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2008年5月 4日 (日)

八人目出会青山(すゑひろであひのあをやま)

 こゝんとこずっと躰のちょうつげえ(蝶番)の按配がよくねへ。デ整体の先生ンとこに通ってるッてわけだ。右の足首ァわけえ(若い)時分に捻挫しやして、ほんの鳥渡(ちょっと)内側に捻れたまンまヨ。腰ァ岩登りなんてなんの役にもたゝねへことやってゝ、落ちやしてネ。そんとき軽く打ってやっぱり内側へちっと曲がってゐるらしいのヨ。首と肩ァ久しく物書き職人やってたお蔭ですっかり躰が出来上がっておりやして、ご丁寧に右とめえ(前)にずれてるッて始末サ。
 昔ァ骨接ぎァお江戸ぢァ名倉[※1]が有名でやしたねェ。ありァ先生のお名前でやしょうが、流派みてえな感じで呼んでおりやしたねェ。そいで骨接ぎたァわざ\/誰も言はねえ。名倉で通っておりやしたね。あっしが通ってる先生は、名倉ぢァねへヨ。話してるうちに、ちょいと昔のこと思ひだしての横丁ばいりサ。
 で、時間に行きやして、着替えをして小部屋で待っておりやしたら、口[※2]の洋暖簾(カーテン)が開きやして、長い髪のをんな(女)が面ァ覗かせて、へら\/ッて笑いやがんのヨ。あっしの療治ィしてくなさる先生はをとこ(男)ヨ。まだわけえが、ご自分の仕事に正直お方ヨ。あっしァそんとき眼鏡外してゐたんで、覗いた面ァはっきり見えねへ。なんだト目ン玉力ァ入れて見直したら、なんでえてめえかァ。あっしが腰ッぽねがずれて歩くにも難渋するッて泣言々ったら、だから早く行きなさいよッてこゝの先生を紹介してくれた親の代からの古馴染みヨ。
 去年の秋ィ古巣のお江戸へ戻ってきてからッてもの、妙にあっちこっちで知り合いにばったり出会う。けふもその手の八人目。相手ァ親の跡(後)継いで見世やってるから普段の日ァ療治にこれねへ。それが火曜日に出会ったからびっくりだが、思やァ火曜は火曜でもけふは旗日(はたび[※3])。見世は休みッてわけだ。それにしても、おんなじ先生であっしの一つめえの時間たァ、めったにねへ縁だねェ。「おわったらどうすんのッて言ふから、柳川でいっぺえやりに行くつもりよッて答えるト伊せ喜かいッてンで、うんにャ高ばし(橋)まで行ッちァけえり(帰り)が億劫だ、駒形[※4]サ。駒形の大将ならうちの見世ェ来るよッて抜かすンで、こいつと一緒に駒形行って大将に面合せでもされたら、世の中狭くなッちまって跡が窮屈だ。「うぅん、柳川かァ、でもいゝやついてッてもいゝかいッてッから、いゝヨ、だがあっしァこれから療治受けるンだ時間かゝるゼ。あたしァそこらぶら\/してるから、終わったら懐電話かけてネってで、合点承知、そこらで迷子になんなよッてからかってやったら敵も減らず口ヨ。なにィいってンだいこゝらあたいの嶋だよッて捨てぜりふ残しァがった。ついこないだまで、この脇に住んでたンだし、通った手習指南処ァ西南小学校だってンだから青山ァしょば(所場[※5])のわけヨ。
 であっちこちのがたァ入れ直してもらひ、落ち合って飯サ。敵も柳川ァすゝまねへようだし、あっしも窮屈だから、どぢゃう[※6]を鰻に換えて銀五[※7]竹葉亭[※8]の二階に腰ィ据え、暮れなずむ町ィ眺めてぱいゝち[※9]。肴二三品。上がりァ鰻重で〆てお開きにいたしやしたが、お勘定ッて段のなったら、「こゝはあたいに任せな、誘ったンはこっちだし、働いてるもんが働きのねヘぢいさんに払わすわけにァいかないヨなんていっちょまい(一丁前[※10])の口ィきゝやがってさァ、なんだかいつのまにか大人になった娘にご馳(ち[※11])になったやふな心持ち。鳥渡(ちょいと)目頭熱くなったゼ。あっしも焼きがまわったなァ。

附(つけた)り
[※1]名倉。名倉接骨医院のこと。江戸東京、昭和も戦後まで名高かった。「享保から千住にきた接骨医。門前に患者専用の宿屋ができるほど繁盛した。街道筋なので足を痛める人が多かったのである。」(海野弘「江戸の盛り場」)
[※2]口。入口の略。
[※3]旗日(はたび)。明治より国が定めた祭日には、終戦まで各戸で国旗を掲げたため、この呼び名があった。
[※4]駒形。駒形どぜう、の略。どじょう料理の店。本店 http://www.dozeu.com/dozeu_fl/info/info.html
[※5]しょば(所場)。場所の倒語。縄張り、の意。
[※6]どぢゃう。歴史的仮名遣い。他に諸説ある。泥鰌、鰌、の漢字をあてる。江戸のみならず戦後の真仮名遣いになるまでこの表記が使われた。
[※7]銀五。現在の銀座五丁目の略。三愛ビルと向いの日産ショールームのある区画は、江戸時代には尾張町元地と呼ばれた(万延「京橋南築地鐵炮洲繪圖」)
[※8]竹葉亭。鰻屋。銀座店 http://www.unagi-chikuyoutei.co.jp/ginza.html 本店は、江戸末期に京橋付近の浅蜊魚岸(あさりがし・現在の新富町)で創業。
[※9]ぱいゝち。一杯、の倒語。お酒を一杯飲む、の意。
[※10]いっちょまい(一丁前)。いっちょうまえ、の江戸訛り。一人前、の意。
[※11]ご馳(ち)。ご馳走、の後略語。ご馳になりやす、などと使う。

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コメント

おやまー、うれしい出会いの末広がり。旗日にふさわしいことでしたね。

>大将に面合せでもされたら、世の中狭くなッちまって跡が窮屈だ
なんだかわかります。この感覚(笑い)。

お躰の蝶番がととのったところにお神酒がちょっと入る。その気持ちのよさは格別でしたでしょう。わたしも左右ガタつくので修理に参りますが、そのあとはお神酒がスーツと通るのを確かめずにはいられません。

moon3風知草姐さん江

 ありがたふさん。姐さんも蝶つげえがいけやせんかい。おつろふござんしょう。
 でもなんですよネ。ガタァ直してもらった跡の御神酒のうめえこと。なんか真ッつぐ躰ン中に滲みていきやすもんねェ。
 辛いから直してもらいに行くンだか、うめえ御神酒飲みたくて直してもらい行くンだかわかりやせんがネ。マそりァどっちでもいゝやネ。

 喜の字

八人目の出会い、いいですね。
まだまだ出会いがありそうですね。

訳ありの人との出会いが楽しみですね。

奈の字

moon3なの字の旦那江

 訳ありねえ。そんなンと出会ってみてえねェ。なんて挨拶するのかねェ。
 こんなにひよっこり思ひがけねへとこで思ひがけねへお人と出会うンだから、そんなときの挨拶の文句の一つも考えておかねえトいけやせんナ。
 マそんな構えしておきァ出会ふ気づかいもねえかもしれねえネ。

 喜の字

鰻屋なんて 色っぽいですねぇ
 お江戸ぢゃ、女の方が誘うのが当たり前だったとか・・・
 
あれ? 旗日って今もうあんましいわないんですかね。   
けど こうなったらあたいも、
 「ふらふら→バッタリ」を目指したくなりましたよ。

 今トなっちゃあ跡形も無く、わずかに露地が面影残す町並みン中、あの日ハいずこと虚ろに仰ぐ青空に「もしやお前様ハ・・」の声に辺りハ一変。
夕焼け空ハたそがれどき、聞きし声にハ忘れもしねェ、丈ェ比べたおめえのことヲ・・・

 なンてノスタルジックなひと時ヲ共に有すハ古里の皆様方でござんすからね。ふヽヽヽ

初めてこちらに書き込みします~
 思いがけない出会い、素敵ですね^^
私も昨日は浅草で鰻を食べに行きました。
本当は「前川」に行きたかったんですけど、
人と雷門前で待ち合わせだったので、
「川松」(あれ?こんな名前だったかな?)に行きました。初めて入ったけどここもおいしかったです~

 私も今は踊りの稽古のせいで肩、腕、腰がボロボロです。整体に行きたい~

moon3マリアの介姐さん江

 そうだそうで。お江戸の女はもたもた待ッちァいねへや。てめえから惚れて、てめから振って。男なんか掃いて捨てるほどいらァなッてね。困ったネ。

 喜の字

moon3仇吉姐さん江

 姐さん、ますます筆が冴えておいでだねェ。あっしァどう返していゝか。ちょいと返答に詰まっておりやすよ。なんだか落ちぶれた餓鬼の時分のあっしヲ見られてるふやでやすゼ。

 喜の字

moon3マリ姐さん江

 ありがたふおざりィやす。これからも書き込んでおくんなせえヨ。
 待ち合わせて鰻屋へ。お安くないよ。図星でやしょう。蒲焼だけに、やけるよッてやつだ。

 踊りッてのは、傍で見りァしなやかでどこにも無理がねへようだが、見るとやるとは大違いッてもんなんでやすねェ。躰を痛めねへようになすっておくんなさいナ。

 喜の字

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