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2008年3月30日 (日)

切られ与三桜新傷(きられよささくらのしんきず)

 忘れもしねへ七ツンとき、餓鬼仲間と戯(じゃ)れあッて遊(あす)びの最中(さなか)、勢い余って左脛、ぱッくり四寸切りさいたが大怪我の端(はな)。その痛さも忘れぬ先、小刀おもちゃにし、手元狂ってざッくり逆さに切り込んだ人差指、骨の蝶番に食い込んで、刃先ァとまったが運のよさ。それもこれも自分でつけた傷、その傷ゥ振り出しに、若気も消えての峠越え、五十路にへえっての半ばまでにァ、左手にァ大小合わして六(む)とこの傷こさえ、まるで切られ与三郎。だが、与三にも負けねえあっしの自慢、どの傷とっても向ふ傷。背(せな)に受ける逃げ傷ァ、毛筋一本ありやせん。
 そんな自慢もてめえで言ッちァ聞く人ァ片腹いたし。その腹の真ッちょうめん、胃の腑の下から臍下まで、思いッきりよく縦一文字、ざっくり切り下げた大手術、おんなじ場所を一度ならずも二度までも。その右脇ァご愛敬(あいきゃう)の盲腸傷。左のどてッ腹(ぱら)にァ風穴(かざあな)空け、大腸を付けたり取ったりの塞ぎ跡。腹ン中にァその大腸をチタンの豆鎹(まめかすがい)で縫いつないだ跡が、戀琴(れんとげん[※1])の霞写真で撮りァ数珠つなぎの蛍が腹ン中で、光ッていやうッて愛敬腹。
 も一つ自慢は無傷の右のかいな。長着の袖ェさッとたぐり上げ、江戸の水道で磨いた白い肌見せてえくれえのもんだッたが、一気咲きの満開の桜の花の下、この如月(二月)廿二日(西洋暦3月29日)、その手首の真下ァざっくり切られ、またもや受けたる向こう傷。病のためとハいゝながら満身創痍の切られの与三、こいでまたまた箔がついちまいやして。相手ァれっきとした某医大の心臓血管外科のお若医者。二人がかりの外科手術。静脈切って動脈に、つないで血の流れよくしてやろうのご深切。こいつァ花ァ真ッ盛りのありがた山桜(やまざくら[※2])。ことしァいっそ[※3]いゝ年になりやしょう。

附(つけた)り
[※1]戀琴。X線を発見したドイツ人物理学者ビルヘルム・コンラット・レントゲンの漢字当て字。明治期の表記か。戀の字、正しくは心の箇所が「木」。
[※2]ありがた山桜。ありがとうに感謝の「さん」をつけ、それに山の字を当て、訓読みで洒落たものに、さらに桜を付けて山桜と洒落のめしたもの。「有難山」の表記は、安永五年・高漫斎行脚日記、安政四・七偏人(初上)などに。「有難山桜」の表記は、寛政元年・自惚鏡「こいつはありがた山桜とおもひのほか」などがある。
[※3]いっそ。大層、非常に、とっても、の意。嘉永・皇都午睡(三中)、明和初年・遊子方言、安永二年・南閨雑話などにある。「茶もいっそぬるくなりいした」(南閨雑話)

2008年3月23日 (日)

根岸午羽二重肌(わびずまひゝるのはぶたへはだ)[※1][江戸仮名混じり書き]

 日暮里(にッぽり)駅で山手(やまのて)線遠(を)をおり、台下[※2]へ下(くだ)りァそこ者(は)もふ根岸の里。そのまンま辰巳[※3]尓(に)ィぶらぶら歩き。ほん能(の)二三丁[※4]寺の前、王子道根ぎしト石の道標脇に突(つ)ッ立てた羽二重団子名代の見世[※5]。入(へえ)りァ洋卓(てーぶる)並んだ其(その)の向ふ、築山拵への風流景色。中ァ抜けて庭能(の)床几(しょうぎ[※6])ィ腰ィ落ち着け「姐さんすまねへが、醤油の付焼きひと串と漉し餡ひと串、煎茶でこせえてくんねえ可(か)ト誂え多(た)と御覧じろ。
 床几尓(に)ァ畳ィ敷き、脇にァ多葉粉(たばこ)盆の用意。団子喰ッ多(た)ら一服の楽しみト合財袋さぐれ東゙(ど)も自慢の銀の延べせるき[※7]ァありァしねへ。しまッ多(た)しくじッ多(た)。残念無念の一念ながら、宇(う)禮(れ)しい能(の)ハこゝンちの仕掛け。すッ可(か)りお江戸ヨ。江戸の比(頃)尓(に)ァ水茶屋蕎麦屋ァ居酒屋、東゙(ど)己(こ)も床几可゙(が)当りめえ。椅子や洋卓なん曽゙(ぞ)祢(ね)へもんサ。まして酒樽醤油樽、腰掛代りの罰当りァどこの見世尓(に)も阿(あ)り也(や)せん。活動ドラマ天゙(で)お馴染みの樽の腰掛、阿(あ)りァ大嘘のこんこんちき[※8]。樽ハ使い捨て奈(な)ン可(か)で支(き)祢(ね)へ高直(こうじき[※9])もの。樽拾(たるひろひ)ッ言って、酒屋醤油屋ァ丁稚可゙(が)得意を廻って空樽あつめて歩似(い)多(た)ものヨ。
 築山から白滝、下にァ緋鯉和金の泳ぐ池、端(はた)にァ佐渡能(の)赤石。山の脇に者(は)十三重の石塔。そいつゥ目尓(に)した途端、餓鬼ィじぶん暮し多(た)、祖父(ぢい)さんの天沼の寮[※10]者(は)弁天荘を想いだし、柄尓(に)もねえ勇(いさみ[※11])ぢゞいの名折れ。ヱイ、しゃらくせえ。
  団子喰い多(た)さ見多(た)さ[※12]の侘の里。 浅草通ひの道すが良(ら)、鳥渡(ちょいと)承知の遠回り。こゝでふ多(た)串可(か)し己(こ)でひとざる[※13]、そんな魂胆午の仕度[※14] 。ごろごろ轟く音(おん)尓(に)見上げりャ風来山人[※15]可(か)雷可(か)、越気丁児(ゑれきてる[※16])能(の)鉄道が、築山の向ふ高く通り過ぎ、こゝ者(は)末(ま)ぎ禮(れ)无(も)なく山能(の)下。確か尓(に)日暮里、日蔭の里。半日村多(た)ァよく言ッ多(た)。西に高台(たかだい)山能(の)手が、阿(あ)ッちャ半日々蔭の侘住まい。午の前からお天道さまがァ、山手尓(に)可(か)ゝりァ、昼の最中(さなか)尓(に)こゝら辺(へん)者(は)日暮れ尓(に)なるが道理の宵の里。曽(そ)いで日暮れの里ト書いて日暮里可(か)。にちボり訛りにッぽりト、奈(な)っ多(た)と当てゝ推量。名代団子能(の)焼上り、待つ間つぶし能(の)暇つぶし。当てずッぽついで尓(に)、山の手能(の)其(その)根ッこの岸で根岸ト言ふ可(か)。いまのご時世台東区、高台の東尓(に)あるから台東区。思案めぐらし、訳知り顔能(の)独り合点決込む比にァ、「ハイお待多(た)せト姐さん可゙(が)盆遠(を)運んで久(く)禮(れ)るッて段取りサ。
 ひと皿尓(に)行儀よく並ん多゙(だ)串二本。漉し餡団子に醤油付焼き団子、とも尓(に)ひと串尓(に)四ツッつ(よッツッつ)。昔ァ団子者(は)ひと串五個で五文が相場、ところが四文銭(しもんぜに[※17])可゙(が)新鋳(しんぶき)佐(さ)禮(れ)天(て)からッ天(て)无(も)能(の)、釣のいらぬ算段で四ツ遠(を)ひと串にが並(なみ)尓(に)なっ多(た)曽(そ)宇(う)。そいつがご維新こえて平成の御代尓(に)まで仕来りと奈(な)ッ多(た)己(わ)け。蕎麦が二八の十六文ト四文の倍数尓(に)奈(な)ッ天(て)ン能(の)も其(それ)可゙(が)由来ト聞く。
 サテ初手ハ甘い能(の)漉し餡可(か)良(ら)可(か)、者(は)多(た)ま多(た)辛い醤油付焼き可(か)良(ら)可(か)。こゝ可゙(が)思案のし処ト、迷う楽しみ、団子能(の)追分[※18]。醤油で皮切り春(す)りァ東(と)ゞめ者(は)漉し餡。甘いで始めりァとり[※19]ハ辛いの醤油。こいつァ跡(後)味(あぢ)考えりァ漉し餡から手ェつける可゙(が)上策ト思ひめ久゙(ぐ)らし、まずひと川(つ)。皿尓(に)添えられ多(た)楊枝ィ使い、串から漉し餡の羽二重団子一個を引き抜い多(た)。串ィ横ぐわえしねへでいゝのが、こゝンちの深切(しんせつ)。客へのこの気遣いずっと重ね天(て)名代尓(に)奈(な)ッ多(た)証でやしょう。
 羽二重団子ハいまゝでも何度可(か)喰ッ多(た)馴染ミの団子。見世で喰うのハけふが最初。やっぱり足ィ運ん多゙(だ)ゞけの己(こ)多(た)ァある。さすが羽二重の名尓(に)恥ねえ舌ざはり歯ごたへ能(の)やわ良(ら)可(か)佐(さ)。二度惚れ三度惚れ天゙(で)ござんすヨ。餡の肌理(きめ)无(も)団子尓(に)負けねへ細かさ、羽二重の二ツ重ね能(の)奇妙(きみょう[※20])サ。
  甘さあっさり、跡(あと)口よし。甘さの次は辛味可゙(が)合ふ味並べ能(の)定石と、醤油を一ツ喰ふ。口ン中尓(に)広がる焦げた濃口醤油の芳ばしさ。これこれ、これが江戸能(の)勇能(の)味ヨ。妙奈(な)甘味ィつけ祢(ね)へ己(こ)能(の)さッぱりし多(た)切れ味可゙(が)、江戸ッ子気質ッ天(て)もん。そいで似(い)天(て)団子の肌ァふんわり能(の)羽二重。餡と醤油の取ッかえ引ッかえ繰りッ介(け)えし能(の)味はひ三昧。煎茶で〆て、ごッつォさん。勘定は多(た)可(か)多゙(だ)可(か)贋大銀貨[※21]一めえ払って三十八銭[※22]もの釣りィもらっ天(て)能(の)お帰りサ。安く天(て)申しねえ心持ち。また来るゼの詞(ことば)ァ腹ン中尓(に)納めて見世ェ出多(た)。今度とお化けァ見多(た)こと祢(ね)へッて能(の)可゙(が)通り相場。又来留(る)よ奈(な)んて気安く言やァ見世の方でも言はれ多(た)手前、お愛想尓(に)でもヘエありがたふおざりィやすト礼遠(を)言はなきァなんねへ。あしたの礼遠(を)けふ言者(は)せ留(る)奈(な)ッ天(て)ことヨ。来多(た)きァ黙っ天(て)ま多(た)おいで。そいつァ客の礼儀ッ天(て)もんサ。
 戻りの道筋、帳場可゙(が)久(く)れ多(た)受取(れしーと)見りァ、そこ尓(に)書かれた六ツの文字。六文字ッ多(た)ッてえ南無阿弥陀仏や南妙法蓮華経ト思ふ者(は)早とちり。団子召し上りト丁寧詞。頃日(ちかごろ)こんな気ィ遣ッ多(た)のォ見たことねへ。ぶっきらぼう尓(に)品もんの名前書いてあるのが当りめえ。お客能(の)多(た)めなんかぢァなく、見世の帳簿付け能(の)ため尓(に)書いてるだけヨ。こゝいらの心がけが、老舗尓(に)奈(な)禮(れ)る可(か)どうかの境目トあっしァ踏ん多゙(だ)ネ。
 駅めえで辻駕籠[※23](たくしー)拾っ天(て)浅草ハ二天門。いつも能(の)習ひで観音さま弁天さま能(の)別嬪(べっぴん)梯子(はしご)参り之(し)、腹べら之(し)。昼下がり、布゙(ぶ)良(ら)利(り)と立ち寄る並木の藪[※24]。蕎麦の実練り込ん多゙(だ)味噌あて尓(に)ぬる燗一本ゆっくり楽しみ、似(い)つもの伝(でん[※25])でざるゥいちめえ手繰ッてさッ東(と)ねぐらァ引き上げ。けふの一幕、これ尓(に)天(て)ちょん[※26]。

附(つけた)り
[※1]午(むま)。現代の表記では「うま」。午の刻。現代の正午と深夜零時さす刻名。ここでは昼の意。
[※2]台下。高台下、の意。
[※3]辰巳。東南の方角。
[※4]二三丁。長さの単位、一丁は三十間、109m。
[※5]羽二重団子。http://www.habutae.jp/
[※6]床几。数人で腰掛けられるように横長に作られた腰掛け。木製と竹製がある。時代劇の茶店の店先に置かれていることが多い。
[※7]銀の延べせるき。せるきはきせる(烟管、煙管)の倒語。江戸の通人の間で流行った言い方。のべは火口から吸い口まですべて一枚の金属を延ばしてつくった煙管のこと。
[※8]大嘘のこんこんちき。「こんこん」と「こんちき」の合成語。どちらも狐を表す。騙す、の意。
[※9]高直。高値、の意。
[※10]寮。別荘、の意。
[※11]勇。鳶、火消しなど、の侠気ある勇肌の者。
喰い多(た)さ見多(た)さ[※12]
[※13]ひとざる。ざる蕎麦一枚の、意。
[※14] 午の仕度。ひるのしたく。昼の食事、の意。
[※15]風来山人。平賀源内の号の一つ。
[※16]越気丁児(ゑれきてる)。電気、の意。平賀源内の実験で知られる。
[※17]四文銭(しもんぜに)。明和五(1768)年に新造された真鍮製の銭。表に寛永通宝の文字、裏に青海波の模様がある。
[※18]追分。二股道。ここでは餡の団子と醤油付け焼き団子の二つをさす。
[※19]とり。落語講演の最後を受け持つ真打ちにかける。
[※20]奇妙。素敵、の意。
[※21]贋大銀貨。500円硬貨の洒落。
[※22]三十八銭。38円の洒落。
[※23]辻駕籠。タクシーを洒落言った。江戸の頃、辻に駕籠を置き、通行人に呼びかけて乗せた。
[※24]並木の藪。並木藪蕎麦。http://donraku.moo.jp/wa/yabusoba.html
[※25]伝(でん)。流儀、やり方、方法、の意。
[※26]ちょん。ちょんの幕、の略。芝居の打ち出し。転じて、ものごとの終わりを言う。

2008年3月16日 (日)

仰天出会縁御与(びっくりであいえにしのよったりめ)[江戸仮名文字混じり]

 足に馴染んで久しい雪駄も寄る年波にやつれ果て、印傳(いんでん[※1])の鼻緒(はなを)の色が白足袋尓(に)にじむ侘しさ。江戸詣の棒組[※2]ト思やァ、うっちゃる[※3]邪険もできねへ可゛(が)道理。鼻緒の取ッ替ゑ頼ミ尓(に)、繰り出した先者(は)絶世の別嬪お二方[※4]お揃いの、ご存じ浅草。雷門の廣小路渡って茶屋町[※5]、折れて材木町。履物問屋の長谷川で燻(いぶし)印傳[※6]焦げ茶の鼻緒、選んですげ[※7]と底皮の、直し頼んできびす遠(を)返し、観音さま尓(に)弁天さん。お参り後生を託し、跡(後)ハお定まり並木丁[※8]の藪[※9]。暖簾(のうれん[※10])撥ね除け、ごめんなすッてト追い込ミ[※11]能(の)相席。いつもの寄り道昼下がり奈(な)ら、まずぬる燗で一本といく可゛(が)定石なれど、けふ者(は)ざるゥ壱めえト誂えて、組ンだあぐら尓(に)懐の、手拭ひろげほッと一息。ト、隣の先客からひと声かゝり、「その手拭の柄ァなんて言ふンですかい能(の)お尋ねヨ。
  問はれて語る无(も)おこがましい可゛(が)、こいつァこのめえ藤や[※12]でひょいと目尓(に)して紙入[※13]の、なけなし残り銭はたいたばかりの新調もの。下ろしたて能(の)湯気が出そうッて代(しろ)もンヨ。そんとき見世番の姐さん尓(に)、なんてえ柄だいト訊いたばかしの受け売りで「へい、玉つなぎでしてト答える間のよさ。こいつァでかした誉れの出来事。
 ざるゥズヾッと手繰ッて、「はい、ごッそさんト贋銀大小穴開き取り混ぜて[※14]ジャラリと払って格子戸後手(うしろで)尓(に)出りァ、早(はや)春能(の)霞か浅葱の空。午(むま[※15])の刻を鳥渡(ちょいと)廻った陽(ひ)ィ真ッちょうめん(正面)。天尓(に)輝く雷門の大瓦屋根。お参り欠かしちァ義理が廃(すた)るッてもの。人波掻き分け仲見世抜けて、けふも久しい贋銀いちめえ。ぽぉンと放ッて手ェ合わせ、お燈明も大奮発。こいつァご利益ごっそり来やしょう。なんてッ多(た)ッてお燈明、上げていたゞく佛の智恵。あっしの盆暗天窓(あたま)尓(に)も、ぽッと智恵の灯がともるッて寸法サ。
  戻ッて材木町の長谷川で、直し終わった雪駄尓(に)白足袋、鼻緒の〆遠(を)加減して、もらって職人さん尓(に)送られて、土竜(もぐら)電車能(の)穴蔵江(ゑ)もぐる地表の入口で、電話遠(を)一ツ。かけて終わってひょいと横、見りャ見多(た)お顔知った顔。互い尓(に)見合わせ「おやト声合わせ、こいつァ奇縁ごぶさ多(た)ぶり。このめえの船遊山の連(れん)でご一緒したての字の旦那ぢァござんせんかい東(と)ご挨拶。ことしァ思ひもかけねへ出会能(の)おどろき、縁が縁を呼んで能(の)出会の数々。旦那でこれで与(よ[※16])ッ多(た)り目。ことしァどんな運が転がり込む可(か)。こいつァ春から縁起 可゛(が)いゝわいなァ。

附(つけた)り
[※1]印傳(いんでん)。鹿革に模様を切り抜いた型紙を当て、漆で柄を染めたもの。いんど伝来と言われこの名がある。武将の甲冑の胴などに多く使われた。甲州産が多い。
[※2]棒組(ぼうぐみ)。駕篭舁(か)きの相棒のこと。そこからただの相棒の意にも転化された。
[※3]うっちゃる。投げ捨てる、の意。
[※4]絶世の別嬪お二方。浅草寺の観音さまと境内辰巳角の弁天山に奉られた弁天さまの意。
[※5]茶屋町。雷門の前の通りに左右に広がる町並みは江戸の時代、参詣客を目当てにした茶屋が並び、茶屋町と呼ばれた。なお、本稿の地名はすべて江戸幕末の町名。
[※6]燻(いぶし)印傳。本来の印傳は、なめした鹿革を大きな樽に巻き付け、その上に糸を巻いたり柄を置いて下から煙でいぶして色づけをした。
[※7]すげ。鼻緒をすげる、の意。
[※8]並木丁。並木町、の意。雷門の正面へ向かう道筋の左右の町名。かつて松並木があり、そこに新吉原通いの客を乗せるために馬子が馬をつないで客待ちしていた。江戸時代、町人地には町名があるが、絵図(地図)では町を丁と表記する例が多い。同音のためなのか、一丁の距離を一単位として区割りをし町にしたからか。
[※9]並木丁の藪。並木藪蕎麦の略。
[※10]暖簾(のうれん)。江戸時代(後期)この発音が記録されている。守貞満稿参照。
[※11]追込。追込座敷の略。人数に関係なく客を入れる座敷。但し、並木藪蕎麦は座卓で人数を制限しているので、正しくは追込座敷ではない。座卓は現代のもので、江戸の頃は蕎麦屋に限らず水茶屋など、どこでも卓は用いられていなかった。
[※12]藤や。藤屋のこと。手拭専門店。弁天山近くにある。江戸の書籍を見ると、現在なら○○屋と書くところを○○や、と屋の字を仮名表記していることが多い。
[※13]紙入。鼻紙入れ。これに小粒(一分金)や銭などの小さな銭金を併せて入れ、財布代りとしていた。
[※14]贋銀大小穴開き取り混ぜて。現代の銀色をした効果はすべて銀貨紛いである。大は五百円硬貨、小は百円硬貨、穴開きは五十円硬貨の洒落。
[※15]午(むま)。午の刻。正午、の意。むまは旧仮名遣いの表記。
[※16]与(よ)。四の意。四はしとも読み、しは死に通じるため、悦ばしい字である与に換えることが多かった。重箱の四段目を与の重と呼ぶのもそれである。

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