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2007年9月29日 (土)

其の伍 いろはにほへとよめもせす

 その道の達人に林の美一(よしかず)先生ッて大人(たいじん)がおいでダ。なんの道かッて言やァあの道に決まっておりやすが、この大人、浮世絵の春画だけぢァなく、時代考証でも達(たつ)の人(じん)ッお方。元々活動写真会社にゐたッて経歴お持ちで、このご仁が著した時代風俗考証事典ハかの杉浦の日向子師匠も、お江戸の勉強にァ欠かせぬとご推薦の大著ヨ。
  その林大人が放った江戸艶本(えほん)ベストセラーッて外題の一書がありやす。その表紙がこいつァくやしいくれへうめえ墨跡ヨ。まぁ見てくんねへ。

  夫婦能(の)中(仲)夫の下多(た)繪尓(に)妻乃(の)さいしき(彩色)
  陰陽和合此(この)上なし 実尓(に)御艶本能(の)
  こゝ絽(ろ)尓(に)か奈(な)ひまいらせ候へハ(ば)一しを御ひやう者(ば)んも
 よろしくどんとうれ候半(なかば)と存じ上まいらせ候
  外題とても外尓(に)あんじも
  是奈(な)く候ワ(わ)多(た)くし可(が)願ひを
  其まゝ
  江戸艶本(ゑほん)ベストセラー
  とい多(た)し
  さし上まいらせ候
  よろしく御出板多(た)のミ(み)阿(あ)け(げ)
  まいらせ候
  めで多(た)くかしく

  新潮社殿
  林美一 内より

  能(の)だの尓(に)だの、絽(ろ)者(は)、はたまた奈(な)可(か)多(た)なんて変体仮名まじりだから、滅法界読みにくい。その上、まいらせだの候だのハ略字だから、いまの世のあっしらにァます\/読めねへ。だがそいつァ、江戸の比(頃)ァ鼻ッたらしの餓鬼でも、上方で言ふ寺子屋、江戸ぢァ尊重して手跡手習所ッて呼びやしたが、そこで習っておりやしたんで読み書きできた並の文ン字。あっしァ進んでいたはずの新制小学で読み書きおせへてもらいやしたが、とんと不調法でまるで読めねへ。あの勉強はなんだったンでしょうねェ。
  そんな手めえがどうして読めるンだとご不審がございましょうが、それにァ種がありやして、この本の墨跡の横にァ小さな活字で今の世の読みが振ってあるッて仕掛けサ。そいでもそのまんまぢァお分かりになりにくかろうト鳥渡(ちょいと)手ェ加えさせていただいてありやすンで、そこんとかァ勘弁しておくんなせへ。
  しかしこれだけの見事な筆跡、どなたさんの書ト本のどこを繰っても書き手のお名がござんせん。林の先生か、はたまた装釘家か。それとも浮世絵の職人さんの世界にァ玄人の文字書き手がおりやしたから、そういふお人のものか。いくら探しても、目次の辺りにも奥付の辺にもその名ァ書かれていねへ。
  謎のまんまじっくり本を読み進んでいきやしたら、終り間近でその謎がやっと解けやしたヨ。こいつァ林御大の推察でやすが、なんと墨跡の主ァ東海道中膝栗毛の書き手、十辺舎一九ぢァねへかと言ふのヨ。
 じつァこの書の文、歌麿の繪本笑上戸(わらいじょうご)の序文にこの筆跡の文があり、そいゥ失敬して表紙にもちいたッてからくりだったのサ。元の文は仕掛けが一も二もあって、麿内よりッて形で文(ふみ)を結んでゐて、歌麿の女房が版元宛に書いたッて体裁になってゐる。それを林美一内よりトもじったッてわけヨ。
  原本の刊年ハ享和三年ッてッから西洋暦で言やァ1803年。ところがそれより前の寛政二年、1790年だが、その年に没したおりよッて女が歌麿の女房として寺の過去帳に載ってゐる。その後いゝ女ができて女房になっていたのかどうか、分からねへッてのが、林御大の推理ヨ。そしてその比、歌麿ハ十辺舎一九とよくつるんで作をものにしておりやしそうで、そっから推して多分一九の手だろふと言ふト林先生は書いておいでだ。そう言やァ一九先生の熊手の花押の撥ねのするどさが、この書の筆の切っ先のするどさたァ一脈通じるやふな気ィあたしァいたしやすですヨ。「edoehon.jpg」をダウンロード

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