしかにおいしい天麩羅はお蕎麦の影を薄くしますね。どちらも余分なときをおかずに口に運びたいし。
それで、ぬき、ができたのかしら。
そういや、いまはないけど、八重洲富士屋ホテルの路地にあった三日月は天麩羅のない蕎麦屋でした。
投稿: 風知草 | 2008年6月19日 (木) 20時16分
そんな心得のある蕎麦屋さんがあったンですかい。そいつァ残念だったなァ。
やっぱり天とか鴨南だとか、蕎麦を脇ィ押しやるよふなもんやんねえとやっちァいけねへのかも知れやせんねェ。
それにしても風情を知った屋号だねェ。もふそれ聞いたゞけで、心構えが分かろうッてもんですワ。
喜ンの字
投稿: 喜三二 | 2008年6月19日 (木) 20時42分
梅雨の合間のそぞろ歩きですか?
お友達もさぞや心晴れたでしょうね。
ナニが楽しいって、
お金を時間に代えても時間が欲しいのが今のご時世。そこをこうやってのんびり贅沢な時間をあっさり過ごされるってお友達もさぞや素敵な御仁でございましょう。
私も海老は小さなほうがお好きです。
何セ頭と尻尾だけでもいいくらいなんで、ああそれでなのでしょうか 御酒がいただきたくなるのは。天ぷらをお酒でさっぱりさせて、次にお蕎麦になる
どうりでお酒がすすむのだわ~ヽ(^。^ )ノ
なんてね へへへっ
投稿: ぱら | 2008年6月19日 (木) 22時18分
梅雨の合間のそぞろ歩きですか?
お友達もさぞや心晴れたでしょうね。
ナニが楽しいって、
お金を時間に代えても時間が欲しいのが今のご時世。そこをこうやってのんびり贅沢な時間をあっさり過ごされるってお友達もさぞや素敵な御仁でございましょう。
私も海老は小さなほうがお好きです。
何セ頭と尻尾だけでもいいくらいなんで、ああそれでなのでしょうか 御酒がいただきたくなるのは。天ぷらをお酒でさっぱりさせて、次にお蕎麦になる
どうりでお酒がすすむのだわ~ヽ(^。^ )ノ
なんてね へへへっ
投稿: ぱら | 2008年6月19日 (木) 22時18分
そうだよねェ。天麩羅ァ台抜きで誂えなきァいけねえ。
蕎麦が乾くンぢァねえかと気が散ッちまってちァ、天麩羅にも蕎麦にも申し訳がたゝねえもんナ。なにごとも段取りだねェ。盆暗ぢァおんなじもんも不味くして喰ふことになる。罰ィ当りヨ。ありがとヨ。
喜ンの字
投稿: 喜三二 | 2008年6月19日 (木) 23時32分
お客を蹴っ飛ばし 転がして入れるから
「蹴転」って、「お直し」の噺にありますが、そうなんですかね?
お客人が一緒だと いつもの店でも
頼むものなど変わったりして 面白い★
あたいは山葵でちょいちょい飲りますよ。
投稿: ひとみうぢ | 2008年6月20日 (金) 20時51分
あっしもついこないだ志ん生のお直し聴いたばっかしでネ。師匠、そう言っておりやすネ。
多分そうでやしょうし、逆もあるのかなッても思ふンですワ。なんせ時間を切って売ってる忙しない見世なんで、まるで客がお女郎を蹴転ばしてるようでもあるッてのも掛かってゐるンぢァねへかともネ。
焼海苔についてくる山葵をちょいと舐めちァちびりとやる。こいつもけっこう毛だらけだヨ。
喜ンの字
鉄砲なんて呼び名の元ァ病気持ちが多い見世なんで当たると死ぬヨとか、ちょんの間なんで、ちょいと跡ァ書けねへヤ。
投稿: 喜三二 | 2008年6月20日 (金) 22時04分
午酒おせゑて人生の脇道で道草なンてえのも乙粋でござんすよ。
世が世ならば猪牙乗せて明け烏なんでしょうがねえ。
脇道て言やあ旦那の返し文に鉄砲女郎の云われ。
上手いこと言ったもンだ!洒落てるねえ。
手を打って、納得・知っ得・当たれバお気の毒。
投稿: 仇吉 | 2008年6月21日 (土) 14時08分
うまいこと言ふねえ。上々大吉だヨ。
崖っぷちまで行って、人は初めて千尋の谷の深さを知るッてネ。トは言へたかゞ午酒ちょいと大仰だったかナ。
猪牙にも乗らず太鼓のおだてにも乗らず、観音の情けも弁天の業も知らず天寿を完ふするもまた人生なり。君子危うき寄らず。
日々危うき 喜ンの字
投稿: 喜三二 | 2008年6月21日 (土) 16時30分
追い書き
めえの返し文であっしァ、鳥渡(ちょいと)読みィ浅かったかも知れねへと気づきやしたのヨ。
お連れさんは、盃いっぺえを味わったとこで、「午酒ァ滲みますなァと感嘆しなすったのヨ。てえこたァそこでもふ、その先の千尋の谷の深さ見てとっておいでだったンだろうネ。こいつァ危ねえ、はまると抜け出れンねえトね。
用心\/だが、その危ねえとこ合点承知で分けゐるのを通り者だの通だのッて言ひやすネ。傍から見りァ莫迦に見えやしょうが、いまの詞で言やァ冒険家。いつの世もそうした者が道ィ拓くンでしてネ。安穏についてくのも賢いが、せっかく生れた面白みにァ欠けやすナ。
危うきに近寄らずの君子か、危うきを踏み越える愚子か。
こいつァ考えもんだネ。
人足にまみれし土は踏み難し 喜ンの字
投稿: 喜三二 | 2008年6月22日 (日) 15時49分