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2007年12月31日 (月)

亥納天礼春己抜一九(としおさめてれすこすっぽんいっく)

 歳の暮も押し詰まったさる日のことヨ。ちょいと尾張丁(町)で昼ゥ喰い、跡(後)ァ日暮れに牛込柳町ゑ伸(の)して揉療治を受けるまで、時が空いたンで数寄屋橋渡って活動屋覗きやしたら、てれすこッてとぼけた外題の活動やっておりやすヨ。丁度いゝやッてんで、飛び込みやしたト思し召しめせ。
  角書(つのがき)にァやじきた道中ッて銘打ってありやすから、ご存じ東海道中膝栗毛ヨ。戯作者ハ言ふだけ野暮な十辺舎一九サ。そいつゥもじって活動こせへたッて代もんだゼ。立役者ハこれもご存じ勘三郎が弥次役、ワキの喜多役は柄本明。女主役ハ品川女郎の板頭(いたがしら)で、小泉の今日子。わけえ比(頃)ァ昼をあざむく華が売りでやしたが、いまァ大年増ァの向ふ張った姐さん振りがいゝねェ。
  この三人が凸凹道中繰り広げるンだが、その中身は観てのお楽しみッてことで、あっしがこゝで語ッちまっちァ映画棟梁(監督)の平山秀幸旦那の顔つぶしになりやしょうから、無言の業で通しやすが、観てゝうれしいンは江戸の詞ァごろ\/出てくるし、そいつを演じて見せてくれるとこヨ。さっき書いた板頭なんてのもその一つだ。こいつァ元来ハ深川詞だが、吉原で言やァお職のことサ。その楼でいっち玉代を上げた女郎のことヨ。
  ほかにも、宿泊日泊(よどまりひどまり)だの、地廻(ぢまわり)、新粉細工(しんこざいく)、そいから落語の狸賽(たぬさい)なんぞ活劇にして見せてくれやすのサ。「親孝行でござい、なんてのも出てくるゼ。こいつァてめえの顔はばゞあにつくって、胸のめえに作りもん男の躰くっつけ、てめえがその作りもんにおぶさった振りして門付(かどづけ)して銭ィもらふのヨ。おもらい稼業なんだが、芸があるわナ。こうでなきャなんねえゼ。なにィやるにも人様から見て曲(きょく)がなきァ世間はとおらねへものヨ。その芸で言やァ羅去(らさーる)石井が太鼓持で光っておりやしたゼ。電子紙芝居(てれび)に写ンねえとこで芸磨いていたンだろうねェ。お座敷踊りを見せてくれやしてネ、欲言やァもちっと骨がほそえ(細い)と幇間らしい頼りなさが出るト思ひやしたが、そいつァ芸でおぎなうッきャねへもんネ。
  最後の場面ァ大井川の渡しなんだが、そこで今日子姐さんが人足たちに担がれた輦台(れんだい)の上から振りけえって「この野暮ォ、ッて叫んで幕が降りるッて趣向ヨ。コヲおめえさん、観にいかねえと野暮って罵られるゼ。行っても銀幕の中から、姐さんに野暮ッてからかわれるンだから、結局この世のやつァみんな野暮ッて寸法なんだがネ。途中にァやっぱ今日子姐さんの科白(せりふ)で「江戸にァ野暮と化けもんハいねェンだ、ッて啖呵(たんか)ァ切る場面がありやすが、こいつも小気味いゝねェ。江戸の華ヨ。もさ\/してる奴ァすっこんでろッてことヨ。
  マこんなとこで、新暦の今年もおおつごもりとなりに果てダ。あっしもこれで取り敢えずすっこみやしょう。ご贔屓、ありがたふこざんした。
  おっと忘れるとこ、忘れるとこ。外題のとれすこだがネ、明和五年に出た風来六部集の上にこうありやすゼ。「其名を魔羅と呼び、号を天礼菟久(てれつく)と称し、または作蔵と異名すトね。この天礼菟久、上方と東(あずま)ぢァ音や意に違いがあるそうだ。そう言やァ弥次喜多は江戸から出て西に向かうが、てれすこの場面だけハ大坂の奉行所のお白洲ヨ。活動の中ぢァぜん\/違う意味でやっておりやすゼ。確かめに行ッといで。

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コメント

 摩訶不思議、木戸をくぐれば時は文化文政、旅姿
、隣を覗けば聞きしに及ぶ弥次・喜多道中珍騒動。
さてさて愉快な旅をなすったんですねェ。

仇吉姐さん江

明けましておめッとうさんでごぜえやす。
明けの初ッぱなに姐さんの書き込みいたゞけて、こいつァ春から縁起やいゝや。
お蔭で今年ァいゝ年になりそふでやすゼ。
やじきた道中、こっちァ小屋の椅子によっりかかって座ったまンまの楽ちん道中。なか\/よござんしたゼ。姐さんまだご覧になってねえンだったら、はえェとこ観たがいゝゼ。鬱き世を浮世に代えるコツをお江戸の連中ァよく知っておりやたね。そこんとこ煎じて呑んで、楽にやってく芸を身につけるのも一興ヨ。
ほんに元旦早々のご贔屓お文、ありがたふおざりィやした。礼を申しやすゼ。

 喜の字

こいつぁ、おもしろそうですね。
芝居がしっかりしてる映画っていうのは、大好きです。
しかもお江戸ですか。
喜三二さんのブログで少しはその心意気に触れた気になってるので、こんどは耳でも聞いてみたい。
しかし「てれすこ」ってどういう意味なんでしょうか。
「てれつく」とか。
和太鼓を少々たしなんでおりますが、拍子と打ち方を覚えるときに「どんつく」とか「てれすて」とか「てんてれ」とか言いながらたたいております。
それとは関係ないのでしょうか・・・

▼やよぶ姐さん江
 書き込みしてくだすって、ありがたふヨ。お礼申しやすゼ。
 あっしも活動見るンは久し振りでネ。弥次喜多も元のォ読んでおりやしたんで、つい惹かれて木戸ォくゞったッてわけでして。
 マあのお気楽さがいゝやネ。生きるの死ぬのッてやっちァいるんだが、それがぜんぶ冗談みてへでサ。明治からこっちの西洋かぶれの深刻ぶったなんとか文学みてえぢャねえのがうれしいねェ。なにがあっても笑いとばしちまうッてのが、あっしらご先祖の生き上手ヨ。
 てれつくの意味ッてのは、女子衆(おなごし)の姐さんにァ、ぢゞゐのあっしでもちょいと言ひにくい。
 締めくゝりにそのこと書いておりやすんで、もいっぺん読んでおくんなさいナ。和太鼓なすってらっしゃるンなら、撥と太鼓の間柄を思ひ浮かぶてもらふのも一つの手がかりでやしょう。
 この辺で勘弁してくんねェ。

 照れ屋の 喜の字 

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