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2009年7月10日 (金)

本日極上々大吉(けふハとくべついゝひだぜ)

 あっしが巣ゥくってる処(とこ)ハいまぢやァ東京面しちやァゐるが、鳥渡(ちょいと)めえまぢやァご府内朱引の外の又外、大江戸絵図にも描(か)かれねへ大田舎。それが何処ォどう間違ったか、戦後焼け太りの俄(にわか)景気の引きずりで、雨後のたけのこ安普請、いつのまにやら野ッ原畑つぶしあット言ふ間の町トなり、全国津々浦々野々山々から一旗あげか締め出し喰ったか、三々五々の吹き溜まり。町暮らしの仕来り気遣い、なんも知らねえ鄙育ちが大手を振って歩く奴町。まるで江戸の初めェ見るやふヨ。
 駅前といっても火除けの広小路一つなく、細い路にむりやりこせえた狭歩道。人二人のすれ違いにも、気ィ遣う幅のなさ。そんな小道を自転車が、黙って脇をすり抜けて、そのあぶねへッたらありやしねへ。たまにやァ気のきいたつもりかチリリンと、人さまどけるにベル鳴らす横着者の小憎らし。町暮らしになれたもんなら、鳥渡(ちょいと)すいません脇ィ通らしてもらい升(ます)の一声ぐれへかけるが礼儀。そんな気のきいたやつァ一人としてゐやァしねェのがいつものこと。あきらめ気分で歩いてゐたら、「モシすいませんノか細いお声。はてなんぢやろト振り返りやァ、まだうら若いおッかさん、こどもヲ 自転車に乗せてすぐ後でにっこりの微笑み。「オウこいつは気がつきやせんで申しわけねへトこっちの方が身ィ引いてあやまり一言。こうしたもんヨ。うれしいねへ。若いけど心得のあるお方、町ッ子だヨ。脇ィ通るに声をかけてくれた人はいまのいまゝで一人としてゐねへ。あんたさんが初めて、ありがとよ、うれしいねえ。ト思わずこっちから礼を言っちまったゼ。そしたらあちらさんもにっこり微笑んで軽やかに走り去っていきやした。あのおッかさんなら、お子も誰に後指さゝれることもねへ立派な町ッ子に育ちやしよう。

2009年7月 9日 (木)

【番外】当世時花(はやり)『お江戸悪たれ音頭』

傘の持ちやふで浅葱が知れる
つぼめりやァ横持ち後振り
跡(後)から来る人腹を打つ
階段上れば顔を突く
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

傘の差しやふで浅葱が知れる
行きかう人にも鈍感で
かしげる気遣いまるでなし
骨の先で目ェ突く顔突く
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

電車の乗りやふで浅葱が知れる
走って跳び乗るあわてもん。
田舎の電車ぢやァあるめへし
跡(後)がすぐ来る江戸の電車を知らねへか
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

電車の降りやふで浅葱が知れる
ドアがあいたらサッサと降りろ
ぼんやり者は乗り込む人のご迷惑
もた\/するねへ日が暮れらァ
エヽィ、気ガキカネヘ
お江戸へ来るにやァしやく年(百年)はえへ
盆暗メ

戯作 古言屋幸兵衛  板元 吉原衣紋坂 艸鳥屋重三郎

【附(つけた)り】
唄い方ーーー巻き舌で、威勢よくいきやしよふ。

浅葱。あさぎ。勤番で地方から江戸へ出てきた武士の多くが、着物の裏地に安くて丈夫な浅葱色の木綿を用いていたところから、他者への気遣いを第一にする江戸の風習や仕来りに馴染まない彼らをさげすんで呼んだ。田舎者、の意。

古言屋幸兵衛。こごとこうべえ。落語の小言幸兵衛をもじった。

艸鳥屋。そうどりや。艸に鳥で、蔦の洒落。吉原細見や浮世絵の発行で大繁昌、江戸随一の板元、蔦屋重三郎。

2009年7月 7日 (火)

【番外】当世お江戸音頭

  そこの小娘不作法な
 ゆれる電車で
  目ェ書き頬ぬり紅をひき
  これから間抜けを
  騙しにゆくのかい
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

 男も女も不作法な
  ペットぶら下げ
  駅で電車で通りでも
  ラッパ呑み あゝ
  知らぬ恥など かいたも知らぬ
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

 女も男も不作法な
  目の前の居ならぶおまいら
  どうせ知らねへ赤他人
  なんの遠慮がいるものか
  大口あけて大あくび
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

  若いも年増も レストラン
  飯を喰ったらその席で
  目ェ書き紅ぬり念入り化粧
  鳥渡(ちょいと)通りへ
  袖引き行くのかね
  アタシャよそ者
  カマヤセヌ\/ ポイッ

   戯作 古言屋幸兵衛  板元 大門之書肆 津田屋重三郎

2009年7月 5日 (日)

汐入午柳橋(しおのかほりひるのやなぎばし)

 腹の虫がぐうト啼きやがる。指折りかずえてみりやァあれからかれこれしと(ひと)月。躰ン中ァめぐてった天丼が品切れの様子。柳ばしの大黒屋[※1]へまた往かずばなるめへ。はっきりしねへ梅雨空つゞき。腰の痛みも梅雨模様。ツムラの品書ひっくりけへし、からくもめッけた八味地黄丸。坐骨神経痛に薬効ありの効能書。くわえて老いのかすれ目もとハ洒落のきいたるありがた山。神仏よりも此の一服。罰当たりにおすがりし、神田川のいっち下。柳ばしハ北たもとの大黒屋。表に出したあんどう(行燈)が、見世開きのお印ト、のうれん(暖簾)かけねへ仕来りの、おかげで分かる客しかこねへが、うれしい仕掛け。馬子駕籠舁(かき)ぢやァあるめへし、がさつく客の喧騒(ぞめき)の中で飯喰ふは、ご勘弁のこちとらにやァうれしい亭主のしつらえ。木格子の引戸明けりやァ、「ハァイいらしゃいませ、のお出迎え。ツイと上がってひとまず二階の角部屋。ひいやり冷やしてお待ち申しあげておりやしたッてェいゝ比(頃)合ひの冷し加減。閑(しず)かな部屋で、窓越しにゆれる柳の梢を眺め、風を想って涼とする。おしぼりに熱いお茶のもてなしがうれしぢやァ厶(ござ)ンせんか。「お席のご用意ができましたト仲居姐さんのお迎え。ハイヨ待ってましたト揚座のめえへ。相客ハ精進落しのご一行五ッ人(いつったり)ト大年増の独客(ひとりきゃく)。板さんが目のめえで才巻海老を捌(さば)き、頭(かしら)ふたつ、手早く揚げてお敷きの小皿。熱々にかり\/。はら\/ト口ン中で崩れてきえる芳ばしさ。うれしいねえ。つゞけてワキの赤出汁が出、一息おいてお待ちかね、シテの丼お出まし。蓋をとれば、芳ばしい胡麻油の香り。こふこなくッちやァ、これがお江戸の天麩羅ヨ。この香りがなんとも言へねえ。揚げたての才巻二本に小振りのかき揚げ、獅子唐の精進揚げを甘からず辛からずの丼つゆにくゞらしてある。まず才巻海老。歯をたてりやァさくッと切れて、しっとりの芯まで旨え。かき揚げハ小海老に小柱蓮根のちいさ切り。歯触りがよござんすねえ。小柱ハあっしの大の字付の好物。選ッて喰やァ、熱い油くゞって身が締まったそやつァ、いっそう味が濃くなってゝ、これまたゝまらねえ。こいで二遍め。あっしゃいゝ天麩羅やを知ったゼ。ご馳走さんト見世ェでようとすりやァ女将「涼しそうなお召し物、こないだもお着物でトわずか二遍目のこちとらを、覚えてくれてる商い熱心。この心がけがありやァ見世の元気はまだ\/つゞくぜ。なにからなにまでこの扱いで、お代はぽっきり野口本道先生お二方[※2]。ありがた山ヨ。
 出て五歩七歩。向いの小松屋[※3]の桧の階段とん\/ト。あっしゃ佃煮ハこゝ一天張り。化け学の妙な薬を入れねへ真ッちようじきなむかしながらの造り方、そのていし(亭主)のこゝろ意気に惚れ込ンでの買物ヨ。穴子と切昆布、ふた桶包んでもらいやしやう。穴子ハいまが時季、脂がのっておいしゅう厶(ござ)り升(ます)の声に送られて、今度ハ七歩九歩、大黒屋ならびの梅花亭[※4]。こゝもひっそり小体な見世。団扇を模した上生菓子、季節をでえじにするうれし造作。見る目にも涼しい。軒の釣忍をゆらす風を感じるようぢやァねえか。こいつをおくんなト小銭を払い神田川。汐の香かほる風におくられてご帰還サ。どうやら、天気のおかげか気のせいか、はたまた八味地黄丸のご利益か、重くいてえ腰ハどッかに置いてきたやうな軽さ。なんともうれしいゝちンちだったねエ。

【附(つけた)り】
[※1]大黒屋。http://www.geocities.jp/daikokuya_tempura/index.htm
大黒屋については、先稿『柳橋初川風(やなぎばしゝょてのかわかぜ)』もご参照あれ。
[※2]野口本道先生お二方。野口英世肖像画入り紙幣2枚。2000円。本道とは、江戸時代の和漢方医の世界で言う内科医のこと。
[※3]小松屋。http://www.tsukudani.net/order/
[※4]梅花亭。http://www.wagashi.or.jp/tokyo/shop/1304.htm

2009年7月 3日 (金)

【番外】おとゝなンですの

 昭和の御代のこと、清純で名をはせたさる大女優が、かまぼこッておととゝなンですのッてのたまいたッてのがかまとゝの始まりト聞いた覚えがあるンだが、そいつァあやしい咄らしいゼ。こないだ手に入れた洒落本大成ッてへ書ヲうれしくってめえにちあっちこっち繰っちやァ拾い読みしてるンだが、そしたらこんなのにデッ喰わしたのヨ。まァ読んでくんねへ。
  五里(ゴリ)魚を古知(コチ)魚の子かいなといふ
   大学柄(ツカ)の人形をこのうち一つこれか(が)かはいらしいといふ類(ルイ) これをかまとゝ言といふ也
『會海通窟』ッてへ洒落本ヨ。寛保三年に京で板行サ。昭和のことぢやァねへ。書き手ハ姑蘇陳可僖。この名、コソチカキとでも読ませやふッてへ魂胆かねへ。外題のほうは、カイカイツウクツってへ腹積もりなのか、それとも洒落本、一筋縄ぢやァいかむ手合いだから、海に出会い窟に通ずト色を匂わせ読み取らせるンが狙いかもしれねへ。
  でヨ。辞書を手繰ったト思ひねへ。日本国語大辞典サ。そしたら、載ってゐたねへ。こんな風ヨ。近世末に上方の遊里で使い始めた語でとヨ。江戸がはなぢやァねへのが癪だがネ。そいでこふあるのヨ。人情穴探意裡外ッてへ洒落本なんだが、こふあるンだそうだ。「年に似合ずかまととばかり云ふお妾さん」こんな具合サ。
 で、五里魚ッてのハ鮴(ごり)のこッたらふ。だとすりやァ、かじかの仲間ヨ。かじかなら目のめえの谷川で獲ったンをその場で白焼にして、あつ\/に醤油をつけて喰ったがなんとも言はれねへくれへ旨かったゼ。古知魚ハ鯒(こち)かねえ。トなりやァこいつは海の魚だ。面(つら)ハおッそろしくまずいが、身は締まって純白。刺身によし、チリ鍋によし。醜男は旨いッて世に言ふのハこれか。

2009年7月 2日 (木)

【番外】しかしなんだゼ

 こねへだの『にやんの事だ』ヨ。あっしが手に入れた洒落本大成にのってるその作のさわりを鳥渡(ちょいと)ご披露申しあげやしたでやしよう。「お手が鳴るなら銚子(てうし)とさとれとは。ずつとむかしの事にて当世は按摩はヒイと吹き。夜鷹蕎麦は。チリヽン\/とならし。人を呼ぶに。手を叩かずに畳をたゝく国有り。」 この下りサ。お銚子のお代わりッてンで手を叩いて仲居を呼ぶのは平成のいまの御代にまでつゞいたならいだが、そいつハ憚り多しとなつて、代わりに畳ィ叩いた。猪牙で深川どんちやん騒ぎ、こいつもお上の目が光る。やむなし大川渡らず柳橋、船宿の二階へしけこんで猫を呼び、三味の音下げて爪弾かせ、鳥渡喉を聞いたり聴かせたりの渋いお遊び。こいつァみんなお上の奢侈(しゃし)ご禁止の差し障りからでたンだッてねへ。按摩はヒイと吹きッてェ書いておりやすンだから、天明元年よりめえハ、売声ッてのも変だが町を呼ばッて歩いてたンだらふ。そいつが小さな笛を吹いて歩くやふになつたッてェわけだ。夜鷹蕎麦が繁昌するやふになつたら、つぎに出てきたやつァ屋台の軒に風鈴ぶる下げやがッた。売声なしでも分からふッてものヨ。天窓(あたま)のいゝやつァゐるもんだゼ。人呼んで、風鈴蕎麦ともッてネ。洒落本もばかにやァできねへ。天明元年、いまおなじみの西暦で言やァ1781年、こンときこの書ハ出たンだが、そンころのご時世が分からふッてものサ。お作者の止動堂馬呑先生、ありがたや\/。

なお\/書き
 あっしが青の比(頃)の朋友(だち)に、のぞき機関(からくり)の口上なんかゞうめえ野郎がゐて、こんな文句をおせえてくれやしたッけ。
  親ばかチャンリン蕎麦やの風鈴もりかけ八厘按摩上下(かみしも)十六文

2009年7月 1日 (水)

【番外】にやんの事だ

 東風吹かば梅雨[※1]も最中となに濡れ場[※2]、運も盛りの花と咲くべし。貧の棒引きこのあっしにも、風の吹きやふか豊穣雨の降りやふか、お宝の転げ込み。馴染み重ねし古書肆(ふるほんや)から、毎度の電子早飛脚[※3]。こんけえハ逃しちやならむの「洒落本大成[※4]」、補巻を入れて全三十巻、紙一めえの欠けもねへ揃い踏み。洒落本と言やあ、江戸がつくりあげた文の栄。野暮にや分からぬ粋の世界。ぜんぶまとめて引受やしやう。こいつを読まずにおらりよふかッてんだ。洒落本の皮ッ切り[※5]ト言はれる享保十三(1728)年の「両巴巵言(りょうはしげん)」から、「遊子方言(ゆうしほうげん)」ハあたりめえ、江戸のどんづまり慶應三(1867)年刊行の「苦界船乗合咄」まで、集めに集め写しに写した大労作。もふこの上ハ出やせんでしやうッてへ上々大々吉のおほ(大)たから(宝)本。祝の一献代わりの、お付き合い。天明元年(1781)夏四月跋止動堂馬呑作「にやんの事だ」ハヲ鳥渡(ちょいと)ご披露。「お手が鳴るなら銚子(てうし)とさとれとは。ずつとむかしの事にて当世は按摩はヒイと吹き。夜鷹蕎麦は。チリヽン\/とならし。人を呼ぶに。手を叩かずに畳をたゝく国有り。」ヲッとそいつァ柳ばしハ船宿二階の咄かいッてネ。「硯の海に筆をひたして。紙のついゑをいとひて。反故(ほうご)のうらへ書きしを。我朋(わがとも)來リて。くりかえし。ツヽ是はニヤンノコトダカ分らぬ。ニヤンノおもしろくも。ニヤントモなひといふをすぐに。ニヤンノコトダと。題すると云々」。ほんの序文のさわりだけ。本日ハこれきり。

【附(つけた)り】
[※1]東風吹かば梅雨。東風と梅は、菅原道真の歌で、縁語。梅と雨は梅雨で縁語。
[※2]なに濡れ場。なにぬれば、を濡れ場の字を充てて洒落た。
[※3]毎度の電子早飛脚。近松門左衛門「冥土の飛脚」のもじり。
[※4]「洒落本大成」。中央公論社、昭和五十三年より刊行。A5判。
[※5]皮ッ切り。背中に最初にすえる灸。皮を焼切るのでたいへん熱い。転じて、ものの最初の意。

2009年6月25日 (木)

【番外】東京をなめるンぢゃアねへ

 場末のでっけえ駅の構内を横切ってたら、向うから己惚鏡(うぬぼれかがみ[※1])ィ手に面(つら)に肌色白粉(ファンデーシヨン)塗りながら小娘が急ぎ足で来た。「コヲ、姐さん待ちねえ。人中(ひとなか)で化粧なンぞするもんぢゃアねへト思はずあっしゃ怒鳴ッちまったゼ。電車ン中でやってる盆暗(ぼんくら[※2])ァちか比(頃)増えてむかッ腹がたえねンだが、けふの歩きながらッてのハあきれ果てた。遂にこゝまで堕ちたかッてネ。それもやふ、見るからのあばずれならだが、どうみても初(うぶ)な面。おとゝい山からおりて来ましたッてェとこ。渋皮のまンまよ。かなわねえゼ。
 その跡(後)食い物やに行ったら、卓でわけえのが四(よ)ッたり盛り上がってやがる。やけに騒がしいなと見たら、南蛮絵札(かるた)であすんでのさ。「そんなもんハこゝでやるもンぢゃアねだらうふ、仕舞えッて言ってやッたら、中の小娘がくす\/ッて笑いやがった。このあまも盆暗ヨ。この世に怖いものがあるのを知らねえ。別にあっしがその怖いもんッてえわけぢゃアねけど、用心が足りねえッてことヨ。もしも声かけたのが地廻りだったら、くす\/ハ待ってましたの因縁づけのネタ。只ぢゃァすみやせんゼ。「てめえら、善し悪しの区別も親におすわってねえのかトそこまで言ってもまだ手から札ァ離さなねえンで、「それとも、見世に嫌がらせでやってンのかいッて畳み込んでやったら、「いゝえ、違いますトやっと片づけやがッた。おめえらが勝手放題に育った山ン中や野ッぱらと、このお江戸東京は違うンでえ。人さまに迷惑をかけねえやふに、気ィ使って一歩遠慮してすごすッてのが東京の町ッ子ッてえもんだ。東京をなめるンぢゃアねへゼ。
 全国の親御さんよ、躾してから東京へ出してくンな。山育ち野育ちのまンま東京はおッぽりだされちゃア迷惑ヨ。東京はおめえさんたちの馬鹿息子馬鹿娘の捨て場所ぢゃアねえンだ。東京は江戸のじでえからあっしら代々の土地のもんがきちんと仕来りを持ってつくってきた町ヨ。このふるさとヲ礼儀知らずの芥の巣にされちゃアたまらねえゼ。

【附(つけた)り】
[※1]己惚鏡(うぬぼれかがみ)。手鏡、の意。鉄製のものではなく、ガラスを用い裏に水銀を塗ったもの。江戸語。<三人吉三巴白波>万延「こゝに夜鷹のおはぜ、小さな箱に化粧道具を入れ己惚鏡で顔をしてゐる」
[※2]盆暗(ぼんくら)。賭博用語。丁半賭博等で骰子を振る場を盆と呼び、丁半それぞれの掛金が揃ったかどうか一瞬で暗算できない者を盆が暗い、すなわち盆暗と呼んだ。間抜け、役立たず、の意。江戸語。

2009年6月24日 (水)

湯上徒谷中(ひとッぷろさんぽのやなか)

 こゝんとこ愚図ついてた空も、けふ(今日)閏(うるう)皐月(さつき)朔(ついたち)[新暦6月23日]ハ昼から抜けるやふな青い空。これがほんとの五月晴れ[※1]。暑さハこの夏のいっち[※2]ながら、青い空に誘われて、千駄木駅でればそこハだんご坂下。日を背に受けて、上る三崎坂、柳の並木ハ風の波、打ちくる緑のその風を、白絣の袂に入れてのそゞろ歩き。ものゝ一丁か二丁行く、番所[※3]のちょい先、大福帳と記した招牌(かんばん。看板)が目にへえる。これぞご存じいせ辰[※4]ヨ。見世の善し悪しどこで観る。でかさで見るハ田舎者、佳と言えるハそのきっちりとぬかりのねえ佇まい。見世にゃア主の性根が隠しても表れるもの。目のゆきとどくことをでえじにすりゃア見世はおのずと小体におさまる。間口一間半ほどの小体な造りのいせ辰で、まず目ェひいたンは、藍の水面に白い帆散らした時期の手拭一本。もひとつ紅紫の菖蒲の花が咲き乱れる江戸団扇。包んでもらい、とって返して、番所前をもどりゃア丁度湯屋[※5]のゝうれん(暖簾)がかゝったとこ。もッけのさいわい、渡りに舟。がらりと格子明けて、湯銭偽銀番台にチャリンと投げ、さッと一浴び汗流し、ヘイお邪魔さまで通りまたいで菊見せんべい[※6]。こゝちの佇まいときちゃア思わず涕がでらア。江戸の商家の二階建。むかしゃこんなのがずらりと軒を並べていたンだが、いまぢゃア残してくれてありがとさんの大の代物。こゝで買わなきゃどこで買うッてものよ。あれとこれとゝ買わせてもらって、ハイあばよ。けふハ流れる汗のいちンちだったが、いゝ旅ィさせてもらいやしてゼ、お江戸さん。

【附(つけた)り】
[※1]五月晴れ。旧暦の五月は梅雨であり、その晴れ間を言う語。
[※2]いっち。一番、の意の江戸弁。
[※3]番所。交番
[※4]いせ辰。http://www.tctv.ne.jp/miyakyo/tenpo/kikujudoIsetatsu/index.html
[※5]湯屋。朝日湯。脱衣場の床がきれいで気分がいい。洗場な高い天井に昼下がりの光が反射し清々しかった。湯銭大人400円、手ぶらセット(タオル等)100円。
[※6]菊見せんべい。http://qppp3.exblog.jp/7884581/

2009年6月21日 (日)

【番外】「冷酒」 閑話休題(ひまつぶし)

_img  いよ\/蒸し暑くなってきやがった。となると、やっぱり暑気払いヨ。薩摩切子の義山(ぎやまん)で、冷酒だヨ。切子ハあっしとしちゃア江戸といきてえンだが、なか\/手にへえンねへ。なンですッてネ。江戸切子は色伏せしねえンだってネ。薩摩ぢゃ江戸から切子の職人引ッ張ってッて、そいで義山始めたさふだッて聞きやしたヨ。薩摩は色ンとこがすくねえほど高直(こふじき[※1])ださふだから、あっしのこれだって見らンねへやふんなもンぢゃアねえでやしょう。赤絵の瓢箪徳利、あっしゃこいつが好きでねえ。歳だね。赤絵が無性にいゝンだ。元気がでるッてのかネ。皿ン中に赤で寿なンで書いてあンのがありやしょう。あンなもん、口先筆先ッてえこたァ分かちゃアゐるンだが、そいでもうれしくなッちまうのヨ。歳ィとると甘ッちょるくなるもンよ。だから歳ィいってからのあすび(遊び)ハあぶねへッて言ふンだね。若い女(こ)に鳥渡(ちょいと)やさしくされりゃアいちころヨ。あっしなンか自慢ぢゃアなへが、若くなくったてコロリとまいッちまうヨ。
 冷や酒は躰に悪いッてのハむかしッから言ふネ。酒ッてのハ胃の腑ン中で躰とおンなじにあッったまってから、躰ァめぐるやふになるそふでネ。そいだもンで、酔がまわるめえに呑み過ぎちまふッてンで、燗して呑めェてえことらしい。でも、夏ァしゃッこい[※2]のが口当たりがよくってやめらンねえ。で、呑みやしょう。ついくい\/いッちまふ。結句(けっく[※3])生酔(なまよひ[※4])。態(ざま)ァねえヤ。
 ほんもンの酒ェ呑めえッて言ふがあっしも紛(まがい)ハ大の字付きのきれえヨ。焼酎ハ呑まねへ。若い時分にゃアちゅうッて言って、まともなもンは口にしなっかたネ。ほんもンの酒ァなンだッて言やあ、そいつア純米酒でやしょう。でも、本醸造ッてのもあるンだよね。これにゃア醸造用アルコールッてのがへッてえる。焼酎ヨ。そんなもんをなんで本ッて言ふかッてえバ江戸の終りン比(ころ。頃)酒に焼酎入れてたンだ。水増しヨ。米の値段が上がってしょうがねえンで、そいでこの手でしのいだッてえわけサ。それを今、江戸の比にやってたんだから正しいッてンで、本の字付きで名乗るのはなんかおかしかアありゃやせんかいッてあっしゃア思ひやすのサ。酒ァ米だけで造ンなきゃアね。

【附(つけた)り】
[※1]高直(こふじき)。高値、の意。江戸語。
[※2]しゃッこい。冷たい、の意。冷やッこいがさらに訛った言葉。江戸弁。
[※3]結句(けっく)。結局、の意。江戸語。
[※4]生酔(なまよひ)。泥酔。酩酊。江戸語。

«【番外】喜三二腰痛変化(きさんぢやうつうへんげ)

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