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2007年9月21日 (金)

【加筆】大川午睡船遊山(おほかわあくびふなゆさん)

野暮用は手早く済ませ前川の、通い馴れたる二階の座敷、ほっと一息腰ィ下ろし、すかさず出される茶で人心地、首筋の汗ェ菊五郎(※1)で拭い、見まわしァ客もまばらな時分過ぎ(※2)。大窓の向ふにャ盛り上がるやふな大川の流れ。その上にァ天井知らずの青天井。ゆったり鷹揚なこの眺め。江戸のでかさが偲ばれるあいもかわらぬ雄大さ、気分が晴れるぢァござんせんかい。 サテけふハと広げて思案の品書きに、上からかずえりャ幾つ目か、下から見りァいっち最初のうな丼の、そのまたのっけに書かれたる最安値の一品を、藍絽見た目も涼しげな、お仕着せまとったの仲居の姐さんに、これと頼んで誂へる。丼に胆吸い、水菓子漬け物、都合四品(よしな)が現れるまでは、手持ち無沙汰の待ちぼうけ。 ぼんやり眺める大川の、流れに時も過ぎのとう、やがて置かれた卓の上、丼頼んだはずなのに、現れいでたる黒い重、向いの客はなにを誂へなすったか。塗りの丼で召しァがってござる。丼と頼むと重が来て、重と誂へると丼が来る仕掛け、まさかそんなこたァねへだろうが、この見世にァもう何度も見参の身なれど、そう言やァ一遍も丼で喰った覚えなし。どういふ仕掛けか腑に落ちねェ。 芳ばしい蒲焼に山椒粉、振って香りを引き立たせ、箸ィ突っ込みァふんわりと切れる蒲焼の柔らかさ。人間どうして蒲焼喰うときァ卑しくなるかせつねえゼ。脇目も振らず一心不乱の喰いッ振り。傍から見りァ三日もゝのを喰ってねへお菰(こも[※3])のやふな喰い方に、どうしてこうもなるのかねェ。罪だぜおめえ、蒲焼メ。 喰い終わって肝吸いで口ィ清め、漬けもん喰って脂を落し、水菓子でさっぱりしてやっと一息。あゝ旨かった。勝ち虫乱れ飛ぶ合財袋(※4)から銀延べの烟管引き出し、無粋が売りのその名もみっともねへ小粋の刻み(※5)、そいから小箱の燐寸(マッチ)出し、詰めて一服また二服。吐き出す煙(けむ)のふんわり流れるその向ふ、水面(みなも)を滑って上り来る、屋形船模した遊山船。白い障子が遠目にも、眩しいトきたぢァござんせんかい。あっしト船との間にァ、硝子(ガラス)のへだて、そいつゥ透かして粋な三味線(さみ)の音(ね)がもれ聴こへてくるやふぢァねへか。 ふット景色に靄ァかゝり、気がつきァ水面に幾艘もの屋根船、それぞれ船頭が竿あやつり、こぼれる雫が陽ィ受けて、義山(ギヤマン)の粒、夢見るやふな輝きヨ。下(しも)から波ィけたゝて屋根船の、間ぬってさかのぼる、あれハ吉原通いの猪牙(ちょき)の舟。細い船体左右に揺すり、櫓を押す船頭粋な形(なり)、細身仕立ての藍染股引き、〆る鉢巻き豆絞り、おッとよく見りァその下の、髪は月代すっきり髷天窓(あたま[※6])。こいつァ妙だゼ。昼の最中(さなか)に夢みたか。目ェこすってモ一度見ても、やっぱ船頭鯔背(いなせ)な髷姿。 手前近くの岸近く、屋根船にァ白髪まじりのぢゞいが独り。散切(ざんぎ)りなでつけ、真ッちろい(白い)髭、世間はゞからぬその姿、どっから見ても隠居の形。見たァ面だが、思ひだせねへ。盃片手にぼんやりと水面眺めて時ィつぶす。やおら躰ねじり、「船頭(せんど)さん、舟ェ上ィやっておくんなさい。ト跡(後)は独り言。「堀(※7)ィ上がって中ァくりこんで、新造(しんぞ)でも買って遊(あす)ぼうか。舟もいゝが、いちンち乗ってると、退屈でたいくつで、あッあッあゝァト大あくび。 ぢゞいメ、あくび指南と洒落やがった。てへげへにしねへナ。

附(つけた)り
(※1)菊五郎。江戸謎染めの柄。菊五郎格子縞。三代目尾上菊五郎が用いて世に広まった有名な柄。四本と五本の縞とで合わせて九本の格子を作り、その中にキと呂の字を交互に置いて、キ九五呂と読ませた。
(※2)時分過ぎ。時分どきを過ぎた、の意。時分時とは、食事どき、の意。この文章の場合は、昼飯時を表す。
(※3)お菰(こも)。貧しく衣類を持たず、酒樽の菰で体を覆ったところからの呼び名。乞食の別称。
(※4)勝ち虫乱れ飛ぶ合財袋。勝ち虫。とんぼの意。とんぼは後戻りしない虫であるところから、士(さむらい)に尊重され、江戸町人の中の勇(いさみ)にも喜ばれた。そのとんぼは手拭や合財袋の柄となり、今に伝えられている。合財袋、男が外出時に小物を入れる、手提げ袋。鹿革に漆で柄を染めた印伝(いんでん)などが多い。
(※5)無粋が売りのその名もみっともねへ小粋の刻み。「小粋」現在販売されている唯一の刻み煙草。刻みは煙管用煙草。小粋と自ら名乗ることは野暮との意識から、この表現をとった。粋、通とは、他者が評するものである。
(※6)天窓(あたま)。頭のこと。天保八年・娘太平記操早引二下「また老婆(ばゞあ)染(じ)みた御意見か、ヘン、それよりやァ御自分が天窓(あたま)の蠅(はひ)でも追ひなせえ」
(※7)堀。山谷堀のこと。通人の間での略語。新吉原へ舟で行く場合、大川(隅田川)を遡り、山谷堀で上がり、日本堤を通って言った。

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コメント

 こう暑くちゃ身がもちゃァしない。
目から鼻ァ抜けるとは、この事かねェ。香りたかくふっくらしていて口に含めばおもわず笑みがこぼれるあの旨さ!!
思いだしちまったよ。我慢なんねェ!ちょいと行ってくるからね、旦那。

仇吉姐さん江

 蒲焼ァ深情けヨ。魅いられたら、縁切れねえでござんしょ。あっしァしらねへヨ。
 山椒ッ粉振って、箸ィスイッと差し込みァすっと身が切れて、舌の上ェのせりァふわ\/ト消えてゐきァがる。
 豆腐ばかりが春の淡雪ぢァねへヨってネ。

 蒲焼となら心中もいとわぬ、なんてネ  喜の字 
 

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