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2007年8月 2日 (木)

浅草寺薄紅観音(せんそうぢねげしゃうくわんおん)

 呑屋の神谷の角で振りけえるト浅草広小路(※1)の西の先、さしものお天道様も田原町の方へでへぶ傾いて勢いが弱くおなりヨ。そんでも土用。うだるよふな温気が、晴でもなきァ曇るでもねへ空ァを埋めつくし、もふ暑いと言ふ科白吐くだけでもつれへから勘弁しておくんなッて言ひてえほど、暑いゝちンちがそろ終わろうトしておりやすのヨ。
  角を馬道(まみち)の方へ一歩踏み出すッてへトそよとも空気が動かなかった広小路が啌(うそ)のよふサ。心地いゝ風が北州(ほくしゅう)の方から、吹いてゐるぢァござんせんかい。やっぱり浅草ァ粋なとこヨ。風まで吉原から吹きァがる。野暮なとこほっつき歩いてゐる手合いハざまあ見ろッてのヨ。こうこなくっちャ、夏の宵は決まらねへゼ。いまゝぢァ青菜に塩で時化(しけ)てゐたが、いゝ風ひと吹きでしゃんとしやしたゼ。
 どうせこの世は風まかせ、吹いたお方になびくだけッてネ。さて、ご挨拶にゆきやしょうかネ。別嬪観音目指してツイと路次ィ曲がりァ、また蒸れる暑さに、いっぺんとまった汗が吹く。おなじ吹くでも風と汗とぢァ大違い。こいつァ田町(※2)ト水茶屋へ逃げ込んだッて次第サ。月の沈む山の端(は)もなし(※3)ッて小馬廉(こばか)にされたこの吾妻でも、いまぢァ鉄筋の端がのこ刃(※4)のよふに立ち並び、日の沈むになんの造作がゐるものかッてね。もう四半時もつぶしャぁお天道さんも姿隠してくれやしょう。「コウ(※5)お仙(※6)のばゞあ、粗茶ァくんな。「お生憎さま、わっちァお仙でもばゞあでもござんせん、まだ女ざかりの女将だヨ。その上なにをお客さん、粗茶なもんかネ、うちァ宇治の生一本。「莫迦(ばか)ァこきァがる。茶に生一本があってたまるかッ。「はゝゝ、ばれ元、ハイ煎茶。「けふの充(あて)ハなんだい。「けふはお客さん運がいゝヨ、抹茶の葛きりだヨ。「オヤ粋なもん出すねぇ。お江戸やめて上方に宗旨がへかい。
  いちンちほッつき歩いて乾いた咽に、渋い煎茶が吸い込まれる。猪口見たよふな茶碗で駆けつけ三杯。やっとひッついた咽がなめらかに。これで人心地がつきやしたッてもんヨ。白漆で勝虫(※7)散らした勝色(※8)印伝の合財袋から南鐐(なんりょう[※9])の延べ烟管、小粋なんて野暮な銘柄ァ名乗った刻みィ詰めて、ふわりと吐き出すこの旨さ。
  「ときに女将、宝蔵門(※10)の修理は終わったッて聞いたが。「オヤお客さん、浅草ァご無沙汰かい。かれこれひと月サ。見事なもんだヨ。見てけえんナ。「それよ、そいつゥ拝みに来たッてことヨ。汗ェ引くン待ってんのサ。「はい\/、どうぞゆっくりお休みを。
  多葉粉(たばこ)をもう一服。たなびく煙の間から、通りの様子、行き交う人をぼんやりと、眺めてすごす四半時。夕の気配も七ツ半。「あばよ。茶代ハこゝへ置いたゼ。「あいよ、ありがとゥござい。
  ぶらりと出たは弁天通り、そこを曲がって仲見世へ。「おャ、なんでえ。そこもかしこも見世ハ戸を下ろし、早仕舞。歩く人影まばらな不景気。「こいつァあてが外れ乃介だゼ。
  見上げりァ、水に薄めた御納戸茶の藍鼠色(あいねずいろ)の空。その下にでんと構えた宝蔵門。ここしばらく幔幕に包まれてお隠れのお姿を堂々ご開帳の見事さヨ。まずはくゞって、観音さまへご挨拶。きざはし(階)登って賽銭をト見りァなんと、大戸お閉めになっておいでぢァござんせんかい。「鳥渡(ちょいと)観音さん、もうお休みかい。いくらなんでも早かァねへかい。まだ宵の口にもなっちァおりやせんゼ。それとも間夫(まぶ)でも引き入れて。ト詮索するのもなんだから、贋南鐐ひと粒(※11)かんからかんト放り込み、ご縁の断えねへことを願ってドたまァ(頭)下げてお参り済ませ、急な階段杖突いておっかなびっくり下りァ、「お足元があぶのふございますよ。ト深切(親切)なご婦人の手。見りァ大店(おほだな)のお内儀風。もう観音さまのご利益か。うれしや握る手と手。その掌(たなごころ)の温かさ。見交わす目と目の微笑みに、つい足元も忘れがち。いっそう強く支えてくれるご深切。下の石畳のなんと近いこと。いっそ永久(とは)階段が、続きァいゝと思えども、思ふにまかせぬが浮世の常。「ハイ、お気をつけて。ト放されて残る己が手の侘しさヨ。
 見上がりァ夕暮れ色になった空背景に、宝蔵門が薄紅の色。夕日の紅か人工の、電気仕掛けの紅灯(べにあかり)。ほんのり染まった寝化粧、その色気のほどは最前の、お内儀様か観音か。もいちど動悸が高鳴って、十は若返った心持ち。お賽銭は安いもんだねェ。

附(つけた)り
(※1)浅草広小路。雷門前の広い道路。江戸時代の呼び名。両国、上野とともに、日除地として広小路が造られた。
(※2)田町。たまらないを洒落て言った。
(※3)月の沈む山の端もなし。俗歌に「武蔵野は月の入るべき山もなし草より出て草にこそ入れ」と詠まれたのを踏まえている。紀貫之の土佐日記に「都にて山の端に見し月なれど波より出でて波にこそ入れ」がある。
(※4)のこ刃。鋸の刃のこと。
(※5)コウ。呼びかけ言葉。現在「オイ」と書くが、江戸時代の文献では「コウ」または「コヲ」と表記している。
(※6)お仙。江戸、谷中、笠森神社前の水茶屋鎰屋(かぎや)の看板娘。浮世絵師鈴木春信が描き、江戸随一の評判となり、絵草子、双六、歌舞伎にも取り上げられた。
(※7)勝虫。とんぼのこと。とんぼは後戻りしない虫なので、武士の間で尊重され、この名で呼ばれた。
(※8)勝色。かちいろ(褐色、搗色)。濃い藍色。「かち」は「勝ち」に通じるところから、武士の間でこの色を尊重し、鎧などの武具に用いられた。武田信玄の風林火山の幟にも使われていた。
(※9)南鐐(なんりょう)。精錬された純銀の意。語源は支那。良質の銀は支那では産出せず、南方より輸入していたところから、この呼び名がついた。
(※10)宝蔵門。先頃改修工事が終わった。浅草寺本殿前に立つ楼門。浅草寺の宝物殿。平安時代の中期から建てられていたと伝えられる。家光によって慶安2年(1649)に建築された。昭和20年(1945)の空襲で焼失したが、昭和39年(1964)ホテルニューオータニの創業者大谷米太郎の寄進で復興された。
(※11)贋南鐐ひと粒。銀貨風の100円硬貨を洒落て言った。

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コメント

 喜の字の旦那江

 観音様にもお内儀さんにも肩透かし食らって、見る目が無いとは、このこったァ
 「補陀落世界」あたしがお連れいたしヤしょう。が、旦那。 現(うつつ)にゃア戻れませんよ!その覚悟
あるやなしや・・・・
                           仇吉

 根性ねへからねェ。いまんとこ、この浮世の居心地がよくってネ。でも観音、阿弥陀のあの世も鳥渡(ちょいと)覗いて見てへし。
 ほんに、水性だねェ。

 喜の字

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