無料ブログはココログ

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

2007年3月25日 (日)

爺(ぢい)、Z(ジー)に載る

 睦月(正月)も明日で終わろうといふ二十八ンち(新暦3月17日[土曜])、もうすぐ午(ひる。昼)になろふッてえ比(頃)ヨ。尾張丁(ちょう[町]。銀座)四丁目で、数寄屋橋御門から新シ橋(現三原橋)へ抜ける通り(現晴海通り)を渡ろうと、越後屋の出店(三越銀座店)の前で立っているッてえと、すッと横合いからわけえもんが近づいてきやがった。手に持った色刷りの月替り絵草子(雑誌)を広げてなんかぶつぶつ言ひやがる。おい\/なんでへ、なんでぃ、花の銀座で真ッぴる間から、袖引きかい。旦那、いゝ子おりやすヨッてへのかと思って、突き出した絵草子見るトそこに写っているンは爺(ぢゞい)の写真ばかりよ。近比(頃)ハなんかね。薹(とう)の立った年寄の色子(いろこ)を売ってるンかね。
 そしたら、そいつが名刺をだしやがッた。名前名乗る牛(ぎゅう[※1])も珍しい。なんだいと受け取って読むと、龍宮社出版ト書いてある。よろしかったらでは脇へト手をとらんばかりに誘う。こいつァます\/怪しいゼ。路地ィへえると格子戸の仕舞屋(しもたや[※2])なんぞがあって、案内されてずいッと中へ入ると、年増の乙姫さまなんぞが、あらッ容子(ようす)のいゝしと(人)、あたし好き、とかなんとか言って、其処が地獄(※3)になってたなんてことになるのかなト思ふと、離れて立ってゐたちっちゃな脚立持ったむつけき男と歳の比ならはたち(二十)をちょいと過ぎたおなごし(女子衆)が一人、ぺこりと頭を下げてにこりと笑ったヨ。おや、こいつァしゅこう(嗜好)が違うよ。

  ではアンケートからト若い姐さんが切り出したネ。えっエンケート。こいつァます\/うさんくせえ。アンケート取って詞(ことば)たくみに、いらんもの売りつける。よく聞く、まがいの商(あきな)いぢャねへのかい。
  どちらからお出でゞト来たね。八ヶ岳だよッて答えると、ヤツガタケってどこですかだってヨ。八ヶ岳の名が通らなかったンは初めてだゼ。山だよッて言ってやると、やっと気づいたらしく、あッあの長野の、と言ふから、あっしンとこハ山梨ッて念を押しておきやした。
  なんのお仕事ト身の上調べサ。いまさら言ふも恥ずかしながら、元ァコピーライターと白状するト姐さん弾けるように、あたしとおんなじト来たネ。畏れ入谷の鬼子母神ヨ。あんたさんは火付けぢャねへが、ライターでしょ。火付けの方ハ、到来の初めの比は燐寸(マッチ)泣かせッて呼ばれていたそうだがネ。
  なんのかんのと姐さんに正体ばらされたら、こんどは脚立の兄さんの出番と相成ってハイお写真、天下の往来で面(つら)ァさらして、あっちからこっちからパチ\/と撮られやした。
  そんときのあっしの形(なり)ハ焦げ茶の紬の角袖、羽折(羽織)は茶の経(たていと)にこきいろ(濃紫)の緯(よこいと)を織り込んだ結城、長着はお納戸色に白の細嶋(縞)。帯ァ鶯色。合財袋は黒地に黒漆で梅の花を散らした印伝。履物は茶の印伝の鼻緒をすげた雪駄。化粧杖は黒檀に南鐐(なんりょう[※4])の握り。
  右や左からご真影撮られてからかわれッぱなしでおしめえ(仕舞い)ぢャ業腹だから、鳥渡(ちょいと)いゝもん見せようかト銀延べのせるき(烟管の倒語)を帯の間から引っ張り出し、一矢(いっし)報いてやりやした。
  発売はいつと訊ねると、来月の二十四日とか。いかゞなりますことやら。月替り絵草子にャ編集長なる殿様が鎮座ましますト耳にしておりやすから、こんな爺の写真はいらねへトお好みに反すりャ哀れ塵箱の藻屑。首尾よく載ったらご喝采。乞うご期待。出たとこ勝負の晴れ姿でござんす。
 さて、このご一行に解き放たれて、跡(後)でじっくり思ってみりァ、あの絵草子の外題は毛唐文字のZ。ご丁寧にその脇にジーと読みを振ってある。そうか、そう言ふことか。じじいのジーで、毛唐文字のどん詰まりのZ。人生最後のお歳だヨの洒落とお出でなさりやしたか。あっしも勘の鈍いことヨ。こんな野暮ぢァこれから江戸の町ィのして歩くにァまだおぼつかねへ。もちっと長生きして修行をつまなきャなんねへナ。

(※1)牛=夜鷹の客引きや用心棒の男。わかいもの、まわしかたとも言った。花車(かしゃ)に対して牛と言ったのが語源と伝えられる。花車は牛に引かれて回ったところから、この呼び名が付いた。
(※2)仕舞屋(しもたや)=商売を止めた家。上方では仕舞うた屋(しもうたや)と呼んだ。
(※3)地獄=自宅または中宿で客をとる女。語源には諸説あるが、いずれも定かではない。大人しい髷、地味な着物で、素人風が売りであった。チョンの間で、相場は上等金一分、下等二朱。四分で小判一枚、一朱は小判一両の十六分の一。
(※4)南鐐=かつての支那(中国)が南方から輸入していた精錬した純度の高い白金(しろがね。銀)。純銀。

2007年3月 4日 (日)

鰻昇名代野田岩(うなぎのぼりなだいのかばやき)上巻

 公方様とあっしら下々(しもじも)の、町人風情が弐百と六拾余年かけ、磨きかけたる大江戸の、紅毛毛唐の世界にも、比べるものなし大城下、その跡目を、薩摩長州田舎力の合力(ごふりき)で、もぎ取って付けた名前が吾妻の京。書いた文ン字は、東の京の、二ツ文字。その東京が大旦那務める土竜(もぐら)の電車。与本(よほん。四本)あるその中で、名前もゆかしい大江戸線。かつてはド田舎、いま副都心。言ふも恥ずかし甲駅(新宿)から、地下へ潜って乗り込んで、江戸の昔ァ鼻も引っかけてもらへねへ大場末だが、いまぢァ飛ぶ鳥落とす勢いの、六本木から麻布は十番、モ一つ乗り継ぎァ、芝の海風香り立つ、赤羽橋の停車場。ずいと地べたへ面(つら)ァ出しゃあ、いまァ流行(はやり)の車の洪水。こいつァ勘弁横丁路地へ、下駄の歯鳴らして逃げ込んで、肩で一息、胸で吐息。こいつァじでへ(時代)が変り過ぎ。高架道路の下ァ流れる川は、いまをときめく原宿は、隠田(おんでん)に源(みなもと)発し、湧き水小川集めて流れ、かつて清流いま死水、すっかりさびれた渋谷川。古川橋辺りからその名も替えて、古川と、呼ばれしこの流れ。あっしが餓鬼の時分には、戦後間もない貧乏国家。やがて起きたる朝鮮動乱。降ッたか湧いたか金偏(かねへん)景気。鉄(くろがね)、銅(あかがね)、なんでもござれ。金の文字さえつけば高直(こうじき。高値))が付く、ありがた山の好景気。金を拾って金にする、生きる命も才覚次第。渋谷川に胸まで浸かりくず鉄拾い。そんな姿もいまぢァあったことさえ忘れられ、風船(バブル)景気を越える好景気。啌(うそ)か実正(ほんと)か、誰知らぬ。ご都合次第のこの浮世。けふ(今日)いちンち(一日)を、旨いもンで喰ってしのいで、遣り過ごし、朝(あした)へつなげる腹積もり。そんな狙いをつけたハ蒲焼の重(じやう)一つ。屋号はその名も名代の五代目野田岩。蒲焼と言やァ、ここと止めを指すと鰻ッ喰いが胸ェ張る、鼻高だかのその味を、とくと検分に来たと御覧(ごろう)じろ。   (つづく)

« 2007年2月 | トップページ | 2007年4月 »

最近のトラックバック

2017年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31