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2008年2月19日 (火)

江戸勇誉病(ゑどをとこほまれのやまひ)

 疝気(せんき)の虫ッてえ落語がありやしょう。あれになりやしたのヨ。まぁ、鳥渡(ちょいと)聞いてくんねえ。
 去年の春ッ比(頃)からかねえ。下ッ腹が疼くやふに痛んでネ。そいつがのべつッてわけでもなえんだが、ときたま差し込むふやな捩じられるやふなあんべえ(案配)で妙な具合ヨ。なんの痛みか分かンねへのヨ。肋間神経痛ハ自慢ぢァねえがわけえ(若い)比から馴染みでやすから、それならすぐに知れらァ。どだい痛む場所が違ひやすしネ。臍下何寸なんて言ひやすが、ほんに腹の底が痛みやすのヨ。下っ腹の右ッ片(かた)にァ盲腸とッぱずした跡がありやすし、左ッかわにァ大腸に孔ァ空いたときに縫い付けた傷があるッて始末だから、そんなこんなが痛むぢァねへかとも思ったが、盲腸ハ元服(※1)した翌としのことだから、かれこれ五十年もなろうかと言ふじでえ(時代)物。いま比痛むも間抜けな咄ぢァねへか。左の大腸の穴ぽこだって六七年はたつンだから、オギァと生まれた赤ン坊が小学手習所(てならひどころ[※2])に上がらふッてくれへ経ってゐる。痛みの強いときァ尾籠な咄でなんだが、へのこ(※3)から下り物がにじんだりしやがッて始末がわりい(悪い)。あっしァ来るもんが来たなト思ひやしたヨ。つい二三年めえのことヨ。鳥渡ばかしあっしよりわけえ知り合いがをとこ(男)だけの病の前立腺癌で往生したばかし。あっしも遅ればせながらト後追い病死かと観念いたしやしたネ。男は往生際がでえじ(大事)でやすからネ。
  なんのつもりか知らねえがあっしを師匠呼ばわりするお医者がおりやすんで、あっしにも来るもんが来たらしいから鳥渡診てくんねえト訪ねたのヨ。そしたら向ふさんいつになく真面目な面ァしやがって、そりァてえへんだなんて言ふぢァねか。そんなしんぺえ(心配)いらねへッてのヨ。こちとらもう俎(まないた)の鯉、観念しておりやすヨッてのサ。だが「そうはいかねへ、知り合いにしょんべん道具を専門(※4)にしてるいゝ医師がゐるからそこ行ってちゃんと診てもらえ、ッて紹介状を一筆書いてくれやしたのサ。ありがてゑことヨ。なんせ先生、漢方の本道でやすからネ。本道ッて言へば、いま言ふ内科全般だヨ。それがだめ押しに診てもらへッてわけだ。で、いろいろ診てもらッたンたが、よく分かンねへよふで、結局膀胱炎ッてことで一件落着となりやしたンだが、その後もおんなじ。痛んだり治ったりの繰りッけへしヨ。
  その痛みハ言ってみりァ五臓六腑が落ちてきて、腹の底を押しつけるやふな案配だと言ふト本道先生が、内臓を上へ持ち上げる薬があるゼッて出してくれたのが、補中益気湯(ほちゅうえっきとう[※5])てェ薬だ。いまァ便利なじでえだねェ。煎じるなんてこといらねへンだ。粉になっておりやしてネ。そいつゥ水で飲みァいゝ。これぢァ煎じ土瓶造ってる窯元ァ潰れるゼ。
  そんこんなでそいつをずっと飲んできて、頃日(ちかごろ)ァ痛むことも下り物もほとんどなくなったッてわけヨ。そこでだ、このあっしが珍しく書見(しょけん[※6])をしたと御覧(ごろう)じろ。おとついのことヨ。外題(※7)ハ東京落語地図(※8)。そいつをひもといておりやして、疝気の虫ッて題のとこを読んでいたら、なんと出ッ喰わしたのサ。あっしのトおンなじ下ッ腹の痛い病にヨ。これよ、これ。これがあっしの病ヨ。ざまあみやがれッてのサ。てめえ、こんなとこに隠れていやがッて。
  ちょいと書き抜いて読ましょうか。「漢方で、大小腸・生殖器などの下腹部内臓が痛む病気。どうでえ、ぴったりぢャねへか。これを疝気ッて言ふッてわけサ。この病の名ァ落語なんかぢャよく聞きやすが、どんな病気なのかずっと分からず仕舞いで、迷信みてえな病ぢァねへかと思っていたンだが、こゝにこうして自分が患ッたからにァいまでもちゃんとある病気と知れたわけヨ。よかったねェ、ッてのも変だがネ。
  この本にも書いてあるが、疝気ッて言やァ思い出す詞がありやしょう。「疝気(せんき)は男の苦しむところ、悋気(りんき)は女のつつしむところ、ッてネ。と言ふことハだ、疝気を患ってやっといっちょまい(一丁前)の男ッてわけだ。こいつァ誉(ほまれ)ヨ。あっしも男達(おとこだて)の勇(いさみ)ィ名乗れるッてもんだゼ。鼻ァたけえ(高い)ゼ、ほんにヨ。
  ついでにいゝことおせえてやろうか。江戸の奉公人ハ怠けるときァ疝気ィ言い訳に使ったそうだ。いまでもお勤めのお方ァ会社行きたくねへときァ、疝気ッて言ふといゝゼ。跡(あと。後))ハどうなってもあっしァ知らねへけど。

附(つけた)り
(※1)元服。数え15歳で前髪を落して大人の仲間入りをすること。この儀式は武士が知られてるが、町人にもあり、商人では元服により丁稚から手代に昇格した。
(※2)小学手習所(てならひどころ)。読み書きを教えてくれる処。それを商都の大坂では寺子屋、江戸では「屋」の呼び方は商(あきない)で師匠に無礼として手習所と称したのに、洒落て小学を冠した。
(※3)へのこ。推して知るべし。
(※4)しょんべん道具を専門。泌尿器科。
(※5)補中益気湯(ほちゅうえっきとう)。内臓の下垂、アトニー、括約筋緊張低下などに薬効があるといわれる漢方薬。
(※6)書見(しょけん)。読書のこと。
(※7)外題。本の表紙に書かれた題名。本来は、表紙に貼った短冊形の紙に書いた題。表紙をめくった中に書かれた題は内題という。
(※8)東京落語地図。佐藤光房著、合本、朝日文庫(朝日新聞社刊)。

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コメント

疝気、差込みは冷えから来るのもあるのでしょうか。 子供の頃には走りすぎ歩きすぎては下腹が痛んだ記憶も。
 
東映映画の道中の、鳥追い女の差込みは、いわくありげな仮病なのか、博多帯締めた編み笠のいい女、こういうのは最近余り見かけません。

にゃんこを抱くと温くて有難い冬。 
またつれづれに、毛皮の湯たんぽいかがでしょうか。 ま、寒い季節はお大事に。

何か的が外れました、すみません。

▼ミーシャ姐さん江

 疝気なんかの差し込みァやっぱり冷えからくるンでやしょうねェ。あっしも季節の変わり目の秋の寒さに躰がついていけず、十一月ごろがいっち辛かった時期がいけやせんでしたネ。
 女子衆(おなごし)さんの差し込みは、たぶん胃痙攣でやしょう。それと男を手玉にとるお芝居かナ。ついほだされるのが、馬鹿な男の性だからネ。男はちょろいヨ。
 毛皮の湯たんぽが逝ってしまってずんぶん経つンで、頃日(ちかごろ)は電子レンジであっためて使うゆたぽんを愛用。こいつが便利ヨ。柔らかいし、小さいし、猫のように引っかいたり毛が抜ける煩わしさもねへしネ。新しい猫いらずだねェ。喉は鳴らしやせんのがもの足りねへがネ。

 喜の字
 

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