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江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)其の七根津月之屋の巻

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の七   㐂三二

 

根津月乃屋の巻

 

大工与五郎襟にお店(たな)の屋号を染め抜いた仕立おろしの藍もあざやかな半被(はつぴ)の裾をひるがえして根津の町人町の路地へ入る。手には折詰を二ツぶらさげ口三味線のごきげん。柿染のすみに小さく月乃屋と染め抜いたのうれん(暖簾)をくゞり格子戸をからからト明けこんばんはと声をかけ上がり框(かまち)の障子を明け「コウお吉ァ空いてるかひ 長火鉢の向うでこよりで喜世留(きせる)のそうじをしてゐた女将「オヤ与五さまおでなさいましお吉ァついさッきお茶ァのみにおりてきて与五さまァ来てくれないかねえッて噂してたとのヨあれはおまさまに首ッたけだよ 与五「よくいふゼその手は桑名よホレみやげだト折詰を一ツおかみにわたし 「ごと(亭)さんと一緒に喰ッてくんねえ 女将「オヤありがた山おみやァなんでございやす 与五「かばやきヨ 女将「マアなんて豪勢な御ご馳走ありがたふございやすサヽ御二階ゑあがつてやつてくださいなお吉がおいでを首ィ見越し入道みてえに長くしとりやすよ 与五「熱いとこつけてくんな 女将「あいよ三本もつけようかネ 与五「そんな呑んだらどろッぺい(酔どれ)にならァな 女将「あいあいオホヽ 与五いきよいよく階段を上がり奥の慣れた部屋の障子を「コウ与五だへえるぜ 吉「あれェ与五さん来てくれたンだァ待つてたンだよゥうれしいねえさあさあ半被をお脱ぎなあれまァ真ッさらな半被だよ手がきれそうなくらひ火熨斗がきいてるねえ 与五「仕立おろしヨ出入りの日本橋の大店(おほだな)のご隠居さまの離れの造作が仕上がつてヨそいでお旦那さまから祝にくだすつたのヨそのうえご隠居さまからはご祝儀をちようだいしてよト腹掛のどんぶりから小袋をひきだす 吉「おやまァおまさんけふは粋だねどんぶりン中にどんぶりいれてんだその布は洒落てるねえなんだい見たことなひよ 与五「さらさ(更紗)ッてンだそふで舶来だぜご隠居さまがこん中にお祝儀いれてくだすつたのヨそいでおめえにもお裾わけつてェわけよ トその更紗の銭入のどんぶりン中からおひねりを吉の手のひらへのせる 吉「まあまあわちきにまでかひうれしいねえ与五さんはァじつ(誠)があるから好きさねえトておひねりをひらきその手を行灯にちかづけ「ヒェッと声をあげる 吉「これはおまさん一朱(銀)ぢやァなひかひこんなにいたゞいていひのかえこんどご隠居さまンとこ往つたらわちきがお礼をもふしていたと伝えておくれなや 与五「あはゝばかやろふ岡場所の馴染がッてのかえそいでよ一緒に喰おうとおもつてかばやきかつてきたンだと折詰をだす 吉「うわッこれはおごちそふこんやァ盆と正月だよねえお銚子あつらえていひかねえ 与五「オウそいつァ一本熱いとこたのんであらあ 吉「あれ一本かひわちきにもおごつておくれよふ 与五「おめえも呑むかそいつァわるかつたいつもはおめえ呑まねえから気がまわンねえで帳場へたのみねえな 吉「アイといそいそと階下ゑたのんでくる 盆に銚子三本と皿をのせてもどりサア与五さんト折詰のかばやきをのせ与五の益子焼のぐい吞みに注ぎじぶんのにも注ぐそしてひといきに呑み干し「あァうれしいねえこふして与五さんとさし向ひ所帯もつたら毎晩こうだねえ 与五「おめえ勝手にきめるねえまだ引取るたァいつてねえゼ 吉「おまさんまた照れていゝンだよあたいはおまさンの胸の内はぜんぶわかつてるンだからサなんもいわなくてもいゝのらい年の春年が明けたら緋の襦袢ぬいで白木綿の腰巻に替えて嫁に往くからねそふおもつたゞで月のもンがとまッちまひそうだよふ 与五「とまッたンか 吉「そんなドジはしなひやねえわちきは玄人だよはらんだりしたら女良(じよろう)の恥お馴染さんにもお帳場のおかあさんにも申しわけがたゝないやねえいつもちやんとよく噛んだ紙ィつめとりやす与呉さんとこいつたらもふそんなことしないでいゝンだはれて素人になれるンだ 与五「おらァ悪酔ひすらァ 吉「おまさンやだねえまだ一本残つてンのにもふどろッぺき(泥酔したさま)だよ

 

 

挿絵   歌麿筆

扇子の本歌取り狂歌

蛤に 者(は)しを志(し)つ可(か)と 者さ萬(ま)れて 鴫たち可ねる 秋の夕くれ

 

本歌 西行山家集

心なき 身にもあはれは しられけり 鴫たつ沢の 秋の夕暮

 

2019年10月24日 (木)

創作小唄

🔴創作小唄

 

  『とんがらし』       作㐂三二

〽︎とんがらしィ

とんとん とんがらし

なぜに おまえは 浮気する

あたしゃ  悋気で  とんがらし

(つの) 真ッ赤にとんがらし

とんとん とんがらし

とんとん とんがらしィ

 

 

  『カラス』       作㐂三二

〽︎からす カァで バカかいな

屋根で 待ってる バカかいな

裏から 下女が 団子 投げ

いま 旦那が 帰ったヨ

からす すかさず 舞い降りて

裏から  スルリと

真ッ黒毛の真ッ黒毛の 濡羽色

あァ からす カァで バカかいな

バカかいな

 

 

『恋の下駄』

〽︎下駄をネ

カラリと蹴ってあしたァ天気

も一度蹴ってあさってァ雨ヨ

雨に来る人  誠(じつ)の人

日和下駄で来る人、誠の人

わたしャ主さん散茶だよ

茶筅で振ったりいたしやせん

お迎え来るまで

差しつ差されつ  本の仲ァ

雨の降る夜(よ)は

誠の仲ァ

 

 

『長命寺』

〽︎わたしゃおまえと長命寺

桜のしとねにくるまれて

おまえ百までわしゃ九十九まで

桜もちにはなれぬとも

せめてなりたや長命寺

 

 

『待乳山』

〽︎誰を待つやら待乳山

誰哉(たそや)行灯ぼんやりと

人に見せたや知られちゃならぬ

恋のうれしさ切なさよ

蛇の目にかくれて物かげで

誰にもゆうてくれるな都鳥

 

 

『言問だんご』

〽︎浮気な業平朝臣(あそん)が云ったとサ

言問団子は占い団子

黄色のくちなし団子からお食べの人は

内緒のお人がいるお方

さらし餡からお食べの方は

好いて好かれたみょうと仲

白い団子からお食べの人は

じつの情けの深い人

好いて惚れるなら

こんなお人に惚れしゃんセ

 

 

『面影橋』

〽︎四谷新宿しおらしや

おまえと別れた面影橋の

この手に残るあたたかみ

あれから数えてもう三年(みとせ)

赤子をその手に抱いてるか

便りの風も吹て来ぬ

 

 

『松の月』

〽︎月に松とは   (〽︎松に月とは)

やるせない

来るか来ぬか

分からぬ人を

わたしゃ今宵も

待つに尽き(月)

 

 

 

『墨堤』   

〽︎向こう堤は向島

あれを行くのはあの人かひな

あたしや三社で手古を舞ふ

あゝしょんないなしょんないな

 

向こう堤は向島

ゆらりゆらりと屋根舟から

糸の音 川面づたいに胸騒ぎ

あゝしょんないなしょんないな

 

向こう堤は向島

さくら  葉桜墨堤通り

ふたつの影が見えたり隠れたり

あゝしょんないなしょんないな

 

 

 

『小梅(こむめ)村』

〽︎日ッ本橋の、日ッ本橋のお旦那が、

向こう向島は小梅(こむめ)村

お別宅お建てになりました

黒板塀に見越しの松で

石灯籠に庭石おいて

築山つくって池掘って

小女(こをんな)おいて

準備万端おそろいで

後はお妾さがすだけ      

どこかにお妾出物はないか

ないかいな

 

 

『馬道(まみち)』   

〽︎馬道(まみち)往くのは

兄サじやないか

三枚肩の駕籠飛ばし

お引けに合わせて飛んでゆく

あァ妬けるヨこの胸が

雨もしとしと降って来た

帰りはぬかるヨ浅草田んぼ

滑って転ばにやいゝが

兄サ、気をもむあたいが

こゝにゐるのに気づいておくれ

えェ、気づいておくれ

 

 

 

『首尾の松』

〽︎今日はもてるか

袖振られるか

猪牙(ちょき)の櫓の音

占いギッチョンチョン

表が出るか裏目が出るか

川風ほつれの鬢をなで

気がきでないぞよ

首尾の松

 

 

『吉原冷やかし』

〽︎反古紙(ほごがみ)冷やかして

鳥渡(ちよいと)いこうか吉原大門(おおもん)

仲ノ町(ちょう)総籬(そうまがき)

見るだけ大尽大馴染

朱羅宇(しゅらう)の雨をかいくぐり

水道尻(すいどじり)にぶち当たり

黒助稲荷鳥渡(ちよいと)天窓(あたま)下げ

羅生門河岸で

大事な利腕もがれそう

えェ放しなおいら冷やかし

金棒引きに追い払われて

さても昼の法楽(ほうらく)目の保養

帰って紙洗橋で

紙すき仕事 ひと仕事

 

 

『長命寺』

〽︎わたしゃおまえと長命寺

桜のしとねにくるまれて

おまえ百までわしゃ九十九まで

桜もちにはなれぬとも

せめてなりたや長命寺

 

 

『待乳山』

〽︎誰を待つやら待乳山(まつちやま)

誰哉(たそや)行灯ぼんやりと

人に見せたや知られちゃならぬ

恋のうれしさ切なさよ

蛇の目にかくれて物かげで

誰にもゆうてくれるな都鳥

 

 

『言問だんご』

〽︎浮気な業平朝臣(あそん)が云ったとサ

言問団子は占い団子

黄色のくちなし団子からお食べの人は

内緒のお人がいるお方

さらし餡からお食べの方は

好いて好かれたみょうと仲

白い団子からお食べの人は

じつの情けの深い人

好いて惚れるなら

こんなお人に惚れしゃんセ

 

 

『墨堤』

〽︎向こう堤は向島

あれを行くのはあの人かひな

あたしや三社で手古を舞ふ

あゝしょんないなしょんないな

 

向こう堤は向島

ゆらりゆらりと屋根舟から

糸の音 川面づたいに胸騒ぎ

あゝしょんないなしょんないな

 

向こう堤は向島

さくら  葉桜墨堤通り

ふたつの影が見えたり隠れたり

あゝしょんないなしょんないな

 

 

『恋の下駄』

〽︎下駄をネ

カラリと蹴ってあしたァ天気

も一度蹴ってあさってァ雨ヨ

雨に来る人  誠(じつ)の人

日和下駄で来る人、誠の人

わたしャ主さん散茶だよ

茶筅で振ったりいたしやせん

お迎え来るまで

差しつ差されつ  本の仲ァ

雨の降る夜(よ)は

誠の仲ァ

 

 

『面影橋』

〽︎四谷新宿しおらしや

おまえと別れた面影橋の

この手に残るあたたかみ

あれから数えてもう三年(みとせ)

赤子をその手に抱いてるか

便りの風も吹て来ぬ

 

 

『松の月』

〽︎月に松とは

やるせない

来るか来ぬか

分からぬ人を

わたしゃ今宵も

待つに尽き

 

2019年5月 5日 (日)

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし) 其の六 舟まんじゆうの巻き

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の六   㐂三二

  舟まんじゆうの巻

 

深川の河岸をいく左官吉次ゑ舟頭「おちよゝゥおちよゝゥそこな親方おやかた 吉「コウおれのことか親方たァおだてるぜ一本立ちだが親方になるにやァまだちと間があらァな 舟「さいでございやす親方さんまあまあそふおつしやらず鳥渡(ちよいと)お遊びなさいやし 吉「お千代か 舟「ヘイぽちやぽちやでございやす 吉「コウぽちやぽちやのお千代か 舟「ヘイヘイ左様でたつたいま湯ゥからもどつたばかりの口あけでございます鳥渡(ちよいと)お遊びなさいやし 吉「そふ云やァ向こうの河岸に湯舟(銭湯舟)がゐたなゝんとしてもそいつァありがた山〆(しめ)このうさぎだ遊ばせてもらふか 舟「ありがたふございやすではこちらへお足元がお悪るふございやすお手をおとりいたしやしよふ 吉次艫(とも)から屋根舟ゑのる胴間の暗がりから十六夜の月あかりの下ゑ白い手にゆゥとで吉次の手ェ引く 吉「コウこれハ間違ひねえぽつてりした手ぽちやぽちやのお千代だ 千「そうだよおいでねえな親方さん 吉「暗くてお千代観音のご尊顔が拝めねえ 千「アレ観音たァうれしいねえお見通しだよあたいは菩薩サみんなぽちやぽちや菩薩と贔屓にしておくれだよところで親方さんは初会だねえ 吉「コウお千代花魁(おいらん)みてえなこと云ふねえ吉原の花魁は初会のお客にやァ目もくれねえ口もきかねえ手もふれさせねえッて聞くゼ 千「ホヽヽあつちハそんなお高くとまつて振つたりやァいたしやせんさなァお舟のお千代だよ 吉「ありがてえそふこなくッちやいけねえ道理だこの胴間一間で振りよふもねえやな吉原なんてあつしら法被(はつぴ)もんにや格式が高くッていけねえヤ 舟「親方ァ舟ェだしやすよござんすね 吉「コウ舟頭さんたのむゼ沖かひ 舟「エヘヘ一切(ひときり)でかんべんしておくんなさいやし大川(隅田川)ゑでて中州ゥ一回りいたしやす 吉「まァけふは初会だからナたのむァ 千「親方さんこんやァご縁に馴染になつていたゞけりやなにも一切でなくてもお好きなとこィせんど(舟頭)さんもだしてくれやすヨそんなことよりこつちィおよんなさいやしナ 吉「ヘヽほんにおめえはぽちやぽちやだねえ 千「あれそんなとこさえわつたらくすぐつたいやねえ親方ァおかみさんをお持でございやしよう 吉「コウ野暮なこと訊くねえ嬶(かかあ)ゐたらこんなとこくッけえ 千「こんなとこたァごあいさつだねえ 吉「オウすまねえ詞(ことば)のはずみヨ悪気ァねへやナかんべんしねえヤ詫(わび)に裏ァけえすゼ 千「アレうれしいねえ親方あつちは惚れやした 吉「ケッ調子のいゝやろうだゼ 舟頭の櫓(ろ)のきしみ揺れる舟遠く水面(みなも)をわたつてくる石町(こくちよう)の時の鐘の音 舟がふたゝび深川の河岸ゑもどつてくると身支度をとゝのえ胴間からはいでた吉次舟頭に「コウいくらでえ 舟「ヘイありがたふございやす一切ですンで三十二文ちようだいゝたしやす 吉次腹掛から波銭(四文)をじやらりとすくいだしひいふうみいよういつむうなゝやあト八枚を舟頭ゑわたし一枚を胴間のお千代ゑ「ありがとよト投げひらりと岸ィ跳びあがつてすたすたと夜の闇ィ去つていく。【初出◉ 平成31年穀雨号)

2018年7月28日 (土)

唄(うた)比丘尼(びくに)の巻

其の五  唄(うた)比丘尼(びくに)の巻

 

日本橋薬種屋の小僧末吉(まつきち)「番頭さん唄比丘尼がきましたヨ。見世先の暖簾(のうれん)の間から小唄が聞こえて来る。〽誰を待つやら待乳山(まつちやま)誰哉(たそや)行灯ぼんやりと。番頭久蔵「末(まつ)、おまえはさつき届いた荷物を倉へ運びなト云ひつけ、四文銭を二、三枚紙にねじつて下駄を引つかけ、暖簾をあげると比丘尼道中姿の蓮尼(れんに)が供の禿(かむろ)二人を左右にしたがえ立つてゐる。あさぎ木綿の小袖に黒の帯を前で大きく蝶結びに〆(しめ)黒木綿の折れ頭巾に簪(かんざし)ぶッちがいに挿し黒漆の足駄。供の禿も子どもながらもおンなじ形(なり)なり。久「蓮尼(れんに)さん、中宿(なかやど)はいつものとこだね。蓮「お旦那さま、あい。久「おいおい、お店(たな)でお旦那と云ふてくれるナ。声をひそめわたしは番頭、見世の者や旦那さまのお耳に聞こえたら一大事ぢやねえかト先のおひねりを袖でかくして渡し 久「夜五ツ(いまの10時頃)に往くよトさゝやく。蓮尼ニッとほゝえみ小声で「お待ちしとりやすぞえト、禿をしたがえくるりと向きを変え〽人に見せたや知られちやならぬト小唄のつゞきを唄ひながら辻の曲がりしなに見返り流し目久蔵へなげ姿を消す。五ツ戌(いぬ)の刻前掛をはずした番頭久蔵京橋畳町の中宿かずさやの暖簾をくぐる。昼間の形の一夜妻のしるしの前結びの帯をとき衣装も木綿からうつてかわつて紗綾形(さやがた)紋様織の目もまばゆく体にそつて真ッ白くかゞやくぬめ絹の襦袢、目もくらむ女郎(じよろふ)姿。頭巾をぬぎ尼僧の断髪は櫛ですき香油の麝香(じやこう)が匂いたち久蔵馴染なのに気おくれし「蓮尼さんお待たせいたしやして」蓮「お待ち申しておりやしたぞえ、これおてふ(蝶)お帖場へ一本つけてくれるやふに頼んでおいでト禿に命じ、蓮「これ、お旦那さま他人行儀なお口をおきゝなさりやすな。さゝ、帯をといて楽になさいやし。これお里お旦那のお寝間着をだしやンせ、おざぶをおすゝめしやしやんせ ト脇のもう一人の禿に云ふ。蓮「先の月(先月)はお待ちもうしておりやしたぞえトちくりとすねる。久「すまねえ、お得意さまをご案内して函根(はこね)遊山、お店の旦那さまの名代(みようだい)でね。おォこれがそンときのおまえさまへの土産でやすよト懐からのしのきいた手拭で包んだ小箱をだし、蓮尼にわたす。 蓮「これはこれは名高ひ函根の寄木細工ぢやござんせんかひ、尼にご報謝ありがたふござんすえ。久「あはゝなにを云ひなさる。そふ云ひやァこれを先にわたしておこふト内懐から細ひ藁でひと緡(さし)にした銭百文、今宵の遊び賃をぞろりとひきだし蓮尼との間におく。それを合図のやふに禿の蝶がお盆に徳利をのせて入つてくる

2018年5月 6日 (日)

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の四  㐂三二

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の四  㐂三二

 

 

藍が白く抜けた袢纏を脱ぎながらこの春三十路をむかえた銅壺職人の末吉「コウおめえこんやからおいらのこたァ松月ッて呼びな」女良(じよろう)きち「なんだいそのシヨウなんとかつてのハ。だつておまさんハ松ッつあんぢやないかひ」末「シヨウぢやねへ松に月でしようげつだ」きち「だからなんなんだようそれハ」末「わからねえ女良だなァおめえは。表徳(ひようとく)だ」きち「やだよふ。またわかんねえこと言ふヨこんやの松ッつあんは。ヒヨウなんとかッてなんなンだよう」末「俳句ゥつくるときの名めえヨ」きち「オヤ松ッつあん俳句なんかはじめたンかひ。向島のご隠居がつくるトきいたよ」末「おめえンとこにそんな気が利いたお客が来るンか」きち「馬鹿だねえこんな岡場所に来るもんかねえ。中の話ヨ」末「吉原だらふ。それよ。その吉原も総籬(そうまがき)ヨ。そこォ往つてみねえな」きち「また馬鹿なこと言ふよこの人は、あたいら女ァ大門(おほもん)くゞれないのォ」末「だからようその総籬ィあがる(登楼)やふな通の旦那や息子株なンかは本名なんて俗ッぽいンはつかわねえンだ。なんせ総籬はこの世の極楽ッてよばれる吉原ンなかでもごうてきな極楽ヨ。そこで稼業にまみれた生臭い俗名なンぞ野暮だッてえわけヨ」きち「そいぢやァ松ッつあんは野暮かひ、あたいはいなせだとおもふヨ」末「ありがとヨ、おきちおめえはいゝ女良だぜ」きち「松ッつあんその女良ッてのは二人ンときは勘弁しておくんナあたいはおまさンのおかみさんの気持なんだヨ」末「泣かすゼおめえハ」きち「だらふ」末「でヨ、これからおめえンとこ来たらあつしをショウゲツッて呼びナ。松に月ヨ」きち「へえ松に月でかひ。おまさんの名ハ末に吉で松吉ッて云つてたよネ」末「馬鹿やろうそれェ云ふねえな。ねたがわれらァ」きち「あはゝちがひないねえ」末「デこの松月様が吉原の総籬ィあがつたと思ひねえ」「えッ、吉原いあがつたンかひこの浮気ものこのあたいッて者がゐるのになんてえ人だらふネだから男は信じらンないンだ」末「コウおめえ早とちりすンねえたとえばの話ヨ」きち「ほんにかひ」末「そうヨおめえがらいねん年(ねん)が明けたらおいらンとこ来るッて約束ぢァねえか」きち「だからあつちァ気をもんでんぢやァないかい」末「なんでヨ」きち「だつてそうぢやないか。十年の年が明けたらあたいは廿七の大年増だよ。おまさんに嫌われンぢやないかと。おかみさんにしてもらふンはうれしいがそれを思ふとしんぱいで心配で。そふなつたらわっちァもふ玄人ぢやないんだおまサのおかみさんで素人だよ。そうなるまえに肝心のおまさがほかの女に血道をあげて長屋に引き入れてたらあつちァどふしたらいゝんだか、あゝ気がもめる」末「やだねえおめえハ先ばしつて。吉原ッてのはあつしら職人のやふな袢纏もんが往つても大籬みてえな大店(おほだな)ァあいてにやしてくんねえ。伎夫(ぎゆう)は手ェみたりオッ旦那ッてこつちの手ェ握ンのヨ」きち「おまさんに気があるンかひ」末「馬鹿やろう、ちがわァ手ェさぐるンヨ。あつしら職人が羽折(はおり)着て日本橋の大店の息子のふりしたつてごつごつした手ェにぎられりやァ一辺でばれらァ」きち「松ッつあんみたいないゝ男あげないんだ、くやしいねえ」末「向ふにとッちやァ小判がうなつてねえのはいゝ男ぢやねへのヨ」きち「小判なんか見たことないヨわつちは」末「あつしもヨおいら職人はもらふもはらふも銭だからナ」きち「あァくやしいねえ」末「もふいゝぢやねへか」きち「くやしいで思ひだした。松ッつあんぢやない松月ッつあん、おまさ長火鉢買つたッて。これから所帯もとふッてえお人がなんであんな場所とるもん買ふンだい。おまさンとこは九尺二間だろふ」末「オウよ、立派な四畳半一間(ひとま)御殿ヨ」きち「アァ馬鹿ばかしい。どうしてこんな人ンとこに年が明けたら往くなンて云つたンだらふ。長火鉢なんかあつてどうしておまさとわちきの二人分の蒲団(ふとん)しくンだい。あァもふやだおまさァあたいのことなどなンも考えてくンないんだ。くやしい」末「おめえいゝかげんにしねえ」きち「だつてそふぢやねへか」遠く時の鐘三ツ。末「おッ捨て鐘だ四ツだゼ、あしたァ帳場ァ遠いンだあつしァ先に寝るゼ」きち「あァつらいなァ」ト女良きち襦袢を脱いで行灯にかける。四ツの鐘打ち出す。

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の三  㐂三二

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし)  其の三  㐂三二

 

京橋白魚屋敷を通りこし柿渋染の暖簾(のうれん)から首ィつッこンだ日本橋本町裏の葛籠(つづら)職人吉三「空いてるかひ 女将「吉三さんおいでなさいやしおたえが首ィ見越し入道で待つてるヨ 女良(じよろう)たえ「あらァ吉ッつあん待つてたのよォ 吉「よくいふゼおたえおめえハこのめえは振りやがつたくせに た「しようがないンだようすぐ吉ッつあんの床ィひっかえしたらもふおまさん帰ッちまつたあとでサほんにおまさんハ短気なんだからどうしていゝ男はこうも気が短ひのかねえわつちはつらひわト袖で目元をぬぐふ 吉「おたえ泣くねえこうして来たぢやァねへかト云ひふところから手拭につゝんだ朱塗の櫛をだしたえゑさしだす た「アレッくれるンかひありがたふうれしいねえほんにおまさんはやしいねえ 吉「へ、上げたり下げたり忙しいやおめえハ文(ふみ)ィくれたがおめえハ達者な文ィ書くねえ た「よんでおくれかひ吉ッつあんに会いたくてさあこつちからァいけない身だからねつらいンだよ待つ身ハこないだァ怒つてかえつちまつたからもふ来てくンないンぢやないかと思ふと切なくて切なくてトまた泪をぬぐふ 吉「もふ泣くねえこふして来たぢやァねへかそれにしてもおめえいゝ字ィ書くぢやねえかどこで習つたンでェ手習指南所か た「わつちの身でそんな立派なとこにやァいけなひヨ吉ッつあんこそ手習指南所だらふ た「わッちや佐野の在ヨ江戸の町ッ子ぢやねへから町にあるやふな手習指南所は村にやねへンで寺の和尚さまンとこで読み書きおせえてもらつてナ親父がいかしてくれてヨおめえは次男で田ァ分けてやれねえだから江戸ゑ出て一人で生きていかにやァなんねえ読み書きはおめえにさずける田畑だとおもつてひつしに学ばァなんねえッてわけヨおなごでいやァ嫁入り道具とおンなじサこれやッからけえッてくんなッてことヨ た「つらいねえ 吉「仕方ァねえゼ次男に生まれたンが身の不運ッてえかこうして江戸で職人になつてみりやァ在で親父の田ンぼついで土まみれになつてんが仕合せがゝか江戸でこざっぱりしたもん着ておめえンとこに通える身が仕合せかそこんとァわかんねえゼ た「うれしいねえ吉ッつあんそふおもつてくれるンかひやつぱりあつちの吉ッつあんだヨ 吉「このやらふ調子がいひゼそうそうおたみ一本つけてくんねえナ た「あいよト階下の帳場へ行く やがて徳利がとゞく た「サ,吉ッつあんおあがりよト盃をすゝめる 吉「おッ注いでくんねえト一杯ほして盃をたえゑさしだし注いでやる た「あァおいしいやつぱり好きなお人と呑むンは味がちがふねえ吉ッつあんはあたいのゑびすさまだよ。吉「なんでえそりやァ た「福の神ッてえことだよ 障子の外から女将の声「おたえさん鳥渡(ちよいと)た「アイなト部屋外へ 残された吉三「けッ、なンでえ、今夜も清元の喜撰かよ。世辞でまろめて浮気でこねてか。馬鹿にしやがつてト床へ寝転がる。石町の時の鐘ぼォォン。

 

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいっすんばなし) 其の二 喜三二

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいっすんばなし) 其の二 喜三二

軽子(かるこ)吉蔵、汗ェふきふき神楽坂ァ突ッ切り赤城神社の御灯明をわきにみて路地ゑへえる空にやァまだ明るさが残るが路地は宵の闇に沈んでゐてその暗さン中に屋号もなんも書かれてゐねえ軒行灯がぽつんと灯つてゐる。岡場所お約束の柿渋染の赤土色の暖簾(のうれん)威勢よくはねあげ、吉「コウおひさァ空いてッけえ」長火鉢の向こうで黒漆の羅宇(らう)喜世留(きせる)で多葉粉(たばこ)のんでた女将「オヤおいでなさいやし吉蔵さまは運がようござんすヨおひさァハいまァ湯ゥからもどつたとこでございますよ」身をよじり奥の間に「おひさァ吉さまがお見えだよ」女郎おひさ「あらァ吉ッつあん、来てくれたンだ」吉「オウヨォ元気ケ」おひ「待つてたのよゥ。季節かわッちゃうよ」吉「よくいふゼてめえハ」女将に一本たのんで二人で階段ォ上がる。おひ「吉ッつあんなんかけふは様子がいゝヨいゝことあッたンかい」吉「えへゝわかるかひ。お祝儀もらつてヨ。」おひ「アレいゝねえ」吉「コウおひさ、しぼつてきてくんねえ」ト首にかけてた藍がさめた手ぬぐいをわたす。おひ「オヤ、どうしたえ」「すつかり汗ヨ。そろそろ暮六ツけふァしめえだなとおもつてたら神楽河岸ィ舟へつてヨ。箪笥の荷ヨ。そいつゥ棹とおして相棒の梅公とかついでそこの箪笥町のお武家ンとこまで運んでナ」おひ「オヤお武家ンちゑお引越しかひ」吉「なァに言ひやがるあそこのお武家ァ代々お納戸役だからァ箪笥の手直しはお家芸ヨ」おひ「へえ、そいで箪笥の職人さんになつたの」吉「ばか野郎れつきとしたお幕臣ヨ。箪笥の直しァお内職ヨ」おひ「アレまあ、お幕臣がお内職かひ。デお稼ぎは公方様のお納所(なつしよ)へお納めするんかねえ」吉「おひさおめえはつくづく馬鹿だねえ。公方様がお納所やるか」おひ「アレ気前がいゝねえ」下から女将「おひさァ燗がついたヨ」おひ「鳥渡(ちよいと)まつてゝネ」ト吉蔵の汚れ手拭をもつて降り塗りのはげた盆に益子の徳利と杯それに皿をのせてもどる。おひ「サア吉ッつあん」ト徳利をさしだす。吉「ありがてえ。うどの酢味噌和えぢやァねえかひ」おひ「そうさネ。後の月にきてくれたときそろそろうどの時季だなァッて言つてたらふ。」吉「おめえおぼえてゝくれたンけ」おひ「そりやァおぼえてるよゥ吉ッつあんのことだもん。けさァおかあさんが振売の八百屋がうどォもつてきたッてたンでネあつちのおごりだよ。」吉「こいつァありがた山、さつそくごちになるぜサおめえもいっぺえやんねえ」おひ「ありがと」吉「おめえいくつになつた」おひ「やだようきかねえでおくれヨもふ大年増だよう」吉「廿七か」おひ「春がきたら年が明けンのよ」吉「そうかァ。つれえなァ。どうすんでえ」おひ「やなこと思ひださせないでおくれよ。どつか住みかえしなきやァ」吉「引いてくれるやふなお人ァゐねのけェ。おいらに甲斐性がありやァなァ」おひ「いゝンだよ吉ッつあん住みかえたらまた馴染みになつておくれよあつちァおまさん好きなんだよう」吉「わかつてるゼすまねえ。おひさおめえもくにゝやァけえれねえしナ」おひ「そふだよねえ穀つぶしだからねえ。兄さァ娵(よめ)とつて田ンぼついでッからけえッたらとも倒れサ」吉「おいらもおンなじヨ江戸にくるやつァみんなくにゝやァゐられねえ穀つぶしだもンなァ」おひ「やだやだせつかくきてくれたンに湿ッぽいヨ。さあ呑んでサゆつくりしておくれヨ」おひさは吉蔵が脱ぎすてた袢纏を衣紋掛にかけ袖と襟を手のひらでスッとなで下しゝわをとる。路地をぬけていく駒下駄の音。遠くで夜五ツの時の鐘ゴウンゴウン。

2017年1月 3日 (火)

江戸色町一寸話(ゑどいろまちいつすんばなし) 其のー 喜三二

寒くなりやしたなァ。そうなると人肌が恋しくなるッてェのが人のつねでして。色町ッてえばいまの世にも伝えてられてンが吉原でやすが江戸の町ッてェのは粋なとこでして。だいだい町ッて呼ばれるンは町人が住んでるとこでやすがそこにやァ色ッぽいとこがやたらとございやしたな。岡場所でして。そこでのお女郎とお客とのやりとりを綴つたンが洒落本でやす。余計ではございやすが江戸ッころにやァ他にやァ弥次喜多が旅ィする東海道中膝栗毛だの浮世風呂浮世床なんかの滑稽本、辰巳芸者と二枚目の恋の春色梅児誉美(しゆんしよくうめごよみ)なんて人情本てのがありやして。まァこのたびは色ッぽいとこで洒落本の真似ごとをほんのさわりだけ綴つて鳥渡(ちよいと)ご披露させてもらおうかと算段いたしやして。

夜四ツ(洋刻10時ころ)深川八幡ニの鳥居くゞつて横丁土橋の岡場所銘酒屋あけぼのゝ軒行灯の小さな灯たよりに柿渋染の暖簾(のうれん)くゞつて二階へあがつた番頭二年目の与助「コウ来たぜ 」女郎しの「アレッいらッしやい本気だつたンだァ 」与「あたぼうヨ啌(うそ)ヮつかねえゼ 」し「うれしいねえ裏ァかえしてくれたンだァ」与「そうヨ熱いの一本つけてくんねえナ」し「あいよ内所(なつしよ)にたのんでくるよ」ト梯子を弾ませて降りてく与助腰の多葉粉(たばこ)入を抜き羅宇(らう)喜世留(きせる)をくゆらせる し「お客さん帯ィといて楽にしねえナ」与「お客さんはねえだらふ裏だぜ」し「だつてごめんヨ初会は大勢でさァ大騒ぎだつたらふデ名前きいてらんなかつたンだもの」与「耳元で言つたゼ与助ッてンだおぼえといてくんねえ」し「忘れないように三度目もきておくれよう」与「なんでェまだァ帯もとかねえうちに馴染の催促ケ」し「アラごめんヨうれしくなつちまつてねえ」与「かわいゝこと言ふゼ」梯子の下から女将の声「おしのさん燗がついたヨ」し「アイ」すぐに盆を持つてとつてかえし「与のさん盃どうぞ」与「オッ煮奴がついてンぢやあねえかあつしァ台のもん(料理)なんか誂えてねえゼ」し「あたいのおごりだヨ」与「ありがた山」し「馴染になつてくんなヨ」与「なんでえまたかまだ床めえだゼしけてんのかおめえハ」し「あたしァこゝのお職(一番)だよ」与「ケッ吉原の花魁(おいらん)ぢやァあるめえし」し「与のさんが男前だからだヨ」与「このやらふ殺ろしィ言ふゼ」

赤坂田町五丁目裏の岡場所麦飯こゝォこふ呼ぶンは公許の吉原が米ならこゝァ麦飯くれえのもんだッてンでしてそこのはりまやの伏せ玉(だま)女良(じょろふ)きち「多ざさんずいぶんごぶさたゞつたねえ」植木職多三郎印半纏脱ぎながら「まァな」き「どッかにいゝのできたンだらふ」多「うるせえなおめえハ嬶(かゝァ)みてえなこと言ふンぢやねえ」き「オヤいつおかみさんもらつたンだい独り身だつて言つてたらふ」多「だからうるせえッてンだ」き「だつてそうぢやァないかひもふ馴染になつてくれて一年半だよ」ト指を折る 多「ばかやろふてめえそんなこと数えてンか」き「もふあたいァ多ざさんの半分おかみさんの思ひなんだヨ」多「気びわりいこと言いねえナお店(たな)のご隠居さまが向島の寮(別荘)に茶室お建てになつたンで庭づくりにつめてたのヨ」き「アレそりやァ大仕事だねえ松とか桜も植えたンだらふ」多「松ァなァ袖摺のとか言つて茶室へのとおり路に植えンのヨ」き「アレそりやァぢやまだねえ」多「ばかゝァおめえはちやんとよけらァ」き「桜ァどこィ植えンの」多「茶庭にやァ桜なんか花の咲くンは植えねえンだ」き「アレッご隠居さまァッてえお人は渋ちんだねえ吉原ぢやァ時季にやァ花の咲いた桜ァ仲ノ町にずらりッて植えるッてきいたヨ」多「コウ与太いつてねえで床にしねえナ」き「アイ」遠くで夜回りの拍子木の音風にのつてくる鐘の音は石町(こくちよう)か。
(初出・カランドリエ平成26年冬至号)

2015年7月26日 (日)

大暑仇行水(まなつのあだすがた) 喜三二

 

 

 723日(ンち)は大暑、和暦の水無月六月八日でやす。暑ひ夏ッてえと江戸のむかしで目に浮かぶンは行水ですナ。行水ッてのはあれで要領がありやして盥(たらい)に水ゥはりやァいゝッてもんぢやァねえンですナ。はつたばかしは冷たくッてへえれたもンぢやァねえ。デ日当りィだしておいて日向水(ひなたみず)にする。となると長屋ぢやァできねえ。庭なんてぜいたくなもンありやァしねえし戸口の路地ァ長屋連中のとおり路でやすからどなられちまふ。ぢやァ庭のある武家屋敷でやつたかッてえと家来や小者の目があるンでそんなはしたねえことはしねえ。どだい武家屋敷にやァ風呂がある。それなら日本橋辺(へん)の大店(おほだな)のお内儀が庭でするかと言やァ女中や店者(たなもの)の目がありやす。トなると行水をつかふ人はかぎられてきやすナ。お手掛け。いまでいふおめかけですナ。ところは向島か根岸の新堀辺。いまァ日暮里(につぽり)の呼名になッちまつておりやすがもとは新堀(にいぼり)。これをまんま書いたンぢやァ洒落ッ気がねえッてんで日暮里て書いたのがはじまりだそうで。ニイボリが促音化してニッポリ。促音化ァ江戸弁のくせでやすヨ。サテそこら辺にやァ大店の寮がおほかつたンですナ。寮ッてのはいまで言ふ別荘。黒板塀に見越しの松ッてしつらえでやすヨ。とうぜん鳥渡(ちよつと)した庭はあつてあたりめえ。そこで下女に昼めえから盥に井戸水はらせて日向水にして片ひざたてゝ行水つかふッて寸法ヨ。向島や根岸辺にや水道はありやせんが井戸ほりやァいゝ水がでやしたンでねえ。根岸に絹ごし豆腐の笹の雪が見世(みせ)ひらいたンは水がいゝからなンで。向島ァ大川の向こふなんで江戸ッ子が自慢する水道もそこまぢやァわたれやせんでしたがいゝ水がでやしたナ。いまの世になりやすが浅草の吾妻橋ィわたると麦酒会社がありやすンが水がよかつたあかし。昭和に隅田川がよごれるまぢやァ麦酒つくつておりやしたヨ。おンなじ大川の向こうでも深川はいけやせん。江戸の生ごみの埋立地なんで井戸ォほると塩水がでちまふ。とてもつかえねえ。デどふしたかッてえと買ふンですナ。天秤棒の両はじに水桶を一ツッツさげてかついで来る。二桶(ふたおけ)で二斗(にと)ぐれえですかね。いまァブリキの一斗缶(いつとかん)ッてのがありやすナ。その缶二ツぶんヨ。それを飲み水飯炊きに買ふ。水売りァ楽なしごとぢやァありやせん。二桶かついで一荷(いッか)四文五文六文と距離で一町ごとにきまつてたそふでやすナ。もりやかけそばが十六文でやすからねえ売る方も楽ぢやねえが買ふ方もゝッてえなくて風呂なんか立てられやせんしだいたい町家は火事のしんぺえから自家風呂はつくれねえ。行水もだめ。ぢやァ深川ァ風呂にへえンねえかッてえとよくしたもんで風呂が向ふからやつて来る。風呂舟ッてのですなァ。深川ァ掘割があつちこつちにある。そこィ舫(もや)つといて湯ゥにいれたンですナ。黒羽折(くろばおり)の深川芸者の姐さんなんか糠袋(ぬかぶくろ)で肌ァみがいてたンでしようなァ。

(初出:カランドリエ大暑号 平成27年7月23日旧暦六月八日配信 

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2015年4月25日 (土)

縁桃節供汐干狩(えにしのさんがつみつか) 喜三二

 けふ4月21日は和暦の参月参日。桃の節供でやすナ。明治のはじめッころに西暦に切りかわつてからッてものしだいに日本の節句の行事を日にちだけ合わせて西暦でやるやふになちつちまつて七夕を7月7日になンてのもそれでやすナ。ほんとは和暦の七月七日。それまで月の輝きで織星と彦星のあいだをへだてゝた天ノ川が消えやして出会えるッてしかけなンで梅雨のさなかの西暦の7月7日に祝つてもなんにもなんねえ。どだい梅雨空で星ァ見えやせんしねえ。そいで桃の節供のことでやすが西暦の3月3日ころにやァ自然ぢやァ桃の花ァ咲きやせんでしよう。桃の節供は雛祭とも呼びやすがもともとは古代中国にはじまつたそふで三月のはなの巳()の日を上巳(じようし)の節句として人形(ひとがた)の紙で体をなぜ川へ流してけがれを払つたンだと聞いておりやす。お雛さまのおほもとはそふしたもンなんですナ。それが女児の祭になつたのは男児の端午の節供と対にしたンだそふでその雛祭がさかんになつたンは江戸時代だそふでだんだん贅をこらして内裏雛になりやして一尺五六寸もの大雛がつくられ一両三分くれえものたいそうな高直(こふじき)になつたンで享保六年西暦の1721年にやァ八寸以上の雛人形はまかりならぬと禁止令がでてやすナ。そいでもとまンねえンで五十年くれえ後の寛政にも大雛ご法度の令がまた出てやす。そふなると大きさを遠慮するかわりに三人官女などまわりをとりまく方へ凝つていつたやふでやす。お雛さまをいつまでも飾つとくと嫁ぐンがおくれるとよく聞きやすがむかしァ三才から十三才ぐれえまでゞ月のもんをみるやふになつたら飾らねえもンだつたそふでそこからいき遅れの咄になつたンでやしよう。

 サテ三月三日にやァもふ一ツございやすナ。汐干狩(しほしがり)ですな。これは大汐で海の水が大きくひいてゞきた干潟で蛤や浅利をほる遊山でやすが大汐は年に二回あるがもふ一回は秋だが夜中なんで汐干狩にやァむかねえ。じきがいゝのは朝から汐がひき海の水もぬるむこの三月三日から六日までの四日間。江戸の汐干狩の浜ァ芝浦沖、佃島辺、中川沖、高輪沖、それと深川沖、品川沖が名高かッたと言ひやすナ。汐がひきはじめンのは卯()の刻いまの時間で午前の6時から7時ッころで昼の午(うま)の刻にやァ遠浅の海の底が干上がるッて寸法で。大人も子どもも着物の裾をまくつて貝ひろいに興じたンですナ。この大汐の日と、もともとは巳の日に人形(ひとがた)を川にながしてた行事が女児が初潮むかえるまでおこなふ雛祭にかわつたのはなんか汐つながりの縁があるやふに思えるンですな。

(初出・カランドリエ平成27年弥生桃の節供号

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