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2008年4月18日 (金)

旅武士見参(あさぎうらけんざん)

 比(ころ)は弥生三月十二ン日(西暦4月17日)。ぐるりまわるハ山手線(やまのてせん)、雨にも負けずひょいと飛び乗り一駅目。乗合の立て込む客の間から、向ひッかわの席の足元がちらりと見えて、思はずこらす目ン玉ヨ。どっからどう見ても、こいつァまがうことなし、明治大正昭和飛び越え平成の、西洋亜米利加かぶれもきわまったこのご時世に、銀幕茶(ぶらうん)管か液晶か、そんな作りもんの絵の中で、たまに目する旅の馬乗り袴。茶の太縞、裾のぐるりを黒八[※1]で、塵除めぐらすハ仕立ての定法。その足元ハ紺足袋で決めて雪駄履き。手にした唐傘で推し計りァ、雨は合点(がってん)承知の介のお出ましヨ。その雨ン中、大切雪駄で伸(の)してゆく。しみったれにァできねへ相談、豪気もん。跡(後)でかん\/照りにでもならふもんなら、雪駄の土用干し[※2]。その名の通りに政治家か金貸か、そっくりけえってなんの役にも立たねえ代もんになりさがっちまいやしょう。そいでも雨中(うちゅう)ものともせずに履いて伸す、見上げた根性(こんじょ)のお方さま。ほんとなら草鞋(わらじ)で決めてえ旅姿。江戸の昔なら履き捨ての、そんな草鞋ァいまぢァ金や太鼓で探せども、貴重品の大貴重。越後屋三越探せども、幕府隠密密偵の化け衣装処ご指定の大丸呉服店か峠の茶屋か、ぞろ\/と下がって来る見世ェ[※3]さがしてもいまどき手にゐるしろもんでなし。仕方ねヘト泪ァのんでの雪駄の踏み出しとお見受けいたしやす。目と目が合えば、あっしァ着流し、黒羽織、足元ァ褄皮付けた黒漆真塗りの足駄履き。ともにそろった変りもん。こいつァ知らん顔の半兵衛はできねが道理。目顔で挨拶と狙い定めて、邪魔な客の切れ間ァ待っておりやすトやがて着いたる甲駅[※4]で、どっと降りた車内はいったんがら空(す)き。どんな旦那か、楽しみにしかと見据えたそのご尊顔。黒々とした乱れ髪、鼻下に蓄えし髭少し伸び、寝起きのご機嫌悪し漱石先生かくやのごとし。きッと睨まれ、笑顔の目配せどころぢャなし。町人風情のこちとらハご無礼ご容赦と目ェ伏せながら、しかと見届けし袴の男。上着ハ茶の羽織。よもやぶッ裂ト思ひきや、後姿はまさに図星のぶッ裂き羽織。腰に大小なけれども、まがうことなき浅葱(あさぎ[※5])侍旅姿。手にする唐傘、逆手に持ち、肩で風切り甲駅の、ぞめきの中に消えにけり。

附(つけた)り
[※1]黒八。黒八丈のこと。丈夫なので、袖口や衿などに用いられた。幕末の通人の間で羽織も長着も黒が粋とし流行り、黒八の羽織などが着られ、この好みは明治にまで続いた。
[※2]雪駄の土用干し。濡れた雪駄を炎天下で干すと反ってしまうところから、偉そうにそっくり返って人間をこう呼んで茶化した。
[※3]ぞろ\/と下がって来る見世。落語「ぞろぞろ」より。
[※4]甲駅。新宿は甲州街道第一番目の宿場であるところから、こう称した。
[※5]浅葱(あさぎ)。浅葱裏。田舎武士の多くが袷の裏に安価な浅葱色の木綿を用いていたところから、勤番で江戸へ来た田舎武士を嘲って呼んだ。

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コメント

へ〜!!
そういう方がいらっしゃるんですねえ、、。何者か、興味深々ですな(^^)
『旅武士見参』
兄さんの日記を読んでると、いつのまにか自分も旅をしてる気分になっちまいます、、。

moon3牛込さん江

 いやァじつはねえ。はじめお顔が見えなかったンで、もしや牛込さんぢァねへかなァと思ったンですワ。でなんとかお顔をと思ったら違うお方でねェ。いやァほんに世の中面白くなってきやした。着物とその生き方が時花(はやり)になってまいりやしたゼ。うれしいねェ。

 喜の字

 淋しい御仁でござんすねえ。
 言葉交わして善き日にするか、黙して去り行き縁断つか・・・心ひとつが出会いになるンでござんすね。
 旅ハ道連れ世ハ情け、袖すり合うも他生の縁、以心伝心、異口同音てな具合でねッ。
 それヲ睨みイ効かすったあ四角四面のお役人か、はたまたスネに傷あるひかげもん、だったら人目についちゃあいけやせんよ。

 それとも風流楽しむ算段ならバこころオ開けっぴろげておくんな。
 そよ吹く風が運び来る浮かれ太鼓に笙の笛の音が届きやしょう。

moon3仇吉姐さん江

 あの渋面(しぶづら)、ありァお役人とあっしァ見やしたゼ。火急の用事で、甲府へ走れなんてお達しを受けてのお出かけかな。ご当人ァこんな吹きッ降りに、なんで俺がッて顔よ。
 いちンち誤魔化してやれッてんで、昼も廻った八ツ時分、旅装束に身ィ固め、行きがけの駄賃に内藤新宿。馴染みの飯盛と二つ枕の夢ェ見て、明日は烏カアで後朝(きぬぎぬ)の別れで袖濡らし、後ろ髪の一の字[※]ッて企んでおいでだったンぢァねえかねへ。
そこンとこ、あっしに見抜かれたト思っての渋面(じゅうめん)ぢァござんせんかいトね。

喜の字

附(つけた)り
[※]一の字。丁髷の後へ張り出した部分。

まぁ、珍しい方がいらっしゃったものですね。
お歳のころはおいくつくらいでしょうか。
少しお若い方ですか?
面白いとは思いますが、如何せんそのご機嫌の悪さじゃ、
お近づきにはなれませんわね。

moon3おあやのお内儀さま江

 四十前後ッてとこですかねェ。
 なァに敵さん、機嫌が悪いッてわけぢァなへンでやしょう。同類みてえのに出会っちまッたんで、照れくさかったンでやしょうヨ。
 また出会えたらおもしれえがね。これこそ、縁だねェ。

 喜の字

以前着物で駅のコンコースを歩いていて、向かいから来た和服の女人に睨みつけられた経験があります。 

年上の人でしたが、オヤ同じいでたちね、とちらり微笑み合えりゃ、粋なオトナというものですが。
対抗意識にとらわれた、心の狭い人間が多すぎます。 ま、そんなときは、こちらがステキすぎたのかも、すみませんなあ~、と考えることにしちゃおうかな、ははは。 

moon3ミーシャ姐さん江

 そういふことでやしょうヨ、きっと。そのお方が悔しがるほど、姐さんが凌いでおいでだったッてことでやさァ。妬みほど恐いもんはねへト言ひやすもんねェ。
 根性悪ほど妬むから始末ァわりい。のほゝんと生きたいねェ。いやなことの多いこの世でやすからねェ、着物でも着て気晴らしゝなきァねへ。そんとき睨み付けちァいけやせんよネ。

 喜の字

 
 こりゃあ、とんだうっかり八兵衛、そんな算段とハつゆとも知らずごめんなすって。

 甲府えの火急の御用、・・・もしや、明日ヲも知れぬおもむきならバ今生の浮世の別れェ惜しむハ道理。
 
 ご思案なさったンでやしょうが、よもやお上のなさる事にィ間違いございますまいト泪あ呑んでの忍従姿・・・。
 
 苦娑婆でござんすね~ェ。

moon3仇吉姐さん江

 通う山道恋路の道か、それともお家大事の死出の道。忠に生きるか、手に手を取って、恋の道行雨ン中。春雨ァつれえ雨だなァ、あい主さまァ、なんて、ぶッ裂き羽織のとッつあん、あれからどっかにしけこんでそんな濡れ場になってンのかなァ。

 もしもこれ読んでたら、一筆実正(ほんと)ンとこおせえておくれ。でねえと本人に関係なしに咄ァどん\/先ィいっちまいやすヨ。

 喜の字

 ヌシ様とたといこの世で別れても、思いハ残るこの宵のみつる情けハ望月ト。

 願うハ忘れ路甲州街道、向かう西方手に手ヲ取って行きたやヌシとどこまでも。

 この語り、続きィどうなるンでやしょうねえ旦那。

moon3仇吉姐さん江

 粋な文だねェ。惚れ\/して三遍読み直しやしたゼ。これで三味の音がすりァ新内の一節(ひとふし)ヨ。
 行先ァ言はずと知れた鰍沢、圓朝の噺のまんまサ。好いたお方と侘住まい、亭主(ていし)は熊の膏薬売りにッてネ。

 喜の字 

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