ふくべ その壱 割瓢(わりふくべ)
ちょいと前のことになるが、あるお方が上野の博物館へお出でヨ。そこで蒔絵ほどこした贅沢な瓢箪をご覧になったそうサ。あそこぢァ写真はご法度だから、撮ッちァこれなかったが、跡(後)で他からお手にお入れになったとかで、あっしも横からちょいと覗かせいたゞきやしたッてわけヨ。
そいで思ひ出したンが、割り瓢サ。こいつァ、秦秀雄ッて骨董三昧のとッつァんがおやりしてネ。もう亡くなったお方だがネ。このお人は、あの白洲正子と手に入れた骨董の見せびらかしッこするような間柄でサ、井伏鱒二が珍品堂主人ッて小説書きやしたが、その主人公だッてそん比(頃)ァもっぱらの噂でしたヨ。なか\/の目利きでネ。映画にもなりやして、フランキー堺がその役やりやしたが、あっしァ秦ッ旦那にァ会ったことも見たこともねへが、そっくりだッて感心しやしたねェ。フランキーはいゝ役者だったねェ。あゝいう人はもう出ねへヨ。居残り佐平次役の幕末太陽伝ッて映画も、いまでも目の裏に焼きついておりやすヨ。たしか昭和の御代の三十五年の封切りだったて言ふから、何年めへかね、あっしァ盆暗(ぼんくら[※])で空で十露盤(そろばん)はじけねへから分からねへけどネ。
咄ァ横丁ばいりしちまって、なんの咄だったかね。そう\/秦の大将がお書きになった本のことヨ。そいつァ骨董玉手箱ッてンでネ。装釘もいゝし写真もいゝヨ。表紙の題名の筆、中の扉頁の筆文字も、みんな大将の手だったてンだが、こいつも味があるのヨ。近比時花(はやり)の下手うまぢァねへゼ。うま\/サ。骨董やる人ァ違うネ。
デ割り瓢の咄サ。こんな書き出しで始まるンだ。「割り瓢は古瓢千個に一個どころじない。一万に一つも見つかるまい。ッてネ。桃山時代のもんだッて言ふのサ。あの比は瓢箪を水に漬けて中を腐らして種ェをとることを知らなかったンぢァねへかとネ。そいで、縦に真半分に割って種をだし、もっいっぺんくっつけて漆の真塗りで仕上げたそうなのサ。
こいつに酒入れやすと注ぐときィいゝ音(ね)で鳴くといふか謡うといふかネ。橘曙覧の歌ァ紹介してくれておりやすのサ。読んでみねへ。いゝぜェ。
とくとくとたりくる酒のなりひさごうれしき音をさするものかな
ナ、いゝだろう。酒ァこういふ風に味わいてへものさネ。一生はいっぺんしかねへものネ。
写真 骨董玉手箱 割り瓢
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