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2008年2月 6日 (水)

銀座当世江戸巡(ぎんざいまやうゑどめぐり)

 江戸のかみいどこ(髪結床)ぢァ、客は自分の番がまわってくるまでの間にてめえの月代(さかやき[※1]) ィ水つけて揉んで伸びた髪ン毛柔らかくして待ったもんヨ。だがいまぢァ手間いらず。勘当で人別帖からはずされた道楽息子ぢァあるめへし、髻(たぶさ[※2])も髷(まげ[※3])もなしのざんばら髪。面(つら)ァ当たってもらやァ、へい一丁上がりの簡単手軽サ。銀座二丁目の馴染みの床をあばよト出て、ふらり行きァ大通り、きふは土曜日、ほこてん(歩行者天国)騒動。人さまが歩道から一段下りて、車風情の通り道を歩いてゐる乙(※4)な風景。三の四のト二丁行きァ尾張の殿さま尾張町(※5)。角にァお上の公儀辻番所(※6)、服部和光に越後屋三越、日産、三愛のビードロ筒(つゝ)ビル隣は鳩居堂。あふれでるハ香の薫りか墨の香か。
  尾張二丁目を通り抜け、竹川町(※7)。くのや(※8)の暖簾(のうれん)を鳥渡(ちょいと)くゞり、手拭(てぬぐひ)を漁(あさ)りァ、粋な藍染、関東縞(※9)に山道(※10)の二本、こいつァうれしい出会いぢァござんせんかい。姐さん包んでおくれト合わせて野口博士お一方に贋銀大一小一赤銭八めえ(枚)(※11)の代を払った刹那、鼻水一滴。花粉の野郎覚えてやがれ、懐紙取り出し姐さん失礼ト横向いて鼻ァかみァ、「散紙(ちりし)、お捨てしましょうト姐さんの優しい詞。今日びこんな気遣いに出会えるなんぞ、うれしいお店(たな)ぢァねえか。これが老舗と言ふもんヨ。天保八年から百七十一年も続いてきただけのこたァある。今出来の成り上がりぢァこふハいかねへヨ。お世話さんト見世ェ跡(後)にして、内山町(※12)を右に切れ、金春(こんぱる)通り(※13)ゑへえる。金春湯(※14)を横目で見、そのまゝ進みァけふのお目当て三河屋(※15)の招牌(かんばん[※16])。ずいと踏み込み、女将の笑みに邪魔するゼのあいさつ。若竹屋伝兵衛馥郁(ふくいく)元禄之酒(※17)琥珀の復刻酒を紙猪口に鳥渡(ちょいと)注いでもらッての試しの呑み。いまの酒ぢァ味わへねえ複雑妙味の奥行きに、こいつを買わずに帰られりョか。けふの狙いはこのめえ呑んだ江戸元禄の酒(※18)をもいッぺんのつもりだったが、この若竹屋の復刻元禄酒も外せねへ。今日ハこっちをいたゞきやしょう。味わいついでといッちァなんだが、隣に鎮座の煎酒(いりざけ[※19])も味わゝせておくんなトおねだりし、江戸じでえの調味料と言ふこれも味見をさせてもらやァ、前味後味の重ね味。梅干の塩気、かつを節の旨味、酒の甘味が重なりあって醸し出すその旨さの厚みがうれしくて、併せてもらって行きやしょう。代を払って、「こゝらに煎茶を飲ませる見世ァありやせんかいト訊ねりァ、松阪屋さんの裏の方に頃日(ちかごろ)出来たとか。ありがたふヨ、そんぢァそんな見当で行ってみやしょうヨと外へでる。
  元来た大通を海の方へ渡りァ銀座の七丁目、この丁目は安政時分もいまも同じヨ。最初の辻を見当つけて左手ゑ、曲がりァ萌葱色の幟に萌の文字、なんだか緑茶を思はせる色みぢャありやせんかい。ト訪ねてみりァ狙いはずっぽり大当り、着物屋萌(もえぎ)の二階に水茶屋がありやした。名も洒落て茶楽(ちゃらく[※20])トきたネ。絵ハ写楽、茶は茶楽ッて趣向と見たゼ。
 暖簾くぐって鳥渡おどろき。なんと机がありやせん。壁際に長い木箱を仕込んで床几に見立て、間々(あいだ\/)にビードロの板。そこが机代りの新趣向。時代劇見りァ蕎麦屋も居酒屋もどこへ行っても机があるが、ほんとの江戸の比(頃)はァ床几がお定まり。椅子も机もありャしねへ。床几に横座りになって、脇ィ置いた茶や蕎麦を喰ッたもの。そいつを今様に小奇麗に仕立てた趣向が憎いぢャねへか。
  品書きにァのっけ(※21)に煎茶とある。次が玉露でその向ふは抹茶。まず初名乗りとして、煎茶を誂えやしゅう。菓子は主菓子。練きりに黄身時雨れ、梅味の寒天。梅の酸味は大の字つきの好物。二つ返事で梅味をたのみ、そいつヲ食した頃合い計ったか、「第一煎でございますト薄手白磁の煎茶茶碗でうやうやしく運ばれた茶のいゝこと。こいつァ高直(※22)な茶葉を奢ッてるぢァござんせんかい、茶楽さんヨ。あんまり薫りがいゝンで、口先へ持ッていった茶がもったいなくて飲めやしねへ。二度三度、与度五度と鼻ッさァきで薫りを楽しんでやおら舌の上へ転がしたと思ひねへ。こくと薫りが舌の根にまとわりついて、口中極楽ヨ。呑ンぢャうのが惜しく、未練たらしく味わっていてもやがては茶碗は空(から)。つゞいて届く「二煎目でございます。こいつがまた\/味わい深く、煎茶の奥義の通り甘味がうれしい味の深さ。頃日(ちかごろ)こん         ないゝ思ひさせてもらってねへゼ。ありがたふヨ、茶楽さんヨ。
さて、ごッつォさんト見世の出しなに入れ違い、半袖姿の年増がお出で。「姐さん若いねェ。寒かァござ んせんかいト洒落を飛ばしャあ、あちらさんも江戸の町ッ子ヨ。仏頂面ハ見せやしねェ。にっこり笑って裸の腕ェぽんト叩いて見せたネ。赤の他人同士が袖すり合うも他生の縁、さらりと無駄口利けるがお江戸の町  。これで互いにその日いちンちいゝ気分。これが出来ねへうちァ江戸ッ子ハ名乗れやしゃせんゼ。
とん\/と階段を降りゝァそこは呉服の売場、見世の取ッ付きに黒の羽織が飾ってありやして、所々にあ しらッた茶で抜いた抜いた文様は鳥獣戯画。こいつァあっしが昔ッから好きな絵面(えづら)ヨ。訊きァ牛首に蝋纈(ろうけつ)で染めたもんとのこと。また黒の地がいゝ色ヨ。こいつァ相当あそばなけりァ着こなせねへ代物。修業が足りねへあっしが着たら、野太鼓にもなれやしねへ。洒落た浮世になってきやしたねェ。

附(つけた)り
(※1)月代(さかやき)。元服後の男子の髪形で、額から頭の上部を剃った箇所。青白く抜き上がっているので月の代わりの字を宛てたか。つきしろ。つきびたい。
(※2)髻(たぶさ)。髪を頭の上でまとめた所。もとどり。
(※3)髷(まげ)。髪を髻の箇所から後へ曲げ、さらに前へ曲げた部分。
(※4)乙。甲乙と少しレベルが落ちることを言ふ。
(※5)尾張町。尾張町一丁目の略。現銀座五丁目。尾張町は二丁目(現銀座六丁目)まであった。
(※6)公儀辻番所。交番を洒落た。公儀辻番所が江戸に最初に設置されたのは、寛永6年。
(※7)竹川町。現銀座六丁目。
(※8)くのや。久のや絲店。〒104-0061東京都中央区銀座6-9-8 TEL:03-3571-2546 FAX:03-3574-0278
(※9)関東縞。染柄の名称。幕末に流行。自然な筆の運びで線を引いたような藍染の縞柄。
(※10)山道。江戸時代に考案された模様。藍の地に白抜きで松葉を一面に散らした中に、斜めに藍染のぼかしをいれた様子が山道を思わせるところからこの名で呼ばれた。歌舞伎の与話情浮名横櫛でこうもり安がかぶっている手拭がこの柄のもの。
(※11)野口博士お一方に贋銀大一小一枚赤銭八めえ(枚)=1,680円
(※12)内山町。現銀座八丁目の一部、七丁目寄りの一角、金春通りへ入る両脇の町を言う。
(※13)金春(こんぱる)通り。能金春流の屋敷があったところからついた通り名。
(※14)金春湯。銀座に残る希少の湯屋。銭湯の呼び名は主に上方。江戸では湯屋。
(※15)三河屋。銀座・三河屋。創業元禄。〒194-0061 東京都中央区銀座8丁目8番18号 TEL03-3571-0236
FAX03-3571-0136
(※16)招牌(かんばん)。看板のこと。
(※17)江戸元禄の酒。小西家秘伝書「酒永代覚帖仕込み」を元に元禄の作り方で復刻した琥珀色の酒。720mℓ、アルコール度17度。日本酒度-35。
(※18)若竹屋伝兵衛馥郁(ふくいく)元禄之酒。米の搗き方、麹、配仕込み,すべて元禄の作り方で復刻した清酒。黄金色の中に、酒の五味(甘味・辛味・酸味・渋味・苦味)がすべてほどよくとけあった酒。720mℓ、アルコール度17度。日本酒度-35。
(※19)煎酒(いりざけ)。 日本酒に梅干、花な鼻がつを入れ、こと\/と煮込んだ江戸時代の調味料。
(※12)茶楽(ちゃらく)。GINZA茶楽。東京都中央区銀座7-10-5  TEL 03(5571)1917
(※21)のっけ。最初、の意。
(※22)高直。高嶺、の意。

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コメント

喜三二さんへ

江戸を楽しんでいますね。
読んでいて楽しくなります。
「茶楽」覚えておきます。

奈の字

なの字の旦那江

 お江戸ハやっぱり奥がふけえ。歩きァ歩くほど、いろんなもんにでッくわしやすゼ。
 旦那もぜひ、お歩きなせえナ。

 喜の字

辺鄙で退屈者の私には、こんなに楽しい読み物はござんせん。あらとふと。

一冊読み通したような有難い教科書、有料テレビの「お江戸でござる」、を思い出しました。

還暦記念、お江戸ぶらぶら歩き事始め、したい年。

  八つの湧水で産湯、赤坂・虎ノ門育ちミーシャ

▼ミーシャ姐さん江
 あっしが江戸詣を始めたンは、なんだかんだで還暦峠も越えられて二三年目、懐さぐってみりァ月にいっぺんくれえならなんとか行けやしょうし、狙いの見世で弥助(※)のひとつも摘めやしょうト遣り繰り算段したが最初。思い立ったが吉年ヨ。姐さんも佳い思い立ち。想を練ってお江戸でござるにお出かけなせえ。
赤坂虎ノ門育ちトくりァ馴れて知ッたる大江戸八百八町、迷うこたァござんせん。悔いを残さぬ覚悟が大事。大江戸めぐりの旅の顛末、こゝに書き込んで読ませておくんなせェよ。

喜の字

附(つけた)り
(※)弥助。歌舞伎の義経千本桜の大当たりで、吉野弥助鮨の場から、江戸では握り鮨のことをこう呼んで洒落るのが流行った。但し芝居の弥助鮨は押し鮨。

活きのいい日に過ごした赤坂・虎ノ門界隈も、たまに行くと浦島太郎状態、知らないビルがおっ建って、なじみの店も消えている、時が流れたものですわ...。

ねずみ小僧やにゃんこの墓(回向院)のある両国で、仕事場構えた友人と、ときに蹴っ飛ばしなど食べますが、やっぱりスニーカー履いて一人で徘徊するのがよさそうですね。 運動不足も解消、こりゃ一石二鳥の兆しあり。悔いのない、楽しい老後にしなくっちゃ。  よろしくお願い申します。

▼ミーシャ姐さん江
 あっしァ危篤の大病大手術二度三度のおッちょこちょいでまるで歩けねへよぼでやしたが、お江戸詣に通う内、たんびに元気もらいやして足もしっかり背筋も伸びて、おっしゃる通りの一石二鳥。やっぱりお江戸は活気の町ヨ。八百八町、風まかせ足まかせでお歩きになりァ、わけえ時分のまんまの気分、戻ってきやすゼ。請け合いだ。

江戸の空ッ風元気 喜の字

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