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2007年10月20日 (土)

【修正・変体仮名加筆】江戸趣恋口醤油(ゑどごのみこいくちしょうゆ)

 煎餅のことォ塩煎餅ッ天(て)おッかさんや婆さん者(は)言っておりやし多(た)が、これがあっしァ妙でしょうがねへ。だってそうぢァありやせんかい。煎餅尓(に)ァ塩なんか振ってねへ。みんな醤油味ヨ。そいつゥとッつ可(か)めへ天(て)なんで塩煎餅ッて言ふ可(か)、いまだ尓(に)分けェ分かンねへ能(の)ヨ。安(あ)の呼び方者(は)あっしンちだけの己(こ)とだッ多(た)の可(か)ねへ。でも、世間でも塩煎餅ッ天(て)し可(か)言ひも聞き无(も)しやせん。なんで可(か)知らねへが、醤油煎餅多(た)ァ言己(わ)祢(ね)へ能(の)ヨ。
 お江戸の煎餅ハ(は)普通あっしらがおまんま尓(に)炊く白い米(※1)でつくっ天(て)ある。贅沢なもんヨ。京の都ぢァ煎餅ッ天(て)バ、小麦粉練って焼い多(た)もんだゼ。銀シャリ豪勢に菓子の煎餅尓(に)しちまう能(の)ハ天下広と雖(いへども)も、まいンち能(の)おまんま尓(に)誰も彼もがあッ多(た)りめへ尓(に)銀シャリ喰って多(た)大江戸だ可(か)らできる贅沢ッ天(て)もんだゼ。江戸尓(に)公方様が幕府を開い多(た)比(頃)ァ醤油ハ(は)上方から船で運んでおりやし多(た)が、其能(の)うち上総(千葉県)能(の)野田で濃口醤油ゥつ久(く)れるやふ尓(に)奈(な)り、もう上方有難(かみがたありがた)能(の)じでえぢァねへトなった証拠でござんしょ。
  でも奈(な)んだネ。上方ぢァおかきッ天(て)言って、あいつァ餅米なんだッてネ。こいつが旨(うめ)え能(の)ヨ。くやしいけど。
 あっしが餓鬼の時分尓(に)食べ奈(な)れ多(た)煎餅者(は)、ていげえ面子(めんこ)美(み)てえ尓(に)丸くッ天(て)ね。焼いて其の濃口醤油ゥ塗ってある。ぱりッて前歯で割ると芳ば志(し)い香りが、ぷんト鼻ァぬ介(け)やがッ天(て)、得も言己(わ)れぬ気分ヨ。塗っ天(て)ある醤油ハもち(※2)その濃口サ。上方の生ッちろい(※3)薄口なんぞぢャ煎餅の性根がふ也(や)けちまッ天(て)気味(きび)ィわりい(※4)のヨ。やっぱり醤油者(は)濃口。醤油も勇肌(いさみはだ[※5])で奈(な)きァあっしァ厭だね。
  コクの深ささっぱり能(の)が身上の濃口ッてえバ、そいつゥ塗っ多(た)うめえ(旨い)もんがモひと川(つ)ありやすネ。忘れちァいやヨだ。ソウ、羽二重団子(※6)。こい川(つ)も奈(な)んとも言ひや布(ふ)もねえほど、芳ば志(し)くッ天(て)あっしァぞっこんヨ。団子、素(す)で焼い天(て)、そいつ尓(に)濃口の生醤油塗っ天(て)モいっぺん炙り焼きし多(た)醤油団子ッ天(て)もんハ、じつァお江戸の山の手ッてへか、台(※7)能(の)もんヨ。いまぢァお情けだ可(か)奈(な)んだ可(か)か知ら祢(ね)へが、お江戸の末席尓(に)くっ川(つ)い多(た)練馬ハ江古田きんぺん尓(に)ァこいつがありや志(し)たネ。そっから、もっと西の片田舎へ下がって行く田無(たなし)辺(へん)尓(に)も、その焼き団子の滅法界うめえ見世がありやし多(た)。いまァどう志(し)てゐるかねェ。あゝ喰い天(て)へ。
  羽二重団子、待っ天(て)ろヨ。きっと喰い尓(に)行く可(か)ン奈(な)。

附(つけた)り
(※1)おまんまに炊く米。うるち米の白米。
(※2)もち。もちろん、の下半省略語。
(※3)生ッちろい。色が白いを強調した言い方。
(※4)わりい。悪いの江戸訛り。
(※5)勇肌(いさみはだ)。威勢のいゝ男。仕事師(鳶、土方職人など)、大工など。
(※6)羽二重団子。荒川区東日暮里5-54-3 、最寄駅は日暮里。
(※7)台。高台。山の手。台東区の名称は、台下の東地区、の意。

追い書き
文化文政天保期の人情本、風流本、黄草紙などは変体仮名混じりで書かれることが多かった。それを模した文といたしました。

2007年10月17日 (水)

艶花世見返(あだばなのよみがえり)

けふ、液晶の機関(からくり)画面が、飛脚便で届きやした。はえへの早くねえの。おとついの夜の午の刻(12時)比(頃)、電子手紙(メール)で誂えたら、もう今朝にァ昼過ぎにァ届けやすがお宝はお持ちかいト念入れの電話で腹ン中さぐられちまってネ。あわてゝ銀の行へ調達に飛んで行き、福沢諭吉ッつあんをお三方お連れ申した次第サ。なんせ普段は空ッけつなんでネ。敵さんそこンとこお見通しヨ。世間は甘くァねへゼ。
誂えたンは西洋寸法で言ふ十九吋(インチ)。文机ェのっけてみりァそのでかいのでかくねへノ。画面が広すぎて、のべつ雁首もたげてねへトぜんぶが見えねへ始末ヨ。お蔭であっしァ首が痛くなっちまってサ。まったく貧乏馴れしちまってるから、画面一つに驚いてりァ世話ァねへ。笑っておくんな。

2007年10月14日 (日)

極地光騒動(おうろらさうどう)

四日のことヨ、電脳箱の画面に突然極地光が現れた。自慢ぢァねへが、あっしァ北極行ったこたァねへ。だから、極地光なんぞ見たこたァねへのヨ。こいつァお初にお目にかゝかりやすトしみじみ拝見したが、大弱りヨ。電脳箱の野郎、うんともすんとも動かねへのサ。 そいで箱ゥちょいと手ェ触れるッてえと、ぱッと真ッちょうじきな画面に戻りやがった。触れなば落んッて風情ヨ。泣かせるネ。 だがだんだん様子が怪しくなって、儚くも極地光一本槍になっちまったッてわけサ。 そんでもって、この文ァ携帯で入れておりやす。滅法界、不便だゼ。 で、なんとかなるまぢァ休みとさせてもらいやす。 世間様、あしからず。 喜の字

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