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2008年1月10日 (木)

牡蠣蕎麦日暮里仇討(かきそばにつぼりのあだうち)

 山の手線の停車場から降りて、通りを見渡すと定町廻り同心の番屋(※1)が目にへえった。こいつァ渡りに舟と飛び込んで「川むらァどっちでへ、ト訊ねたネ。 去年も押し詰まった霜月(新暦)の晦日近くに八つのお山から舞い戻り、吹く風の冷たくなるにしたがって思ひだされるはオハリ丁(尾張町[現銀座五丁目])の銀座更科の牡蠣蕎麦ヨ。引越しの片づけの合間を抜け出し、足ィのばしてみりァなんとその見世が見あたンねえ。並びにァ鰻の竹葉亭ハあるのにサ。銀座は変わったねェ。あっしが鳥渡(ちょいと)十年ばっかし八つの山へ留守にしてる間に、南蛮毛唐のすばしっこいのがわんさと出張ッて来て土地ィ買い占めやがッたンだろふネ。もと\/土一升金一升と言はれた銀座の地べたァます\/高直(かうじき)になッちまって、もりかけ十六文なんて小商(こあきない)ハ合わなくなッちまったのかもしれねへ。淋しいことヨ。泡沫(ばぶる)景気ンときァなんとか銀座は持ちこたえたト思ったが、ついに金々(※2)西洋の銭稼ぎの植民地になりにけりサ。その波くらったか、お目当ての牡蠣蕎麦ァ、影さえ残らず消えちまったゼ。 あの銀座更科で牡蠣にならんで粋だったのハ霰蕎麦だねェ。こいつァ雪がちらほら舞ふような底冷えの晩に、鳥渡(ちょいと)いゝ仲と熱いのをふう\/吹きながら啜るのは、肌ァ互いに許し合った仲だけが醸しだす粋(すい)な間柄が喰う蕎麦ッて感じでやしょうねェ。牡蠣ァもっと生くせへッてのか、まだ脂が濃い仲ッてのがお似合いヨ。そんでも急に寒くなって陽気にまだ躰がついていけねへ冬の初ッぱなァ、やっぱ脂ッ気のある牡蠣蕎麦ッてことになりやしょうよネ、たった独りのやもめ食いでもナ。 そいつを商ってる見世が、日暮里停車場の上手にあるッて聞いたから、もふたまらなえ。銀座で取り逃がした敵ィ日暮里の丘で仕留めずおくものか。 どこをどうとりちげえたか、西日暮里で駅ィ降り、最前の番屋で聞いたが、隣駅。諏訪台登って頑張ってト同心の励まし受けて杖突いて、急坂登りァ道ァ一本、右手にァ家並み、なかにァ珍しい戦前の長屋も数軒。道の左手は寺づくし。途中の建具職人の見世先にァ麻の葉などの繊細な細工で仕上げた木曽檜の衝立が、見本のよふに飾られて、まだ江戸の職人は健在ヨとうれしいねェ。しばし見とれて一休みサ。 じきに表通りに出、左に曲がれば佃煮は中野屋。ふっくら大身のあさりの佃煮。「こいつゥ百瓦(ぐらむ)おくんなト包んでもらい外套の隠し(ぽけっと)にねじ込む。目当ての川村はもふ目と鼻の先。暖簾(のうれん)くゞりァ「いらっしゃいましィと意気のいゝ声がお出迎え。この語尾をしぃッてのが、お江戸よ、切れ味がいゝねェ。うれしいぢャござんせんかい。 壁には品書きが檜の板に書かれて下がる。まず狙いの牡蠣蕎麦一丁誂え。頼んでおいてみまわしァ、そのもりもある仕掛け。外にァなんとあっしの好物、小柱のかき揚げの天もりがあるぢァござんせんかい。 こいつァ裏ァけえしにこなくちャなんねへ。また脇ィ見りァ、なんと深川蕎麦ト来たゼ。こいつァ初見参。角書にァなんと浅蜊の玉子綴じときたぜ。これもいっぺん洒落で手繰ってみてえしろもんヨ。穴子天は江戸前の、ト但し書きヨ。名店は普通の町に隠れておりやすねェ。 やがて運ばれた牡蠣蕎麦のその牡蠣ァ大振り。油でいったん炙ってあるから、狐色。みっしりと身のへえった食べ応えのある牡蠣が、五ツ六ツ。蕎麦ァ細めで口の中での消え加減もよござんしたゼ。 行った時刻は時分どき、小見世だから外に客がすぐに列をなす。長居は迷惑。はい、ごっそさんで見世を出る。ありがたふございましたト帰る手に渡されたのは、白い紙箱。跡(後)で開けてみりぁ、やるこたァさすが蕎麦屋ヨ。小さな缶入りの七色の御年賀。この気遣いが、やっぱり江戸だねェ。お蔭山ヨ。いゝ仇討ちができやした。 (※1)定町廻り同心の番屋。現代の警官とその交番をこう洒落た。 (※2)金々。金持ちを見せびらかすのを金々と呼んで軽蔑した。

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コメント

 花より団子、食べ物にゃア引かれちまってねッ、生きてる証よ。                       旦那、見事な仇討ち生唾ゴクリでござんした。
 更なる敵はいずこに。けふハ東か明日西か、さすらう果てハ食い倒れ。 気をつけておくんなさいよ。

牡蠣そばとは初めて聴きます。 浅利の佃煮、小柱の掻き揚げ、 細やかな味がいいですね~。

食べ物へのこだわりこそ、活きのいい人間様の証です。  苦労して目的地にだたどり着いたときゃ、さぞかしと思いました。
それにしても、毛唐の食べ物やと皮物やが、お江戸の一等地を買いあさりすぎだ! 私は食べませんよあの、パンに混ぜ肉はめ込んで、立ってかぶりつく下品な食いもん。

▼仇吉姐さん江
 文ィを投げ込んでくだすって、ありがたふおざりィやす。相変わらず歯切れがいゝねェ、姐さんのお文ァ。食い倒れッてのが、効いておりやすヨ。

▼ミーシャ姐さん江
 牡蠣蕎麦、小柱あしらったあられ蕎麦あたりハ江戸の冬の味でやしょうねェ。こんどは霰蕎麦さがしに歩かなくちァなりやせん。頃日(ちかごろ)そうした粋が分かる見世がなくなったのか、客がいなくなったのか、どっちかねェ。
 ほんに銀座ァ落ち目ヨ。江戸の女子衆(おなごし)さんハ若いンでも金々を野暮と知ってゝ、黒や焦げ茶の渋いもんを身につけたッてのにネ。

  江戸の味に溺れてえ 喜の字

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